第8章 羅剛神の在処
僕らは北の果てを目指して歩いた。広大な森の中では周囲の景色は変わらないけれど、僕の方向感覚を頼りにしながら確実に前へ進んでいた。人間にも、幻属にも追われながら、それでも僕らは僕らの夢を叶える為に、晴れの日も、雨の日も毎日進み続けた。時折、出会った動物達が襲ってくることもあった。1番怖かったのは、夜中狼に囲まれた時だった。イアンを乗せてギャーギャー叫びながら森を逃げ回ったのは未だに忘れられない。
森の中は人間、幻属、動物、それから植物がいる。植物は大きく2つに分けられていて、人間を含む第一生態系の植物は静植物と呼ばれてほとんど動かないが、幻属を含む第二生態系の植物は動植物と呼ばれて凶暴なものが多い。イアンが木の実、僕が草を食べていた時、突然イアンが腰かけていた木の根が動いて襲ってきたのには驚いた。実はただの囮で、その植物の本当の狙いは僕らの体だったのだ。あの一件以降僕らは安易に木の実に釣られない事を誓った。僕らが進む道はベリトルが言ったように困難に満ちていたけれど、イアンと一緒に一つずつなんとか乗り越えた。大戦中にドラゴンが絶滅していて幸いだった。生きていたら今頃炎からも逃げないといけなくなるところだ。
少しずつ気温が下がるにつれて樹の種類も変わり始めた。広葉樹林の代わりに針葉樹林が増え、それを見る度に着実に北へと進んでいるのだと実感した。このままずっと歩いていけばそのうち雪が降りだすのだろう。まだ見ぬ冬に備えてイアンは通りかかった村で森の中の希少な木の実と引き換えに温かな衣服や靴を手に入れた。僕はというと、背中から生えた両翼がカイロのような役割を果たしてくれるようで特に問題がなかった。もし寒くて凍えそうになったらイアンを背中に乗せれば温かさ割増の即席カイロの完成だ。イアンはカイロ代わりにするなって怒りそうだけど。
「イアン、そろそろ休憩する?」
僕が声をかけると、イアンは大きく伸びをした。
「そうだね、休憩しよっか」
イアンが腰掛けようとしたその時、ふと何か気配を感じて周りを警戒していると、突然斜め後ろの樹の陰からレインが飛び出した。
「イアン!」
完全に油断していたイアンは、僕の声への反応が一瞬遅れた。レインはその瞬間イアンに体当たりしてそのまま押し倒した。レインは素早く馬乗りになると、刀の持ち方を変え、下敷きにしたイアンに切っ先を向けて振り上げた。
「これで終わりだイアン!」
あまりにも一瞬の出来事で僕はその場で動けず、声が喉で支えて出なかった。ただ目を見開いて見ることしかできなかった僕は、イアンに狙いを定めたレインの刀が微かに震えているような気がした。
「レインさんやめて。殺さないで」
そういうイアンを見ながら、レインは決心したように刀を握る手に力を込め、イアンに突き立てようと振り下ろした。刃がイアンの首を貫くと思ったその時、何かがレインにぶつかった。あまりの勢いにレインは飛ばされ、受身をとって体勢を立て直した。
「何者だ!」
殺気立つレインの前に立っていたのは、仲間であるはずのクランだった。寝返ったのかと考えるよりも先に、クランは刀を抜いてすぐさまイアンに斬りかかる。丸腰では到底敵わない。僕がクランに体当たりするよりも早く、何かが僕の傍を駆け抜けた。耳をつんざくような金属音と宙に散る火花。刃がイアンに当たる、その寸前で止めたのはニールだ。
「おおっと危ない。もう無理矢理ですねクラン少佐。僕はイアンに死なれては困ると言ったはずですが?」
にっこりとほほ笑むニールに、クランは殺気をぶつけるが、まるで気にしていないようだ。むしろニールは楽しそうにも見える。
「あれ、僕とやる気ですか? ふふ、いいですよ。そちらから喧嘩を売られわけですし。でも、僕の剣に貫かれたら死んじゃうんで、ボロ雑巾みたいにならないようにせいぜい頑張ってくださいね」
2本の剣でクランの刀を受けながら笑みを絶やさないニールにクランが斬り込んだ。目が追いつかないほどの連続技にも、ニールは余裕の笑顔を見せながら軽くあしらっていく。振り下ろされた刃の軌道を片手で逸らし、もう片方の剣でクランに斬り込む。クランとぶつかり合いながらもニールは一瞬僕に目配せをした。イアンを連れて逃げろと言うことだろう。ニールの思い通りに動くのは癪だが、今はそんな事を考えている場合ではない。
「イアン乗って!」
レインが体勢を立て直して再びイアンに斬りかかるのをニールは見逃さなかった。クランの顔に強烈な蹴りを入れ、両手に持った剣で素早くレインに斬りかかって足止めする。
「邪魔だニール!」
「レイン大佐、もう隠す気もないんですか? イアンは早く逃げる! ほら早く」
明るくイアンに指示したニールは二人相手でも全く臆していなかった。むしろ負ける理由が見当たらないといった自信が見える。イアンが僕の背中に飛び乗ったのを確認して、また走り出した。加速すればレインといえど追いつけまい。後方では三人が激しくぶつかり合っており、その動きはどれも人間とは思えないほどに速かった。




