第7回 「嵐の後」
村上ハナ。栄高校2年。17歳。
学校指定の制服に身を包み、ボブヘアで前髪は校則にギリギリ引っかからない程度。
ごく普通の高校生だ。
第二志望、いわゆる滑り止めで受験した高校に入学。
1年に同じクラスだった女子生徒と4人組で行動し、昼休憩に机を囲んで弁当を食べたり休日に買い物へ出かけたりしていた。
2年に上がり自分だけクラスが分かれてしまうが、新学期が始まってから数日経ったある日、自分だけを除いた3人だけのチャットグループがかなり前から存在していたことを偶然知ってしまう。それからそのグループとは連絡を取っていないままだ。
彼女の家庭はというと、父親と母親、ハナと弟の4人家族だ。
息子を望んでいた父親からは生まれた瞬間から見離され、高校の受験発表を機に、母親との会話も減った。そんな両親から愛され育った弟からは当然姉だと思われたことはないだろう。
通っている高校で良い成績を残しても誰の目にも止まることはなかった。
彼女は次第に、家にいても学校にいても、呆然と一日、一年、一生が終わるのをただ待つだけの日々を過ごすようになっていた。
どこにでもいる、ごく普通の高校生だ。
———そして今、光の当たらない工場跡地。彼女は両手を鎖で繋がれ身動きの取れない状況にあった。
頭が痛い。重く閉ざされた瞼をこじ開けるが視界がボヤけて前が見えない。
頑張って目を凝らすと、3人、いや3体の人影が見えた。
人間に似た異形の存在。中心に立つモノだけ少し雰囲気が違った。頭の位置あたりに見覚えのある赤色がぼんやりと確認できる。
「あら❤︎目が覚めたみたいね❤︎」
「…こ、こは…?」
「やっと目覚めたのに、その様子だとまだ意識が朦朧としてるところかしら?薬が効きやすいのね❤︎」
『薬』という単語を聞いた瞬間、より一層体にのしかかる錘がずんと沈んだような感覚に襲われた。
声の主人の言うとおり意識が朦朧とする中、ハナは自分を救ってくれた1人の英雄の名を口にする。
「…カッピー…カッピーは…?」
「一緒にいたあの機械頭のこと?死んだわ、あなたを庇って。…本質はワタシたちと変わらないのに、ヒーローにでもなったつもりかしら」
死んだ?あの生物兵器が?何体ものバケモノを数え切れぬほど蹂躙していたあの、カッピーが死んだ?
「う…あ…!あ……!カハッ!」
目の前の連中に浴びるほど怒号をぶつけてやりたいのに、喉の突っかかりが邪魔をして叫ぶことすらままならない。
「キャハハハ❤︎人間は無力ね〜。そんなアナタがあの生物兵器を救おうなんて無理に決まってるじゃない?諦めた方がいいわ❤︎」
赤髪はハナの周りを囲むようにしてぐるりと一周歩く。
「彼らのことはちょっとだけ、調べさせてもらったわ。お仲間がアナタを助けに来ようとしても対策済み❤︎こういうのなんて言うんだっけ?ああそうそう…万事休すってやつよ❤︎」
仲間?カッピーにも仲間がいたんだ。私と違って……よかった。
今にも消えてなくなりそうな意識の中でハナはそんなことを考える。
その瞬間、首の辺りに激痛が走る。
「………っあ゛!」
「でね?アナタをただ殺すだけじゃもったいないから。ワタシたちの研究を手伝ってほしくてね?」
横の方に視線を送ると、変わった機械から長いチューブが繋がれておりこちらに伸びている。どうやらその先が首元と繋がれたようだ。
「ワタシの血をアナタに送るの❤︎これで大体わかるわね?ワタシたちもこの地で繁栄していくためには数が必要なのね❤︎」
緑の混じった黒い液体がどくどくと注がれていく。異物が体に混入していっていると感覚でわかった。気持ち悪い。首が骨の髄から凍ったように固まり、脳を直接撫で回されるような気分だ。
「…お………え゛っあ………」
荒い呼吸の後、体を前屈みにくねらせる。少し開いた彼女の口から濁った液体が吹き出た。吐瀉物は足元に飛び散り靴下が汚れる。
「すとっぷ❤︎」
赤髪の合図に合わせ、機械の隣に立っていたカッパが電源を落とす。
「無理もないわ。一気に試しても死んじゃうだけだし、ちょっとずつ、ね❤︎一旦休憩しましょ❤︎」
赤髪はそう言い残すと2体のカッパを引き連れ去っていった。
ハナは眠るように気絶した。
———同時刻、三島と松隈は事件発生現場である栄高校へと足を運んでいた。
「地獄絵図だな」
「…ですね。でも変ですよ、道中あれだけの崩壊があったのに人も、報告にあったあのバケモノですら一体も目撃していません」
「うん…神奈川で起きた大穴の件と似ているな」
「言われてみれば確かに…。というかあっちは大丈夫なんですか?」
「気にはなるが、堂島たちに任せてきたし、私たちは私たちの調査を進めよう」
校内へ入り一階一階上りながら調査を進める。どこも死体の山、血の海の惨状だ。
そんな中、2年4組教室前廊下を目にした瞬間、2人は足を止める。
建物内でそこだけ明らかに血の量が違う。まるで何者かによって掃除されたようだった。もはや乾き切った血が少し掠れた程度で、血の海と表現するには程遠いほどだ。
その先にある死体が目に入る。
「人です!」
顔が半壊している遺体の元へ駆け寄る。
「ひどい…」
2人は手を合わせた後、遺体の身辺を調べた。松隈が白衣のポケットから身分証を取り出す。
「…九条ジュウイチモン……これ、この人って」
松隈が研究者の名を声に出し、それと同時に三島は壁に設置された監視カメラを発見する。
「松隈、急ぐぞ」
———そのまた同時刻、山道の中腹。カッパ・イート・マンは心臓を貫かれ、倒れていた。四肢はもがれ全身につけられた傷から血が出ている。機械化された頭部は多少傷をつけられているものの損傷は見られない。
「人、か?」
カッパ・イート・マンを見つけた中年の男とその近くを歩く青年。2名がそれに近づく。短髪で白スーツに身を包むヤクザ風の男と少し髪を伸ばしロンTを着た高校生くらいの少年だ。
「坊主、この辺りのバケモンは?」
「全然いません。それどころかさっきからずっと何もいないですよ」
「…街を荒らしてったと思ったら急にこれだ。一体どうなってやがる。おい、コイツを調べるぞ」
「うっ…残虐ですね」
「今更何言ってんだよ。これは…マスクか?」
カッパ・イート・マンの頭部を覗き込む男と、恐る恐る近づく少年。
2人に囲まれた生物兵器は未だ微動だにしなかった。
〈〈〈カッパ・イート・マン、カッパの血肉を絶ってから12時間経過〉〉〉




