第4回 「口口口」
対流圏に突入した飛行機の中、未確認生物特設対策班の三島と松隈は隣の席に座っていた。
先ほど出席した会議の様子を思い出す。
———本部長に呼ばれ入ってきたその男は、すすけた白衣に身を纏い、乱雑に被さったような髪の毛をしていた。見た目から、「異端児」の3文字を連想させる。
彼は左手でメガネのフレームを少しだけ奥に押し、正面を向く。目元に広がるクマの深さから常人を逸脱する何かを感じさせた。
「考古学及び近代技術を主に研究を続けております九条ハジメ、といいます」
全く開いていないと言っていいほどの口の動きでぼそぼそと喋り出す彼に、皆聞き耳を立てている。
すぐそばにいた女性警察官が慌ててマイクを持ってくると、それを当然のように受け取り話を続けた。
「今回発見された未確認生物…日本の古い伝承になぞらえこれをカッパ、カッパと呼称します。考えられる発生地はここ、高塔山と呼ばれる山」
あまりにも現実離れした名称にざわつきながら、一同はプロジェクターに映し出された映像に注目した。
そこには地図上に記された山の位置と高校の位置、そして何点かの写真が並べられている。
「ここにある一本の釘。この封印が何らかの影響で解かれ大量発生したと考えられます。現状最も被害を受けているのが山の麓にある栄高校という公立校」
九条は淡々と話を進め一同が困惑している中、三島は冷静にメモを取っている。
そんな彼女を見た松隈は、多少の違和感と妙な納得感を同時に抱いた。
「そして、一連の事件と関連が深いと思われる不確定要素の一つとして今回上げさせていただくのがこちら。カッパが大量発生してまもなく、栄高校の近くで目撃された謎の人物」
画面は切り替わり、そこには特殊なマスクをつけた男とその近くを歩く女子高生の姿が映し出された。
特徴的な一枚の写真に、映画か何かかと、この中の半数以上が思っただろう。
その中でただ1人、姿勢を崩さず真っ直ぐに手を挙げる三島。
「はい」
三島を見つけた九条が声をかけ、それに合わせて彼女も席を立つ。
「怪事件特殊捜査係、警部の三島アツコよ。その特殊なマスクを被った男と、本件に関わりがあると考えられる点とその理由について、お聞かせ願いたい」
「いい質問ですね…まず重要な資料としてもう一つ、本件にはこの男が多く関わっていると推測します」
画面は再び切り替わり、背の低いハゲ頭の老人の姿が映し出された。
「彼は私の父、九条ジュウイチモン。私と同じく、考古学と近代技術を研究する科学者だ。彼は少し前から事件発生地の高塔山付近に研究所をかまえ、ある歴史について研究を始めています。これがまあ恐らく、カッパのことだろうと予測できますそして何より、このマスク男の特徴が彼の発明するメカニズムにとてもひどく似ている。関連付けざるを得ないということですよ」
先程にまして早口になり興奮気味に話す九条。あまり開いていないように見えた口は今や大きく開き、ほくそ笑んでいた。
それを見て、三島を始めその場にいる全員が気味の悪さを感じた。
———「しかし意外でした。せんぱ…ああいや、三島警部が、あんな話すんなり受け入れるなんて。怪事件特殊捜査係とは呼んでも実態は、人が起こした事件ばかりで、僕は正直まだ飲み込みきれません」
沈黙を破り、松隈が話しかける。それに答える三島。
「私だって、神や幽霊、いわゆるオカルトの類を信じろだなんて言われたら信じないわ。でも今回は違う。ただ目の前で起きてる現実を、かろうじて頭で理解しているだけよ」
———それから5時間前。栄高校2年4組教室前の廊下。
カッパ・イート・マンは、バラバラになったバケモノの死骸をゆっくりと味わいながら貪り喰らっていた。
その様子は、まるで血に飢えた獣。マスクの正面がガパッと開いていてそこから生々しい口腔が剥き出しになっている。
しかし近くにいたハナはその場から逃げなかった。姿こそ視界に入れられるものではないし、背後からする残酷な咀嚼音を聞いているだけで卒倒してしまいそうだったが、彼から離れようとしなかった。
「てめぇ…なんでまだそこに突っ立ってる?■されてねえのか」
カッパ・イート・マンは口から肉片を飛び散らせながらハナに声をかける。
「……変なもん見せられたから、ちょっと、休憩」
ハナはしばらく沈黙した後、再び口を開く。
「さっきなんて言ったか聞き取れなかったけど、殺すとか大体そういう意味でしょ。アンタこそ、なんで私に襲ってこないの?」
「俺ァ人間に歯向かえねえよう改造されてる。まァ、直接じゃなけりゃ突破できるってさっき証明できたけどなァ。てめぇもあのクソジジイみてえにバケモンぶん投げてやったっていいんだぜ?」
カッパ・イート・マンは大きな舌を全面に出し不敵に笑う。
「そうしたいならそうすれば?アンタ、そういうことする人じゃないってなんとなくわかるけど」
「人…ヒトか。もうヒトかどうかもわかんねえけどな」
少女が立つ場所は生物兵器へと改造された青年の、半径3メートル以内には入っていたが、体の震えを微塵にも見せなかった。
どこからか湧いてくる謎の安心感、彼を敵ではないと認識していた。それとも、敵だと思いたくないと自分を騙しているのかもしれない。
「村上ハナ」
「あ?」
「私の名前」
「名前なんか聞いてねえよ」
「自己紹介でしょう?アンタは…えっと、あの、カッパ・イート・マン?」
ハナは少し笑いそうになったがぐっと堪え話を続ける。
「本名教えてよ。多分それ、ヒーロー的な、あのー、コードネーム?みたいな感じでしょ?」
「知らねえ。名前なんかあったのかも憶い出せねえ」
「記憶が、ないの?どこから来たかとか、家族とか?」
「目覚めたら地下の実験室だ。あのクソジジイのなァ。家族は…いたとしても死んでるだろうな」
それを聞いて少し人間味を感じたハナは、やはり彼が食事を終えるまで待った。
しばらくして、カッパ・イート・マンは歩き出し、ハナも後を追い歩き出した。
2人は1階へと続く階段を降り正面玄関から外に出た。
そこに広がる光景を見て、ハナは絶句した。
グラウンドに広がる血の海。ハナ以外の生徒や教員は皆、死体となって転がっていた。
周りの建物からは火災が広がり、至る所から叫び声やクラクションを鳴らす音が聞こえる。
そしてあちこちに蔓延る、いろんな形態をしたカッパの大群。
世界は轟音と共に崩壊していた。
ぜつぼうはまだ、はじまったばかり———。




