和解
ミヤがディアスに呼ばれてから数日後
セリーニと俺がディアスに呼ばれた
彼の部屋に久しぶりに行くと前と比べて随分と整頓されていた
真面目な彼らしいと思いながら出された紅茶を口に運ぶ
ディアスは紅茶を見つめたまま固まっていた
セリーニと顔を見合わせつつ彼が口を開くのを待った
「お二人とも……今まで申し訳ありませんでした」
突然、頭を下げて言われて驚いた
「ソライさんに……話をしないと分からない、と言われまして…拒否されたとしても正直な気持ちをお伝えします」
そう言ってディアスはセリーニと俺と順番に目を合わせた
小さい頃のことを謝罪してきた
何事もなかったように接することしかできなかったこと
見ないふりをしてしまっていたこと
セリーニは無言のままで俺は彼から視線を逸らさなかった
「お二人がどれだけの我慢をされてきたのか……お祖母様に聞いて愕然としました
もっと早くに聞くべきでした、自分から知るべきでした
その勇気もなくお二人に遠慮して……逃げていました
お二人のことを尊敬しているのに…慕っているのに…本当に申し訳ありませんでした」
沈黙が部屋を包む
俺たちが言葉を探しているとセリーニが笑みを零した
不思議に思っていると彼は口を開く
「ミヤ、らしいな」
「…ソライさんらしい?」
「あぁ、ミヤらしいよ
彼女は人に言うべきだと判断したら、しっかりと意見を述べる子だ
たぶんディアス本人が相談してきたから遠慮するな、と言ったんじゃないか?」
そう言ってセリーニは楽しそうに笑った
ミヤのことを思い出してるのだろう
「確かに…その通りです
ソライさんに促されて改めて考えてみました
今更だと分かっていても…やはり何かしたかったです」
「…ディアス」
俺はできるだけ優しい声で呼びかける
「謝らなければならないのは俺のほうかもしれない
お前が傷つかないように、と勝手に決めつけて距離を置いていた
でもそれは余計なお節介だったんだろうな」
「…義兄様」
「お前が気に病むことは何もない
謝罪なんてする必要もなかった
むしろ俺のほうが謝るべきだ」
そう言うとセリーニも頷いた
あの頃は全ての人間が信じられなくて、敵に見えていた
それはディアスも例外じゃなかった
お前は何も知らないと分かっていたのに
今思い返せば何をしていたのかと思う
「お互いに何も知らない子どもだったってことだろうな」
「…はい、そうかもしれません」
ディアスが涙ぐみながら、それでも笑った
「ありがとうございます、義兄様
僕はずっと…後悔していたんです
お祖母様から話を聞いてから何もできなかったことが
もっと何かできたのではないかと何度も思いました
…お二人に追いつきたい、とずっと……思っていました」
ディアスは拳をぎゅっと握って言葉を続けた
「お二人のように、強く生きられる人間になりたかった
僕は弱いからお祖母様に言われたからと理由をつけて関わらないようにしてきたんです
……僕は、お二人のように強く在りたい……!」
その言葉にセリーニも俺も自然と笑みを零した
お前は十分強いと思うけどな、と思いながら
セリーニを見ると同じことを思っていそうだった
「たとえ、どんなに強くなっても…それはお前が強くなりたいと願う気持ちがあれば良い
大切なことは気持ちなんだ
それさえ忘れなければ誰だって強くなれる」
「気持ち…ですか?」
「あぁ、気持ちだ
強さなんて目に見えては分からない
自分の意志がしっかりしていることが大切なんだよ
それに強くなるのならば一人ではない
俺たちも強くなろうと努めている
…一緒に強くなろう、な?」
セリーニの言葉にディアスは力強く頷いた
それからお互いに冗談を言い合ったり軽口を叩いたりして過ごす穏やかな時間が流れた
「ソライさんは本当に優しい女性ですね
彼女と話せて良かったです
義兄上たちに感謝の気持ちと…今の気持ちをお伝えできましたから
彼女に出会えて本当に良かったと思います」
嬉しそうに話すディアスに俺とセリーニは顔を見合わせた
ミヤへの感謝の気持ちと彼女に出会えて良かったという思いは俺たちも持っている
「そういえば……ソライさんは義兄上たちどちらかの婚約者候補なのですか?」
唐突な質問にセリーニと同時に口をつぐんだ
ティーカップを置いた音だけが静かな室内に響く
「…どうして、そう思った?」
「義兄上たちが誰よりも気にかけていますし…何よりお祖母様も娘のように思っている、と仰っていました
であれば、いずれ国のために結婚することになるのではと思いまして」
その言葉にセリーニは困ったように笑っていた
俺はふーん、と興味なさそうに返す
実際、少しも興味はなかった
「アステリ義兄様は特に…ソライさんを大切に思っておられるのでは?」
「は? 割と普通だろ」
「…ソライさんと話している時の表情が他の人よりも柔らかいと思いましたが?」
首を傾げながら言われた指摘に眉をひそめた
そんなことあり得ないだろうと否定するとセリーニが口元を押さえて必死に笑いを堪えていた
何か変なことを言ったかと眉を寄せる
「まぁ…婚約云々に関してはアステリは平民になってるから強制されているわけではないし本人同士が望めば添い遂げる未来もあるかもしれない」
笑いを堪えながらセリーニが言うとディアスは納得した
「ディアスはミヤが好きなのか?」
「…恋愛として、となると難しいですね
素敵な方ですし国のために尽力してくれているので惹かれる部分はありますが……今のところ、この感情は感謝でしかありません
そもそも僕には婚約者が居ますし」
そう言ったディアスは少し寂しそうな顔をしていた
そうか、と俺は紅茶を口に含んで息を吐いた
ディアスの中でミヤは良い人なんだと思うと嬉しくなる
そして同時に彼女に惹かれているんだと分かって不安になった
なぜこんなに不安になるのか、よく分からなかった
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「セリーニ義兄様…まさか、と思うんですが…アステリ義兄様はまだ自覚されてないんですか?」
物思いに耽るアステリに聞こえないよう小さい声でディアスが話しかけてきた
俺が肯定すると目を丸くする
「あれだけ優しい顔をされていたのに…?」
「ついでに言うとミヤも気づいてない」
「えぇぇ……」
ディアスが驚愕するのも無理はない
アステリは明らかにミヤに惹かれているし彼女が絡むと他の女性にはない表情をする
他の人間から見れば一目瞭然だが本人は恋愛とは無縁に育ってきたからか自覚していない
「ミヤに関してもアステリには妙に気を許している気がするんだが…」
この前のお礼会でもアステリに縋りついていた
あれだけ長く抱き締められて意識しないというのも可笑しな話だが驚くほど二人の距離は変わっていない
「ソライさんは恋愛が分からない、ということですか?」
「さぁ、どうなんだろうな
ただアステリのことは何か特別に思っているんだろうとは思う」
「なるほど……」
ディアスは考える素振りをすると微笑んで二人で見守りましょう、と言った
彼もミヤに惹かれているかは分からないが素直で優しい性格だ
応援したいと思う気持ちの方が大きいのだろう
「…なんだよ、二人してニヤニヤして」
「いや、なんでも?」
「えぇ、なんでもありません」




