第2回 「宿命、与えられた傷み」
カチ…カチ…
秒針の音が無機質に部屋に響き渡っている。
その守られたリズムを狂わすように、時折水滴が弾ける音が割り込んでくる。
青年が目を開けると、薄暗いコンクリートの天井が数メートル先にあった。
ここはどこか、なぜここにいるのか、それ以前に過去の記憶、自分の名前すら青年の頭には出てこなかった。
そのすぐあと、思い出したかのように頭痛、吐き気、空腹、倦怠感が体全体に流れ込んできた。
「ぐ………っぁ……」
青年は悶えるように声を出し、自分の頭に手を伸ばす。
指先で感じられたのは、冷たい金属のような感触。
頭に何か被っている。いや、しかし被っているという頭の感覚は無い。
頭そのものが機械に置き換わっているようだった。
「ようやく目覚めたか、被験体3号よ」
老人の声が聞こえる。
青年は痛みに耐えながら頭を動かし、声のする方へと向いた。
背の低いハゲ頭の男の姿が見える。白衣を着て、研究者らしい雰囲気をしている。
「き…さま、俺の…体は………」
「お前の体に何をしたのか、と聞きたいのかね?」
研究者らしきその男は、ゆっくりと足を動かし青年の置かれたベッドの周りを歩きながら語り始めた。
「時間がない。手短に説明するぞ。はるか昔この地に封印されたとされる幻獣・カッパがつい先ほど復活し大量発生した。お前はカッパたちが引き起こした事故に巻き込まれ、脳の重要な神経回路だけ残し頭を大破された。ワシは悲惨な姿をしたお前を発見し、この日のために独自に研究、用意しておいた対カッパ用の生物兵器を覚醒させるため、器としてお前を改造し使ったというわけじゃ」
青年は、記憶喪失のうえ、聞いたことのない言葉の連続で理解を拒もうとしたが、なぜか事の全容を把握できた。
「まあ要約すると…ワシの研究のおかげでお前は、カッパに対抗できる唯一の生物兵器、カッパ・イート・マンへと生まれ変わったのじゃ!どうじゃ?事前にインストールしておいた専門用語のおかげで、なんとか理解はできるじゃろう?」
理解できた。しかしそれ故、その理解が、残酷なほどに青年の怒りを上昇させる。
青年は痛みを忘れ、男に飛びかかり拳を振るった。
が、青年の拳は男の目前でピタッと止まる。
「……ッ?!」
「人間に害を加えることはできないように設定してある。ワシへの攻撃は無効じゃ」
「…この…■■ジジ……?!」
確かに発したはずの言葉は■■によって掻き消された。
「人間への不適切な言葉も無効じゃ。規制されておる」
青年は言葉を詰まらせ、沸々と湧き上がる怒りを感じることしかできなかった。
「カッパ・イート・マンとはその名の通り、カッパを喰い殺す兵器じゃ。先ほどからお前の体を蝕むように頭痛や吐き気が襲ってきよるじゃろう。これはカッパを喰っていないことで起こる禁断症状じゃな」
男は部屋の隅へと移動し、壁に設置されたボタンを操作する。
ガゴンと音を立て開いた扉は、地下研究所から上へ向かうエレベーターへと直結していた。
「さ、乗り込むが良い。お前を痛みから解放してやろう」
栄高校1階の隠し通路へと着いた2人は、廊下を確認しながら階段をのぼる。
「やはり山から一番近いこの建物が一番被害を受けておるの〜う。ここの地下に研究所をかまえて正解じゃった!」
この惨状からは想像できないほどに男の足取りは軽く、気分が乗っている。
カッパ・イート・マンと呼ばれる青年は、その姿を見て、今抱えているものとは別の吐き気を催した。
それとほぼ同時、上の階で大きな爆発音が聞こえる。
研究者の男は待ってましたと言わんばかりに階段を駆け上がっていった。
青年も、走る気力こそなかったがその男を追うように階段をのぼる。
「さあ!こっちじゃ、のろ助!早く来んか!」
男の言う方へ向かう。
そこには、ボロボロになった壁と粉々になったガラス片、剥き出しになった鉄筋、そしてその真ん中に、安堵の表情を溢しこちらを見つめる女子高生、ハナの姿があった。
「あれがお前の標的にして獲物、カッパじゃ。あれを喰わねばお前は生きることも死ぬこともかなわん」
「てめぇ、■■ジジイ…俺をこんな体に勝手に改造しておいて、おまけにあのバケモンを…喰えって?馬鹿げてる冗談じゃねえ」
「しかしあれを喰わねばお前の体を蝕んでいるその痛みは消えぬぞ?大体ワシが発見していなければそこで終わる命だったのじゃ。どういう形であれ命を繋ぎ止められたこと、感謝してほしいくらいじゃがのう」
事実、青年の体は今も毒に侵され続けていた。
頭蓋骨をかち割るような痛み、体中から血液が今にも吹き出しそうな皮膚の圧迫感、腹の中をぐるぐると何匹もの芋虫が這うような吐き気。
今この場に立っているのが精一杯だった。
「■■、■■ジジイ、■■■、■■■■、■■、■■■■て、■■てやる」
青年は、無意味な暴言を空虚に乗せて吐いた後、一息つく。
「喰やいいんだろ、喰や」———。




