第3回 「父子の絆、鋼の如く」
カッパ・イート・マンは目の前の目標に向かって助走もつけずに全速力で疾走した。
ハナの真横を突き抜ける。彼女の体感では、音速。
カッパ・イート・マンは敵の前まで移動するやいなや、そのまま目の前の顔面に向かって拳を振りかざした。つい先ほど発散できなかった怒りを乗せて。
鈍い音を立てカッパの頭は後方へ90度捻じ曲がる。
彼は多大なる代償と引き換えに、人間離れした力を手に入れていた。
しかし相手もまた、それに耐えうる屈強な肉体を有している。
ミシミシと音を立てながらゆっくりと首の位置を戻し、ニマッと口を開いた。
カッパは勢いよく腕全体を振りかぶる。
カッパ・イート・マンはその攻撃をかわしながらしゃがみ込み、足元に落ちていた金属製の平らな棒状のものを手に取った。
———佐々木シュウタの定規。
栄高校2年4組、ハナと同じクラスのシュウタは、幼い頃から工場勤めの父親に強い憧れを持っていた。
小学校3年の夏休みの自由研究、彼は「絶対に折れない、何でも測れる定規」と題し、長さ1メートルのステンレス製直尺定規を製作。
憧れの父との初めての共同作業だった。
小学校3年生の子どもの目には、工具なんぞの魅力は伝わらず、周りの友人からはあまり良い評価はもらえなかった。
しかし家に帰ると、
「シュウタは自慢の息子だ」
と誇らしげに父親が言い出すので、彼はそれを見て目に涙を浮かべながら笑った。
その定規。思い入れが強いあまり、肌身離さず持ち歩き、学校にまで持ってくる始末。しかし先ほどの騒動で廊下に落としてしまっていたようだ。
今は、バケモノと対峙する生物兵器の手に握られている。
カッパ・イート・マンはそれを思い切り振るう。
父への憧れ、子の想い、硬い絆は、そのままカッパの右腕を両断した。
切り離された断片から緑色の混じった赤黒い血液が飛び散り、カッパ・イート・マンの口元に触れる。
本能でそこに舌を運ぶカッパ・イート・マン。その瞬間、脳に直接電流が走った。
シンセサイザーのような独特な電子音が彼の脳内、そして周囲に響き渡る。
……………………………。
…………………。
……………。
…。
〈〈〈 カッパ・イート・マン 覚醒 〉〉〉
先ほどまでモヤがかかっていた視界が一気にひらける。
普段の眼球の位置よりもっと奥まったところから景色全体を見渡している気分だ。
体中の血液は循環し、踊り昂っている。内臓の不快感もない。
頑丈に縛り付けていた有刺鉄線から解放された。
超人的なカッパ・イート・マンの力が、更に増幅される。
切断されたカッパの右腕が落ちる前に、残った三肢を定規で切断。持て余していた左手で頭を掴み、直上に引き抜く。
首の下から腰のあたりまで伸びた背骨は、まるで最初から他の骨や肉やらと分離していたかのように、スルスルと綺麗に抜けていく。
そしてその後、最初に切断されたはずの右腕が地面に落ちた。
その間かん、僅か0.2秒。
これが、カッパ・イート・マンの本来の力。
「え、え、、ええ!?」
ハナは、たった一度瞬きをしただけで現れたその光景に理解が追いつかなかった。
「人間の脳で処理しきれぬのも無理はないわい」
気づくと研究者の男はハナのすぐ隣にいた。
興奮気味に鼻の下を伸ばしている。
男の目線の先は依然として自身の最高傑作へ向いている。
カッパ・イート・マンの足元に広がる不気味な血液。
その上にバラバラとなった四肢と宿主を失った胴が散らばっている。
そのすぐ真上にぶらさがる背骨が一本、先端にはバケモノの生首がくっついている。
この惨状を体験しても尚、薄気味悪いその口はケタケタと笑っていた。
「まだ終わっちゃいねえぜ、お前の役目は」
カッパ・イート・マンは、後ろを振り返った後、バケモノの頭を利き手に持ち変え勢いよくぶん投げた。
標的は、彼が今、この世で最も憎むあの男だ。
超スピードで投げられた頭。繋がった首は真っ直ぐに伸びきる。
男が目の前に飛んでくるものを認識するよりも前に、勢いに乗ったまま剥き出しになった無数の歯が彼の顔面に食い込む。
メキョメキョと音を立てながら仰け反る男。
頭だけのカッパは、そのまま口を閉じた。
「…ひゅ。」
男が最後に発したのは言葉か、あるいはただの漏れた空気の音か。
顔の7割を失った男は、そのまま地面に倒れた。
餌を与えられたカッパは、補給されたエネルギーを必死に自己修復へと回す。
それに気を取られてか、迫り来る天敵の存在に直前まで気づけなかった。
「死ね」
カッパ・イート・マン最後に残しておいた頭を踏み潰した。
この惨劇は、女子高生のハナにとって刺激が強すぎたかのように思われたが、膨大な情報量とあまりにも現実離れした光景に、気が狂うよりも困惑が脳内を占めていた。
カッパ・イート・マン、最初の任務を完遂。
———警視庁本部、未確認生物特設対策班会議室。
「…以上が、此度起きた事件の全容だ」
会議が終わると同時に、1人の女性が室内からいち早く退室する。
警視庁怪事件特殊捜査係 係長、警部の三島アツコ。
着ているスーツはシワひとつなく、その上からは鍛え上げられた肉体が見て感じ取れる。
髪留めも髪ゴムもしていない中、綺麗な状態を維持している髪の毛は、しっかりと身だしなみが整えられている証拠だ。少し青みがかっているように見えてしまうほどの純粋な黒髪だ。
歩幅を大きく前に進む歩き姿は、豪快さと女性の上品さを兼ね備えている。
向かったのは、数メートル歩いた先の喫煙所。
胸ポケットにしまってある箱からタバコを一本取り出し、フリント式のライターで火を付ける。
2口目を吐いたところで、向かいのドアが開いた。
入ってきたのは係内の後輩、松隈ソウヤだ。彼も三島と同じく、特設対策班に着任している。
「喫煙者専用スペース」
「いいじゃないですか、今他に誰もいないんだし」
松隈は念の為、小窓から人の気配を伺いながら三島に反論する。
「…今回の件、どう思う?」
「…そうですね、情報量が多すぎます。今まで何もなかったあの田舎町で、…しかもカッパって」
「事件はいかなるときも、唐突に起きるものよ」
松隈は、そりゃそうかと内心思いつつも言葉にはしなかった。
三島は顔を前に向けたまま煙を吐き、話を続ける。
「気になるのは、現場付近で目撃されたという特殊なマスクをつけた男」
「やっぱり、その男が事件の手がかりになるんですかね…」
三島は、手にしていたタバコを灰皿の上でもみ潰してから下に落とし、
「これから向かおう」
松隈の方を向いて言った。
ようやく三島と顔を向かい合わせた松隈は、彼女を見て少し背筋を伸ばしつつ、急な言葉に慌てて聞き返す。
「え!?今からですか!?」
「何かおかしい?」
「ついさっき、3時間ほど前に起きた事件ですよ。班全体で大規模な捜査が予定されています。僕たちだけで単独で進めるというのも…」
「報告はしてあるわ。私と、あなたの名前でね」
2人はスーツを整えてから喫煙所、しばらくして本部を後にした。




