過去3
母とエルピーダ王妃の葬儀が共に行なわれ民たちは悲しみに包まれた
母は元々国民から慕われていたがエルピーダ王妃はさらに深い悲しみを与えた
民たちは口々に二人を失った悲劇を嘆いた
その様子を黙って見つめる俺たちは何を考えていたのか定かではない
葬儀後は王とイディパシス王妃の態度が豹変し露骨に嫌がらせを受けるようになった
毒を盛られ命が危なくなったこともある
俺がエルピーダ王妃の死を不審に思っていると分かっているからだろう
「……そう、そういうことだったのね…」
祖母である皇后陛下は母とエルピーダ王妃の死を聞いて悲しみ、後悔していた
そんな矢先に俺が倒れたと騒ぎになったから公務を放って来てくれたらしい
耐性があるから、そんな大事にはなっていないが倒れた原因とエルピーダ王妃の死について俺が話すと皇后は頭を抱えていた
今思えばあの女と結婚させるべきではなかったと悔やんでいる
孫の命も狙われているとなると尚更だろう
厳しい人ではあるが優しい人でもあるから心配で堪らないのだろう
「……アステリ殿下が…っ」
そんなある日の夜
執事が血相を変えて呼びにきて、着いていった先の医務室にアステリが居た
全身血塗れで息が荒く瞳は鋭く光っている
まるで飢えた獣のようで
何があったか聞くと、一人で魔物を倒して回っていたらしい
俺が倒れたことを知ってからより暴走したのだろうか
身体に付いているのは全て魔物の返り血だそうだ
ひとまず瘴気の影響を考えて洗い流すように執事たちにお願いした
「止められず申し訳ありません」
第一軍隊長は気まずそうに口を開いた
アステリを見つけたのは彼だ
見つけた時はすでに何体か倒していた後だったらしい
「いや…見つけてくれて感謝する
本当にケガは無いんだな?」
「剣を強く握りすぎていたことによる手の平の損傷は見られましたが他には特に見当たりませんでした」
そう聞いて、ひとまず安心した
浄化も終えたアステリに話しかけてみるが目を合わせようとしない
いつもの優しい笑顔も穏やかな雰囲気もなく、冷たい刃のような鋭い眼光があった
怒りと絶望が混ざっているようで俺の知らないアステリだった
執事たちも若干怯えている気がする
このままではアステリ自身も壊れてしまう
ならば取れる選択肢は限られていた
「第一軍で面倒を見てもらえないか?」
落ち着かせるためと部屋にアステリを閉じ込めた後、第一軍隊長に頼んだ
いくらなんでも無茶ですよ、と彼は眉を寄せる
分かっているつもりだ
俺だって無理を言っている自覚はある
だがこれ以上、見ているのが辛い
「もう、潮時だ」
小さく呟いたはずの言葉が聞こえたのか軍隊長は目を丸くした
もう決めたのだ
もう俺は決めた
その為にもアステリには軍隊に居てほしい
軍じゃなくても、どこかで笑っていてほしい
母を失った哀しみから解放するには、これ以外に方法がないと思うから
「分かりました
……私は何があっても殿下たちの味方です
この命を懸けて守ってみせましょう」
軍隊長の言葉を聞いて心から安心した
絶望していたアステリも変わってくれるかもしれない
そして母の言葉を思い出し、その通りに生きようと決意を固めた
「…そう、分かったわ」
翌日早朝
俺はお祖母様に今回のアステリの暴走と軍隊に入隊させること
そして俺は王位継承権を放棄することを話しに行った
お祖母様はため息を吐きはしたが否定はしなかった
むしろ、そうなるだろうと予想していたのかもしれない
俺たちの人生に制限をかけていた罪悪感があったのだろう
「いつまでに放棄するの?」
「ひとまずアステリが落ち着くのを待ってからにしようと思っています
そして母の、フリサフィ家を名乗ります」
「……セリーニは本当にそれで良いの?」
「はい、もう決めました」
そう言うと彼女は悲しげな表情になった
俺を見つめた後、目を瞑り小さく息を吐く
それまでに書類を用意しておくと言ってくれたから頭を下げた
それから事件の調査の片手間にアステリの様子を見に行った
最初のうちは軍隊長以外とは必要最低限しか話そうとせず無愛想で孤立していた
それもそのはずだ
アステリ自身が人を寄せ付けないようにしているのだから
何度注意しても魔物討伐には単独で挑むし、帰ってきたら誰かを殴りそうなほど怒りを抑えられずに居る
もう二度と戻ってこなくなるかもしれない恐怖がずっと付きまとっていた
「だからダメだって言ってるでしょう!」
そんなある日、アステリに怒鳴る若い隊士を見かけた
年齢も近いように見える
軍隊長によれば二年前に軍に入っていた子らしい
アステリの様子を見かねて最近は遠慮せずに言いたいことを言ってるんだとか
「あれぐらいじゃなきゃ殿下は変えられませんよ」
「危険じゃないか?」
「意外と楽しそうですし良いんじゃないですか?
