第5章 聞けなかったこと6
「ばかカミー! 僕がカミーを捨てていくと本気で思ったの? そんなわけないじゃないか! 一緒に村を飛び出そうって言ってからずっと一緒に旅をしてきたのに、今さら見捨てるわけがないじゃないか。僕には、カミーが全てなんだよ!」
と、怒鳴るように言いながら僕の首に抱きついた。イアンが震えていると思って目線を向けてから、それは違うことを知った。耳にはイアンがすすり泣く声が聞こえてきていた。
僕はなんてバカだったんだろう。どうしてイアンを信じられなかったんだろう。一緒に故郷を捨ててここまで助け合ってきたのに、イアンの事を知りもしないニールの言葉ばかり信じてしまった。イアンは僕をずっと信じてくれていたのに。
「ごめんなさい」
「ばかカミー」
イアンは強く抱きしめてくれた。もし僕にもイアンと同じ手があれば抱きしめ返すのに、と思いながら頬をイアンにこすりつけた。
「ベリトル、ありがとう」
君の優しさがなければ、君がいなければ、僕らはバラバラになっていたかもしれない。
「いいんだよ、礼なんて」
それはどこまでも優しい声だった。
落ち着いてから、僕は勇気を出してイアンの想いを聞いてみた。
「イアンは僕が飛べないことは気にしないって言ったけど、ペガサスが飛べないなんてって思わないの?」
隣で伸びをしていたイアンは、その手を止めて遠くを見るような目で言った。
「僕さ、言葉って道具だと思うんだ。道具がなくても生きていけるよ。そりゃ、道具を持ってる人より大変かもしれないけど、もし道具を持っていない人に出会ったら、その時僕はその人の事を分かってあげられる。それが何より大切だって思うんだ。飛ぶってことはペガサス達の移動手段だけど、それは結局手段でしかないよ。カミーは飛べないからこそ、飛べない誰かの痛みを理解できる特別なペガサスなんだ。僕はそっちの方が好きだな」
その言葉を聞いて、正直なんて言えばいいのか分からなかった。計り知れない優しさがあるだけでなく、想像を遥かに上回る答えだった。
僕はずっと自分の事を出来損ないだと思ってきたけれど、イアンはずっと僕を特別なペガサスだと思ってくれていたんだ。
「ねぇ、カミー。飛べないなら一緒に走ろう」
イアンは僕の方を向いてにっこりと笑った。
「走れないなら歩こう。歩けないならずっとこうして話していよう」
それは無理か、とイアンは笑った。イアンが優しく笑ってくれるだけで全てを捨てた僕の決断は正しかったのだと心の底から思うことができた。イアンを疑ってしまった自分が恥ずかしいとさえ思える。
「やっぱりイアンはすごいや」
僕にはそんなこと思いつくこともできなかったからこそ素直にそう思う。
「じゃあイアンは自分の境遇を恨んだり、他の人を妬ましく思ったりしたことは無いの?」
イアンはこの問いに何と答えるのだろうと、興味本位で尋ねてみる。
「皆違うし、皆それぞれ辛い思いをして生きてるんだって思うんだ。僕はたまたま声が届かないけれど、それだけで僕の人生全てが上手くいかないなんてことは無いと思う。こんなこと言ってるけど、僕だって最初は恨んだよ。どうして自分だけこんなに辛いんだろうって、何度もね。でも、逆にこの景色は僕しか知らないんだって思ったら、何だかこれもいいかもって思えたんだ。独りぼっちも寂しかったけど、こんな僕だったからこそ今カミーとこうやって話してるんだって思うと、声が届かなくて良かったとも思うんだ」
ベリトルが言った通りだ。こんなにも立派で前向きな考え方は僕にはできないから、きちんと話さなくては相手の本意なんてわからない。憶測なんて結局ただの想像なんだ。
「じゃあ、そろそろ行きますか。僕らがずっと一緒にいられるように魔石にお願いしにね」
イアンが僕に笑顔を向けながらそう言ってくれた。
僕が心配することは一つも無かったのに、一体何を恐れていたんだろう。
そんな僕らを見ていたベリトルはいつのも調子に戻って言った。
「だから私が言っただろう? 全く、まだまだ私が必要なようだな。そんなお前達のためだ、仕方なく私が親代わりになってやろう。存分に甘えるがいい」
僕はイアンと目を細めて顔を見合わせた。
「あ、そんなこと言うならここに埋めて行こっかな」
「そうだそうだ。僕が踏み固めてあげるよ」
「やめろやめろ! またそういうことを言う! 腹いせか? 仕返しか? 少しぐらい私にかっこいい所をくれてもいいではないか!」
泣きそうな声で言うベリトルを2人で笑い、僕らは魔石に向けて歩き出した。




