第4章 レインとイアン3
約20名の軍人達から離れて、イアンとニールは歩いていた。痛いほどに緊張感がある空気に息が詰まるような思いをしているイアンに対して、ニールはまるで何も分からないかのように笑顔を浮かべたままだった。ベリトルはニールが持ったままで、時折ニールに気づかれないように声をかけたが、返事は一切無かった。
「ねぇイアン。これ見てよ」
ニールは笑顔のまま、腕にある翡翠色の玉がついたブレスレットを見せつけ、大事そうに撫でた。
「これさ、僕の上官からもらったものなんだ。いいでしょ? この色が好きなんだよね。イアンは何色が好き? ふふ。僕は翡翠色と赤色が好きだよ。本当は赤色が良かったんだけど、赤色の玉は無かったんだ」
イアンは逃げ出すタイミングを窺うが、前方からの監視の目も厳しいものがあった。仮に逃げだせたとしても縛られたままでは満足に動けず、ものの数分で捕まってしまうと、イアンは考えていた。
「ねぇ、イアン」
急にニールが低めに声調を変えた為、イアンは思わずニールを見てしまった。
「君はどうしてあの大戦が始まったのか知ってる?」
依然笑顔を浮かべてはいるが、その笑顔には誰にも否を言わせない強制力があった。
「人間が幻属に手を出してしまったからでしょ?」
イアンが立ち止って地面に文字を彫ると、ニールは満足そうに笑った。
「そうそう、せいかーい! でも、結果的にその研究のせいで幻属の逆鱗に触れて大戦は勃発。生み出した生物兵器は人間と幻属を無理矢理混ぜたことですごく不安定だった。それは結局安定を求めて自己進化を繰り返し、3つの人格を持った。人格同士互いに牽制し合ってバランスを保ってはいるが、敵味方の分別すらできない失敗作。今は麒麟の手で何処かに封印されてる、ただ好き勝手に殺すだけの物さ。そんなもの作っちゃう人間もバカだけどさ、喧嘩を買ったのに人間を甘く見過ぎて戦を泥沼化させてしまう幻属も相当バカだよね。滑稽すぎていっそ哀れだよ」
人間も幻属もバカにする態度に、イアンは眉間にしわを寄せた。その様子を見たニールはさらに愉快そうに続けた。
「なんでそんなこと言うのって思ってる? まぁ、僕が言いたいのはこんな愚かな人間やら、幻属やら、ルールやらから逃げるのは愚行ではないってことかな」
ニールはそう言い終わるのと同時にイアンの手を強引に引き、突然隊列から外れて駆け出した。逃亡に気がついた軍人達がすぐに声を上げるが、ニールは焦るどころか余裕の笑みを浮かべたまま、イアンを巨大な樹の前まで誘導した。
「ここの根の下は空洞になってるから、イアンなら十分隠れられると思うよ」
言われるがまま、イアンはうねる根と土の間に体を滑り込ませた。入口こそ狭いものの、中は3人ぐらい入れそうなほどの広さで、イアン1人なら十分すぎるほどだった。
「じゃあ、僕はこれから君の大切なペガサス君を呼んできてあげる。イアンはここで自分の無力さを噛みしめながら膝を抱えて待ってるといいよ」
ニールはどこか逆なでするように言いながらベリトルをイアンに返し、駆けていった。
「今はニールの言葉を信じているしかないね。カミーと完全にはぐれちゃったし、周りには軍人達がいっぱいいるだろうし」
消沈するイアンに、ベリトルがようやく言葉を発した。慰めるのでも、励ますのでもない、緊張感に満ちた声だった。
「あの翡翠色の玉。もしかすると、幻属に反応する探知機の役目を負っているのかもしれん。もしそうだったらあいつは厄介だぞ。今は見逃してくれているが、あの女を制する程の剣術の使い手ともなると……。先が思いやられるな」
ベリトルの声を聞きながら、イアンは穴の中で体を丸めてそっと目を伏せた。
「レインさん」
誰にも聞こえないほどのか弱い声で、そっとその名を呼んだ。




