第9回 「生き抜く術と」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
つい先ほどまで血だらけで行動不能だったものが、今や不気味な触手で自由自在に動き、獣のような雄叫びをあげている。
protocol: OVER DEVOUR。カッパ・イート・マンが12時間カッパの血肉を経った時のみ発動される動力摂取強制稼働システム。
理性を排除し、目に入るもの全てを喰らい尽くす。この時、人間への攻撃制限も解除される。ただ本能のままに捕食を続ける獣。
「坊主、どうする?」
「フォーメーションBでいきます」
「了解」
少年は、持っていたラジカセを構え、再生ボタンに手を伸ばす。
「いきますよ!いち、にの、さんっ!」
少年は合図とともに音楽を再生。それと同時にヤクザ風の男は高く飛び上がり、持っていた刀をカッパ・イート・マンに向かって振りかぶる。
萩原ジン。ヤクザ風のこの男は、売れない殺陣師である。大学のサークル内で殺陣の担当で参加した自主制作映画が、映画祭でセンスアマチュア賞を受賞し一部界隈で話題に。萩原も斬新な殺陣を評価されいくつか仕事を引き受けることとなったが、大学卒業を機に彼以外のメンバーは映画の世界から引退。1人取り残され、その後今日に至るまで再び脚光を浴びることもなかった。
握られているのは、彼がリアリティを追求をするために手に入れた真剣。刀身に込められた彼の魂ごと、カッパ・イート・マンの頭部目がけて振りかぶる。
ガキン!!!
金属がぶつかり合う、鈍い音が辺りに鳴り響いた。
「硬……ッッッてえ!」
萩原は反動でのけ反るが、すぐさま姿勢を立て直し綺麗に着地する。
「萩原さん!大丈夫ですか!」
「ああ問題ねえ!坊主そっちは!?」
後方に回り込んでいた少年はカッパ・イート・マンを細部まで観察している。
少年の持つラジカセからは爆音でメタルが流れている。
萩原から坊主と呼ばれるこの少年は、河本マスミ。ハナの通う栄高校から少し離れた先の高校の3年生だ。昔から架空の戦況を想像してはその場の作戦を企てるという変わった趣味を持っており、夜通しシミュレーションに耽ったある日、ただ起き上がるのが面倒で、そのまま不登校になった。今はひたすら眠り、たまに起きてはゲームか戦況シミュレーションをしてまた眠りにつく、自堕落な生活だ。
「やっぱり、頭以外は生身の人間みたいです!あ、いや、さっきまでは…ですが」
「だろうな」
カッパ・イート・マンを挟む形で、距離をとった2人は会話を続ける。
「後頭部に、3って数字が書いてます。3、ってなんだ…?」
「んなことどうだっていい!で!次はどう動くんだ!?」
「さっきまで広がっていた大きな穴!心臓の位置!それが今は触手で覆われて、恐らく再生か補強の最中です!ここから考えるに、奴の弱点は人間と同じ、心臓!」
萩原は刀を握り直し、飛びかかってくる触手をかわしながら標的に近づく。
「前方15メートル!停滞してる触手があります!飛び乗って!」
「ちっくしょ、無茶言いやがる!」
言いながら萩原は前方に飛び乗る。足場となった触手に刀を突き刺し、そのまま前進。萩原が通った後から弧を描くように赤黒い血が噴き出す。
「オラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」
フォーメーションB。
マサミがその場で状況を判断し戦略をシミュレート。それを大声で伝達し萩原が即座に適応。音に反応するカッパに有利な状況を作らせないため2人の会話はラジカセの音量により掻き消される。人語の理解できない生物にのみ有効で、マスミの優れたシミュレート能力とそれに適応できる殺陣師・萩原の身体能力が合わさってこそ編み出される戦術。これこそが彼らがこの惨禍を生き延びてきた証である。
「右!左!右!正面!」
マスミの合図に合わせ、萩原は飛んでくる触手を刀を振りながら進む。
カッパ・イート・マンの心臓部に到達した萩原は、勢いに任せそのまま刀を突き出す。
が、刀の刃が届く寸前で先程まであった触手の塊はしゅるしゅると解けた。萩原の目の前にあるのは、空洞だ。
マサミの顔が青ざめる。
「…なにもない!?」
「囮かクソ!」
解けた触手は萩原の周囲に拡散しそのまま呑み込んだ。
「ッが!」
「萩原さん!!」
慌てて近づこうとするマスミを制止するように萩原が叫ぶ。
「構うな!先に行け」
「…ッ、でも!」
「ここで2人ともヤラれたら、こいつの思うツボだ!テメェだけでも、《《達成》》させてくれ」
ラジカセを持つマスミの手に力が入る。
「俺のラジカセ、大事にしろよ」
マスミは少しだけ後退するも、その足を止める。
萩原を置いて逃げようとしている自分に対する疑念。相棒を失うことの恐怖。
萩原の肉体が軋む音が徐々に大きくなる。
「坊主!!早く…行け!!!」
マスミの体は硬直していた。呼吸が荒くなる。
—————————ッドン!
カッパ・イート・マンの直上から何かが勢いよく飛び降りてきた。
その衝撃で萩原を掴んでいた触手の力が緩み、萩原は地面に放り出された。
「…かはっ」
「萩原さん!」
マスミが萩原の元へ駆け寄る。
カッパ・イート・マンの背中に降り立った“それ”は、若い少女の姿をしており重量感のある機械を全身に纏っている。
少女はそのまま、手に装着していた機械をカッパ・イート・マンの背中に突きつける。
「鎮まれ、カッパ・イート・マン」
少女の機械はカッパ・イート・マンの背中に繋がったまま、周りの部品が激しく動き、先程聞いた衝撃音よりももっと鈍い音を繰り返す。
…ドスン!
…ドスン!
…ドスン!
「グオアアアアアアァァァ………」
カッパ・イート・マンの巨体は徐々に勢いが減っていった。
少女は続いて別の機械を取り出す。今度は注射針のように先が鋭くなっており、それをカッパ・イート・マンの背中に打ち付けた。その機械に繋がれたチューブから緑色の混じった赤黒い液体が流し込まれる。
「あ、あれって…」
「ああ、奴らの血に似てんな」
少しして、カッパ・イート・マンは微動だにしなくなった。まるで、落ち着いて眠る赤子のようだ。
少女がカッパ・イート・マンの背中から地面に飛び降り、颯爽と去ろうとするところをマスミが呼び止める。
「あ、あの!あなたは一体!?なぜ、僕たちを…」
少女は足を止め振り返る。
「僕たちを?なんだ?」
「あ、いえ、僕たちをなぜ、助けてくれたのか」
「…別に。お前たちの戦いがあまりにも不毛だったので、効率的に終わらせただけだ。これ以上民間人が死ぬのも、私の本意じゃない」
「そ、そう、ですか」
「聞きたいことはそれだけか?…じゃあ失礼する」
「あ…!は、はい…」
少女は振り返らず先へ進んで行った。
少女の右肩には数字の「5」の刻印がされていた。
「あっ…5、だ」
「あ?」
———山奥、工場跡地。
「う〜ん❤︎そろそろ第二波、進めちゃってもいい頃かしら❤︎」




