第6章 魔石の力3
魔石はまだ先だ。僕らは追手がいないことを確認してから、いざという時動けるように体力温存も考えて歩いて進んだ。また、ベリトルのせいで生じたイアンの筋肉痛がひどいので、できる限り歩いていようというイアンの提案でもあった。イアンが隣で痛みに襲われているのを見て、何度か背中に乗るかと訊いたが、イアンは逆に痛いからと断った。
僕らはイアンのペースに合わせて未だ森の中を進んでいた。景色は変わらないが、何故か僕には正確に東西南北がわかるため、イアンの持っている地図の示す通りに進むことができた。北へ、北へ。さらに北へ。そうして歩いた先にある北の果てに麒麟がいるのだ。
道中、イアンが何気なく進行方向を指差した時、袖から見えた何かの痕を発見した。
「イアン、その手の痕は何?」
筋肉痛に顔をしかめながら、イアン自身なんだろうという顔で袖をめくると、そこにはみみず腫れがそのまま痕になったようなものが何本もあった。それを見てイアンは笑う。
「あぁこれはね、カミーと出会う前農業の手伝いしてたでしょ? そこのオーナーが機嫌悪いとか、他の人が失敗するとかで八つ当たりされた時についた痕だよ。熱い鉄の棒取ってきて僕の腕に押しつけてきてさ、もう熱いを通り越して痛かったなぁ。腕取れると思ったもん。今思うと完全にあれは暴力だからちょっとぐらい仕返ししとけばよかったって思うんだけどね。あの頃は僕も弱虫だったから、正直怖くてされるがままだったんだ。過去に行けたら僕が一発殴ってやるのに」
火傷の痕をなでながら面白おかしく話すイアンを見ていると、胸が痛くなった。
「イアンは泣かないのか?」
恐る恐るベリトルが尋ねると、イアンは
「泣き過ぎてもう涙出ないんだよ。涙腺詰まってたらどうしよ」
と言いながら僕の方を向いて笑うのだ。
明るく話すイアンだけど、今までずっと独りでその痛みと恐怖に震えていたんだ。痛くて熱くて悲鳴を上げ、痛みに眠れない日もあったに違いない。僕なんかよりもずっと苦しいことを経験して、涙が枯れるほど泣き続けてきた。とても、そんな風には見えないのに。
どうして僕ばっかりこんな辛い想いをしなくちゃいけないの? どうして? 誰か助けてと泣き叫ぶ幼いイアンの声が聞こえてくるようだった。なんて残酷なんだろう。イアンが何をしたっていうんだ? イアンはただ一生懸命生活のために働いていただけなのに。そう思うとそんな人間達に腹が立った。おかしいじゃないか。理不尽じゃないか。このまま泣き寝入りなんてひどすぎる。目が熱い。胸が痛い。自分の事じゃないのにどうしてこんな気持ちになるんだろう。
「どうしカミーが泣いてるの?」
いつの間にか僕の目からは涙が零れていた。悔しくてたまらない。イアンをこんな目に遭わせた人間はイアンの苦しみも知らないまま今も悠々と生活しているのだ。イアンは苦しかったはずなのに、泣きたくても泣けないなんて辛すぎる。
「イアンが泣かないから、泣いてるんだよ」
声は震えていて、イアンが上手く聞きとれたかわからないけど、ただイアンは僕の首に肩を回して抱きしめてくれた。
「ひどすぎる。こんなの、ひどすぎるよ……」
涙声でそう言う僕を、イアンは優しく撫でた。
「カミーが背負わなくてもいいんだ。もう全部終わったことだよ」
イアンはそう言うけれど、涙はどうしても止まらなかった。悔しい。ひどすぎる。イアンはこんなに優しいのに、辛い想いばかりしてるなんて。理不尽すぎる。だからこそ、イアンには絶対に幸せでいて欲しい。今まで苦しんできた分を取り戻すくらい、たくさん笑って欲しい。そのためにできる事があるなら何でもしよう。絶対に力になって見せるから。何があっても僕は傍にいるよ。
「私が慰めてやろうか」
と、ベリトルが言いかけて、僕らは同時に言った。
「お前は調子に乗るな!」
すいません、と落ち込むベリトルをよそに、声が完全に重なったことに笑った。
「僕らだんだん似てきたんじゃない?」
「本当だね。じゃあ、そろそろ行こっか!」
こうして僕達はまた歩き始めた。