それに殴り合いなんて私はしょっちゅうしてましたよ」
そう話しているうちに揉めている二人に視線を戻すとお互いに手が出て喧嘩が始まっていた
お互いの頬を殴ったり蹴ったりしている
どちらも本気でやっていて見てるこっちが痛くなる
「……止めてきますか?」
「…いや、そのままで良い
あの子もアステリに向き合っている
アステリが心を開く良い機会だろう」
軍隊長は呆れたように肩を竦めて見守ることにしたみたいだ
アステリはいつも他人を信じることが出来ないと言っていた
そんな彼が初めて自分から他人と関わり、衝突する
仲良くなれるかどうかは分からないが彼にとっては良い影響になると確信していた
「……軍隊長、ありがとう」
「私は何もしてませんよ
貴方が行動しただけのことです」
彼の言葉には少し誇らしさがあった
こういうところは変わっていないのだと嬉しくなる
そして喧嘩している二人を微笑ましく思った
お互いの良いところも悪いところも分かり合っている証拠なのだ
喧嘩もするけど支え合えるような
俺にとってはアステリしか居なくて友と呼べるのは居ないから羨ましかった
「そろそろ、か……」
三ヶ月経過した頃、アステリは少しずつ落ち着いてきた
まだ怒りを忘れることはないだろうが前よりも雰囲気が柔らかくなり仲間たちとも積極的に交流している様子は見ていて安心できた
俺はお祖母様から預かった王位継承権放棄の書類を見つめる
アステリのことが一段落ついた今、これを書くべきだと思う
ただ俺の覚悟と今後の人生についてをアステリには話しておこう
「……勝手で、すまないな」
アステリは何も言わずに最後まで静かに聞いていた
最初は驚いていたが、次第に納得したように表情が和らいでいく
そして全て聞き終わると
「セリーニ…俺も同じこと考えてた」
そう言われて目を丸くした
俺もアステリも元々王位に興味がなかった
ただ母への思いから継ぐ覚悟をしていたが、奪われたことでその思いは完全に消えてしまったのだろう
アステリは紙を取り出すと開いて見せてくれた
「俺もお祖母様には伝えてある」
それは俺が貰ったのと同じ
王位継承権を放棄するための書類だった
「…じゃあ一緒に書類、提出しに行くか?」
笑いかけるとアステリは昔のように微笑んで頷いてくれた
そして俺たちは笑い合う
俺は、俺たちは、俺たちのやり方で国を守る
仮眠のつもりだったのに、いつの間にか朝になっていた
俺はあくびをしながらソファから起き上がる
眩しい朝日に目を細めながら顔を洗おうと洗面台に向かう
…ずいぶんと懐かしい夢を見た
あの頃より歳を取った自分の姿を認めながら、ため息を吐く
やはり年齢には敵わないと痛感し、あくびをする
昨晩は夜通し仕事をしていたせいで疲れが溜まっているようだ
顔を洗いタオルで拭く
……あれから九年、か
王位を放棄した後、俺は史学を学ぶ傍らで証拠集めをし続けた
だがこれといった物は見つけられないまま今に至る
その間にアステリは第一軍隊長になった
本人は自分はふさわしくないと渋っていたが民からの支持は高く、隊士たちからも信頼を得ていた
元々努力家で、責任感も強いアステリのことだから任せてしまってもいいと判断してのことらしい
俺も王位を放棄したものの王宮内の一室を与えられているおかげで不自由なく生活できている
もちろん贅沢三昧というわけにはいかないが、十分すぎるくらいには生活できている
お祖母様には感謝している
あの人はいつだって俺たちの幸せを願ってくれているから
…久しぶりにアステリのあの顔を見たから、こんな色々思い出すんだろうか
誰も信用できない、と言ってるような冷たく鋭い瞳
アステリがあそこまで動揺している様子は久々に見た気がする
記憶の底から呼び覚まされた古傷が疼くような感覚に襲われる
苦い思い出が蘇ってきて頭を振って追い払った
今はそんなことを考えている場合じゃない
「セリーニ」
気分を変えるためにも食堂に行こうと部屋を出るとアステリが立っていた
扉を叩こうとしていたらしく中途半端な体制で止まっている
「……どうかしたのか?」
「あー…謝りたくて
心配かけてたってカフェティ達が言ってたから」
「そんなの……当たり前じゃないか
もう大丈夫なのか?」
「おう、ミヤに怒られたけど話し合って吹っ切れた
もう逃げたりしないって決めた」
昔みたいな優しい瞳で笑ったアステリの顔を見る
もう大丈夫だと分かる表情に安心して微笑む
義兄としては、やっぱりいつも通りであってほしかった
いつまでも気まずいままだと困る
……だけど……二人とも自覚はないんだろうな
義弟であり親友の顔には苦笑が浮かぶ
アステリはミヤのことを好きだと思う
それが恋愛感情じゃないとしても好ましく思っているのは確かだ
だから今回のような事態になってしまったんだろうから
その事実が少し嬉しいような寂しいような複雑な気持ちにさせられる
まぁ…教えてはやらないけど




