第6章 魔石の力4
しばらく歩くと、延々と続くように見えた森は突然開けて目の前に草原が広がっていた。一面に広がる五センチほどしかない背丈の草が爽やかな風に揺られている。
「すごい、こんなところがあったなんて」
「これは円形に森が削れて草が生えたのだろうな。やがて木々の種子が撒かれ、芽が出て、周りと変わらない森に変わっていくのだ。長い年月をかけ、光と、風と、水によって元の状態へと戻っていく。これはまだ森へ戻っていく途中の段階なのだ」
「自然ってすごいね」
「あぁ、そうだ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
イアンが急に指をさして声を上げた。
「あれが魔石じゃない?」
指さす先には、草原の中に佇む緑に光る巨大な岩があった。魔石って言うと石だし、勝手に小さな石を想像していたが、目線の先にあるのは巨大な岩だ。興奮気味に駆け出したイアンの後を追うように僕も駆け出した。
前まで来ると、魔石は予想以上に大きく、驚くほどに綺麗だった。高さは10メートルを優に超え、地面に埋まっているらしく、ちょっと押したぐらいじゃびくともしない。岩は不思議と透き通っており、光の加減によって色が変わった。遠くから見た時は緑に見えていたのに近づくほどに青色に変わり、岩の中を覗くと青い中に赤い光も混じっていた。僕らは並んで岩を仰視した。遠ざかって見上げても岩の一番上は見えない。岩は反対側も見えるほどに透明で、宝石のように見える。
「綺麗だね。こんなの初めて見るよ」
「本当だね。旅してなきゃ一生見れなっただろうね」
「そうだよ。多少の寄り道くらいはいいでしょ。この旅の最終目的地は北の果てでも、これは僕らの世界一周旅行なんだから」
イアンがそう言って笑顔で僕を見た。そう、これは僕らの世界一周旅行。僕らを結ぶ大切なもの。北の果てまで直行するつもりだった僕に対し、それじゃあ世界一周旅行じゃないよと反論したのがイアンだった。
それじゃあ皆の思惑通りじゃない。僕らはさ、この逃亡だって楽しんでやろうよ。カミーの足は何より早いし、僕がサポートするじゃないか。
イアンのその言葉を今でも覚えてる。いつだって楽しむことを忘れないイアン。どんなに苦しくてもいつも笑ってたイアン。だから僕は今度はイアンを笑わせたい。絶対に僕が守るんだって強く思うんだ。
「でも、これが本当に魔石なのかな? もっと小さいものだとばかり思ってたよ」
魔石の周りを歩きながら観察していると、イアンもまた同じように魔石を観察していた。
「石っていうより岩だよね」
ベリトルは何も知らないらしく、そんな僕らのやり取りを肯定も否定もしなかった。
「よし、早速お願いしようか」
魔石の美しさに見惚れているばかりではダメなのだ。僕らがここに来たのは僕達のたった1つの願いを叶えるためなのだから。
イアンに促されるまま僕は並んで魔石を見上げる。これで願いが叶えばいいんだけど。
その時、聞こえてきたのは地響きのような音。大量の何かが地を踏みしめ、駆ける音。忘れるはずがないこの音に、僕は瞬時に状況を理解した。
「イアン、ペガサスだ! 早く森の中に!」
森の中から駆け出してくるのは何十ものペガサス達。ペガサスの飛行速度に僕の足はかなわないけれど、走る速度では僕が上なのだからできる事はたった一つ。捕まる前に森へ逃げ込む事。魔石に願いを言う暇もなくイアンを背中に乗せて駆け出した。ペガサス達は草原に出るなり次々に飛び立ち、追ってくる。
「今度は逃がすまいぞ」
斜め後ろから声が降ってくる。視界に入るペガサスの群れは30頭を超えていた。その中でもひときわ目立つ巨大なペガサスは僕らの群れの長ギアだとすぐに分かる。
「麒法違反者め! 貴様は群れの汚点として責任もって我ら自身の手で葬ってやる!」
森の中までまだ時間がかかる。それまで何とか逃げ切らなければ。ギアは周囲のペガサスの倍ほどもある巨大な体と翼を持っているため、どのペガサスよりも速い。
「まずい、あの大きなペガサスはギアだ!」
全力で走っている間もみるみるうちに距離を縮め、並んでくる。
「一族の恥さらしめ! たとえ麒法を破ることになっても私はお前を許さん! その上の奴も地面に引きずり落としてやる!」
ギアがイアンに向けて体当たりしようとした。ベリトルを使って血が流れてしまうことだけは避けたいと、イアンがベリトルを止めた時にはギアが目の前に迫っていた。
「魔石助けて!」
咄嗟にイアンが叫んだ直後、短い悲鳴と共にギアが視界から消えた。少し遅れてギアが反対側に飛ばされているのが見えた。まさか、あの魔石は本物だったの? イアンがはっとして叫ぶように言った。
「魔石、僕らを麒法の例外にして!」
後方を確認するが追ってくるペガサスに変化はない。まさか一回きりなの? すかさず僕もイアンと同じ事を叫んでみたが変化が無かった。
「どうして!」
「遠すぎたのかもしれない!」
イアンの言葉に一瞬引き返そうかと後方の状況を確認するが、イアンが制止した。
「ダメだ! 今戻ったら捕まっちゃうよ!」
後方は既にペガサス達が多すぎて引き返せない。もう少し早く僕が言っていればよかったのに! 悔しいが今は森の中に退避することだけを考えなくてはいけない。ギアがまた距離を詰めてくるまでに森に入ることができれば僕らは逃げ切れたも同然だ。体の大きなギアは樹が立ち並ぶ森では走りづらい。ペガサス達は森の中で飛ぶ事は難しく、走る事に特化した僕が完全に優位に立てる。
後方から怒りのこもったギアの声が聞こえるが、今の僕にはそんな言葉に束縛力など無い。あるのはたった1つ。絶対に逃げ切るという決意だけ。




