第5章 聞けなかったこと5
すると、ベリトルは少し間を空けてから優しく尋ねた。
「それはイアンに言われたのか?」
僕はまた首を横に振った。
「じゃあ、なんでそう思ったんだ?」
言葉の節々から伝わってくる優しさに応えるように、自然と素直な気持ちが出てくる。
「僕は、イアンの本心を聞くのが怖かった。だから、今までずっと聞けずにいたんだ」
「つまり、カミーは心配だったんだろう? 大好きだからこそ、嫌われるのが怖かったんだろう? でも、良いも悪いも、この世界はちゃんと話さないと分からないことばかりだ。自分の気持ちを伝えないと、嬉しいことも苦しいことも伝わらないし、訊かないと相手も嬉しいのか苦しいのかも分からないままだ。ずっと自分の想像でしかないんだよ」
その声は僕を優しく包み込む様で、僕を一切責めようとはしなかった。
「なぁカミー。イアンはカミーに出会う前、たくさん本を読んでいたんだってね。それで色んな知識を得ていたんだろう? そんなイアンが、この世界に言葉が通じる人間がいることを知らなかったと思うか?」
いつもよりもゆっくりと、ベリトルは続け、僕はベリトルが何を言いたいのかよくわからず、ただ聞いていた。
「イアンは文字を教わって、何冊も本を読んできて、文字の読み書きができる人が世界に大勢いることを知っていたはずだ。それでもカミーと一緒にいる方をとった。それはイアンにとって人間達と生きていく道を捨てた事と同じでとても勇気がいる決断だっただろう。それはカミーも同じだね。それだけの決断を、信じていない、ましてや足手まといだと思う相手のためにできると思うか? 世界を敵に回しても一緒にいたいし、二人なら乗り越えられると思ったから、お互い全てを捨ててここまで来たんだろう?」
その言葉には不思議と不安が消えていくような安心感と、説得力があった。
「信じる、ということは疑うことの何倍も難しいことだ。相手の心の中は絶対に分からないから。でも、どれだけ疑うことがあっても、イアンの事だけは信じてあげるんだぞ。2人はずっと一緒にいようって手を取り合った唯一無二の友達じゃないか。2人は不完全だからこそ、2人で1つ。2人で一人前なんだ。そうだろう?」
まるで言葉一つ一つが僕の心に沁みわたるようだった。今まで心の中を満たしていた黒くて重い何かが溶けて消えていくようだ。頭の中にたちこめていたもやもやとしたものが晴れていくのが分かる。自分でも、それが何なのかは分からないが、ついさっきの自分がいつもと違っていたということは明らかだった。
「それを言ってきたのはあのニールという男じゃないか? 信用もしていない奴のことなんて信じなくていいんだ。自分が信じたい相手の言葉を信じればいい。それなら全てを捨てても傍にいることを選んだイアンを信じてあげよう。二人で助け合っていかなくては」
なんてバカだったんだろう。そう思いながらうなずいた。ベリトルの言っていることは正しい。そうだ。僕はイアンを信じるんだ。そう考えて、次に気になったのは走っていってしまったイアンの事だった。
「なんてひどいことを言ったんだろう。僕、イアンを捜してくる」
と、言うと、僕が駆け出す前にベリトルが言った。
「だ、そうだぞイアン」
意味が分からず一瞬立ち止まっていた僕は、不意に樹の陰から姿を現した人影を捉えた。そこに立っていたのは、赤く、目を腫らしたイアンだった。




