第8章 羅剛神の在処7
レインがニールに斬りかかるのと同時に、ニールは傍にあった木の杭を切った。巻きついていた鎖は生き物のようにうねりながら羅剛神の戒めを解き、周囲の壁へと散っていく。壁を何匹もの蛇が這いあがっていくかのように鎖が羅剛神から離れていく。鎖が完全に無くなると、今まで感じなかった恐怖が全身を包み込んでくる。それは羅剛神が放つ異常なオーラのせいだとすぐに分かった。
完全に鎖が無くなった羅剛神から突然金属が擦れ合うような音が聞こえてきた。関節は軋み、ぎこちなく動き始めると剣を持つ手は徐々に滑らかに動き始めた。
「羅剛神が復活してしまった……」
ベリトルが止めたかったこと。僕らは止められなかった。
「おぉ、封印が解けたぞ」
正面の笑う顔からエコーがかかったような気味の悪い声が頭の中に響いてくる。これが羅剛神の声なのか。目の前で動く異形の存在に僕の足は震え始め、体が固まっていく。一刻も早くここから逃げろと本能が警鐘を鳴らしている。
「長い間封じ込めおって! 吾輩を封印したこと後悔させてやろう!」
右側の怒った顔が怒鳴るように言い、腹の悲しげな顔が応えた。
「怒の羅剛神よ、またお前は怒っておるのか? 拙者は悲しいぞ。拙者達はまた多くの命を奪ってしまう運命」
「悲の羅剛神は悲観しすぎなのだ。前を見てみよ。我らの楽しい玩具がこんなに用意されているのだぞ」
「喜の羅剛神は変わらず楽観主義よのう」
それぞれの顔は表情そのままに話しており、互いに相手を抑えるようにしてバランスを保っているようだった。
「この男が我らの封印を解いてくれた。その優しさに免じてお前は最後に壊してやろう」
そうして3つの顔は僕らに顔を向けた。僕はたまらず一歩退いた。
「イアン、やばいよ。これは逃げなきゃだめだ」
「カミー?」
「無理だよ。勝てない。僕ら皆殺されちゃう」
一歩羅剛神が近づけば、心臓は大きく跳ねた。これ以上近づいてはいけない。これ以上近寄らせてはいけない。いや、一刻も早くこの洞窟から脱出しなければならない。この洞窟の中が羅剛神の攻撃範囲内だ。頭の中で逃げろと声がする。バラバラに動く六本の手が、僕らに狙いを定める。
「この羅剛神はかつて人間が作りだしたもの。私達の手で排除するぞ」
レインが一歩前に出た。人間達には羅剛神の声が聞こえていないのだ。
「イアン逃げよう。早く逃げなくちゃ」
僕は羅剛神を見たままのイアンを急かした。
「僕らじゃ羅剛神は止められない! 早く!」
必死さが何とか伝わったらしく、イアンは頷いて僕に跨った。
「あの者が逃げようとしているぞ!」
イアンが飛び乗ったのを見て、悲の羅剛神が叫んだ。
「逃走は断じて許すな! 全て壊しつくさねば気が済まん!」
怒声も混じり、僕は一気に出口に向けて洞窟を駆けた。後方から追ってくる死そのもののような恐怖が僕を焦らせる。もっと速く。もっと速く。金属音が何度も洞窟中に響き、その中にニールの笑い声も混じっていた。




