第7章 帰る場所3
「道具という物は所詮道具。私のように意識があろうが考える力を持とうが、道具は道具でしかない。生みだすのも滅ぼすのも、未来を紡いでいくのもまた命であり、この世界は命が集まってできている。道具はその時代に使われるだけであり、道具に世界は変えられない。変えられるのはその時代に生きる命だけなのだ。だが使われただけとはいえ、私は可能性を秘めた多くの命の血を浴びてきた。それだけでなく、私は前の持ち主を死なせてしまった。持ち主の命を守るのが道具である私の存在意義だというのに無様に残ってしまった」
そこまで聞いて僕はたまらなくなった。
「道具なんていわないでよ。だって、ベリトルは僕を慰めてくれたじゃないか。僕に優しく言ってくれたじゃないか」
「そうだよ。ベリトルのおかげで僕は今生きてる。僕らがバラバラにならずに済んだんだ。ベリトルはベリトルだよ。ただの道具なんかじゃない」
思わずそう言っていた。視界がぼやけてきて、上手くベリトルが見えない。
「そう言ってもらえるのは光栄だが、私が血で汚れているという事実は変わらないよ。持ち主が死なないように持ち主の体を操って命を奪わせてきた罪深いものなのだ。そんな私だから、元からまともな滅びなど考えていなかった。それなのに今の私を見てみよ。仲間に囲まれているのだ。イアンを守ることができた。カミーの力になることができた。それ以上に嬉しいことがあるだろうか」
僕の目から何かがこぼれた。それが涙だと分かると急に胸が締めつけられるように痛んだ。
「2人とも覚えておいて欲しい。憎悪や憤怒は強力な磁石の様なものだ。それはたった1つでも存在するだけで周りの憎悪や憤怒を引きつけ成長していく。成長すればするほど引きつけていく力は強くなり負の連鎖を生んでいくのだ。放っておけばそれは周囲を飲み込むほどに成長し、そうなってしまってはもう誰も止められない。だから憎しみにだけは飲まれるな。……ただ、憎しみに打ち勝つ事が出来るものがこの世に唯一存在する。それが何か、いつか二人で答えを出しておくれ。私は滅ぶが、決して誰も恨まないで欲しい。毎日毎日、切らせて、殺させて、過ごしてきた。もう戦も血も復讐も、もう嫌なのだ」
言い残すことがないようにベリトルは言葉を紡いでいくが、そんなもの欲しくなかった。ベリトルがいてくれたらそれで良かった。
「そんな、そんなこと言わないでよ。そんな問題なんていらないよ。せっかく出会ったのに。せっかく仲良くなってきて、これからって時に、どうして……。嘘でしょ? 嘘だよね。そんなはずないよ。こんなの、こんなの……」
「二人とも、しっかりしておくれ。この問いはとても大切なことなのだ」
どうしたらいいのか分からず戸惑っていた僕らをベリトルが呼んだ。
「イアン、カミー」
その声は僕を慰めてくれた時みたいに優しい愛に満ちていた。
「これから待っているのはさらに険しい道だろう。だからこそ必ず2人助け合っていくんだよ。2人なら絶対に大丈夫。時間がかかってもいい。少しずつでも確実に前へ進んで、麒麟から一緒にいてもいいというお許しをもらっておいで。2人には大戦前のように人間と幻属とが共生できる世界に戻るきっかけになって欲しい。そして、またあの平和な世界になって欲しいと思っている」
夢を語るベリトルの声に少しずつノイズの様なものが混じり始めた。それは確実にベリトルが終わりに近づいている事を示していた。声が聞こえなくなってしまう。ただの剣になってしまう。そんなの嫌だと受け入れられずにいる僕らにベリトルが笑った。
「全く何だその顔は。水面で見てこい。これだからお子様は困るのだ」
「ばっかじゃないの? 埋められたいの? この調子乗り」
イアンの声が震え、その目には枯れて出ないと言っていた涙がうっすらと溜まっていた。
「おぉ怖い怖い。生き埋めにされないようにもういくとするよ。大丈夫。私は今を生きる命ではないから死ぬのではないよ。ただの剣に戻るだけさ」
急にイアンの顔が引きつった。心臓の音が突然大きく聞こえた。
「待って! 逝かないで! ベリトル!」
そう叫ぶ僕らに反して、ベリトルは満ち足りたような声で言った。
「さらばだ。私の大切な仲間達」
それがベリトル最期の言葉だった。イアンが涙を流しながら何かを叫んでるけど、頭が真っ白で、なんて言ってるのか理解できなかった。音が聞こえない。耳が聞こえなくなってしまったみたいに、何も聞こえないんだ。それからベリトルが声を発する事は無かった。
その日、宝剣ベリトルは僕らを守るという剣としての使命を全うし、僕らは初めて仲間を失うことの悲しみと痛みを知った。




