第7章 帰る場所4
涙が枯れるほどに泣き続け、いつの間にか沈黙に包まれていた。目の前には全く話さなくなったベリトルが置いてある。出会った時もそうだった。ただ落ちていたんだ。調子乗りで、頼りになって、時に僕らを正してくれる大切な仲間だった。かけがえのない時間だった。それが一瞬のうちに失われてしまった。
どちらも口を開こうとせず、イアンは膝に顔をうずめていた。騙されるとはまだまだ未熟者だなとか、今にも上から目線で話してきそうなのに、いつまでも何も言わずにそこにあるのだ。ベリトルを見ていた僕の隣で、ふとイアンが顔を上げた。
「カミー」
イアンが膝を抱えたまま顔を上げた。
「ベリトルが麒麟に許しをもらえって言った。仲間だとも言ってくれた。なら、今の僕らがベリトルにできることは泣くことじゃなく前に進むことだ。ベリトルの夢見た幻属と人間が共生する世界の先駆けとして立ち上がらなくちゃ」
そう言ってイアンは腕で目をこすり、勢いよく立ちあがった。その瞳は、かつて麒法違反が周囲にバレた時、ここを飛び出そうと僕に言った時と同じ決意を抱いた強い瞳だった。
「そうだね。ここでずっと止まってたらベリトルに怒られるよね」
自分にもそう言い聞かせて僕がイアンを見ると、イアンはいつもと同じように笑いかけてくれた。そうだ。僕らは前に進まなきゃ。ベリトルのためにも、僕ら自身のためにも。未来を変える為に。
イアンは丁寧にベリトルを拾い上げた。
「出発する前に、ベリトルを埋めてあげようよ。向こうにいい場所があるんだ」
「そうだね」
僕らはベリトルと一緒に歩き始めた。
ベリトルはどこに行ったのだろう。僕らには分からない不思議な世界に行ったのだろうか。そこは幸せな所だろうか。もう、何も切らずに済む平和な所だろうか。
しばらく歩いて僕らが辿り着いたのは、大きな崖の上だった。そこには中央に1本だけ樹が立っていて、その周りを覆うように丈の低い草が生えていた。眼下には絨毯のように一面に深い森が広がっていて、僕らが一緒に歩いてきた森がはるか遠くまで見渡せる場所だった。爽やかな風が吹いて草木を揺らし、小鳥のさえずりなんかも聞こえてきそうな場所だった。イアンは遠くを眺めながら言った。
「ベリトルに魂とかそういうものがあるのか分からないけどさ、もしこの剣に帰ってくることがあったら生き物の営みが見えるようにしてあげよう。いつか本当に幻属と人間が共生できるようになったら、ここからなら一望出来るもんね」
「そうだね。ずっと世界を見てきたんだもんね」
僕らはその樹の傍に穴を掘り、少し盛り上がるぐらいに土を被せた。僕らがいなくてもこの樹が傍にいてくれるからきっと寂しくないだろうと。
「ベリトル、僕らは行くよ。ベリトルが描いた夢のためにも、僕ら自身のためにも」
イアンは延々と広がる森を見据えて言い、僕も隣に並んだ。
「ついでにあの問いの答えも見つけてこなくちゃね」
憎しみに打ち勝つことができる唯一のものとは何か。今の僕らじゃ見当もつかないけど、いつかその答えを突き止めたい。まるでその場にベリトルがいるように僕らは話しかけた。
「待っててよ。全部終わったらカミーと一緒に会いに来るよ。それまで少しの間お別れだ」
「そうだよ。絶対に戻ってくるからね。この樹と一緒に待っててね」
イアンに続いて僕もそう言った。返答は無いが特に寂しさを感じることは無く、むしろやる気に満ちていた。声が聞こえないだけでそこにベリトルはいるのだ。
「じゃあ、行きますか」
1度小さく息を吐いてからイアンが僕を見上げて言った。僕は頷いて二人でベリトルの墓に背を向けた。その時、
いってらっしゃい
そう聞こえた気がして僕がイアンを見ると、イアンもまた僕を見ていた。
「今、ベリトルの声でいってらっしゃいって、聞こえた気がした」
「カミーも? 僕もだよ」
僕らはベリトルの墓を見た。樹の傍にある小さな墓はとても温かく感じた。まるで、どんなに長い時間が経っても僕らがいつでも戻ってこれるような、故郷を失った僕らの大切な帰る場所のような、そんな気がするのだ。
「きっと、いつでも帰ってきていいんだよ」
僕の心を見透かしているのか、イアンがそう言った。
「そうだね。ここが、僕らの帰る場所なんだね」
帰る場所がある。それだけでどうしてこうも心強いのだろう。僕らを待っていてくれる誰かがここにいる。ただそれだけで、どんな困難も乗り越えていける気がするんだ。
そう言ってから、僕らは顔を見合わせて笑った。大丈夫。ずっとベリトルは一緒にいるから。ずっと僕らを見てくれているから。いつだって、ここに帰ってきていいんだから。
「さ、そろそろ行きますか」
「うん」
互いの目を見て決意を新たにしてから、もう1度ベリトルの墓を見ると、自然と同時に僕らは言った。
「いってきます」
ベリトルがここで待っていてくれるなら、僕らはここからまた出発しよう。そうして、麒麟に許しをもらって帰ってこよう。だからその時は言ってね。おかえりって。
そうして僕らはベリトルの墓を後にした。




