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過去1

「セリーニ」


いつものように講師からの授業が終わり

綺麗に掃除された廊下を歩いていると後ろから声をかけられる

振り返れば手を振りながら近づいてきていたのは義弟のアステリだった

本を片手に持っていた彼も別の授業を受けていたらしい


「久しぶりだな、元気だったか?」


「まぁまぁかな

最近はあんまり外に行けなかったから身体が鈍ってて」


肩を回すアステリを見て辛かっただろうと小さく笑う

俺は本を読んだり机に向かうほうが好きでアステリは身体を動かすことのほうが好き

全く違う兄弟だが同じ国を想う者同士

会う機会が少なくても仲が悪いわけではなかった


「あら…ごきげんよう」


他愛ない話をしながら廊下を進むと角から現れた女性

煌びやかなアクセサリーを身につけ派手なドレスを纏っている彼女は第三王妃

子爵令嬢の身で王に見染められたからか豪遊している人だ


「ご無沙汰しております、イディパシス王妃

ディアス殿下もお久しぶりです」


あまり良い印象はないが騒ぎは起こしたくないから面倒だなと思いながら挨拶をした

ちなみに彼女の後ろに居るのは第三王子であるディアス

今年で五歳になると記憶している

恥ずかしそうにしながらも挨拶を返してくれた姿は素直に可愛いと思う


「……あいっかわらず王妃の自覚が足りてねぇな」


「アステリ、口調」


「あら、お口が勝手に…失礼いたしましたわ」


「なんで令嬢の口調になってるんだ」


王妃と殿下が去った後そんな冗談を言いながら笑い合った

平和で変わらない日常

このまま俺が王位を継ぎアステリが補佐をする

そんな未来を疑いもしなかった


「母上、お身体の調子はいかがですか」


「今日はだいぶ楽です…

ごめんなさいね、セリーニ…」


「私のことより早く治すことを考えてください

アステリもエルピーダ王妃も心配しておられます」


横になっている母は小さく笑った

元々弱かった身体が日に日にやつれていく姿は痛々しく胸が苦しくなった

医者に見せても変わらず、一向に回復の兆しが見えないまま日々が過ぎていた


「あぁ……セリーニ、今夜は月が綺麗ですよ」


ベッドから窓の外を見つめながら言う母

優しく慈愛に満ちた微笑みを浮かべ月を見ているその姿はとても儚く映る

隣に行って手を握ると細くなった手首

こんなにも衰弱してしまっているという現実が突きつけられ、唇を噛み締める

もう永くないのだと実感してしまった


「セリーニ…一つ、お願いがあります」


「なんでしょう」


「私のところに生まれたばかりに…貴方には苦労をかけました

ですが私は幸せでした

貴方のような賢く優しい子に会えたから…

だから…私は一番に貴方の、セリーニの幸せを願います

もう自由になりなさい…

自分のやりたいことを思う存分、精一杯やりなさい

今なら……まだ、間に合います……」


母の言葉に息を呑んだ

目が真剣そのもので冗談などではないことは十分すぎるほどに理解できた

その言葉がどれだけ重たいものなのかも


「私の幸せは国の繁栄です

民が笑い、豊かで幸せに暮らす姿を見ることです」


言い切ると母は困ったように笑いながら涙を流していた

無理をしていると悟られてしまったのだろう


「母は知っていますよ

貴方の本当の気持ちを…

エルピーダ王妃の、アステリの、他の人の未来を考えることばかり……

このままでは、いずれ潰れてしまいます」


「ですが……」


「貴方はもう少しわがままになっても良いのですよ……

自分の夢に向かって飛んで行ける翼を持っているのに、使わないでいては勿体無いでしょう?」


母は俺の手を離し、ゆっくりと起き上がると両手で頬に触れてきた

その手の暖かさを感じながら、目を閉じる

しばらくの沈黙の後、小さな声が耳に届いた


「お願いです……

自分自身を大切にしてください」


「……はい」


絞り出した返事は震えてしまっていたが母は優しく微笑むだけだった

そして眠るまで隣で手を握っていた

最近の母は一日のほとんどを寝て過ごしていて起きている時間は少ない

そんな彼女がここまで長く起きて会話するのは珍しかった

母は俺の幸せを望んでいると言った


「自分勝手に生きる、か……」


自分の部屋で呟きながら考え込んでしまう

自分が本当にしたいことが何なのか

本音を言えば、やりたいことはある

しかし本当に良いのか分からない

迷いに迷って答えを出せないままだった


翌日の昼、母の容態が急変したと報せを聞き急いで向かった

部屋にはアステリも来てくれていて心配そうな顔をしている

ベッドに駆け寄り顔を覗き込むと母は浅い呼吸を繰り返していた

額には大量の汗をかいていて苦しそうな表情を浮かべていた

医師によればかなり危険な状態でいつ死んでもおかしくない状況らしい

俺はベッドの横にあるイスに腰掛け手を握る


「母上……」


時間が経つにつれ、どんどん呼吸は弱くなっていく


「セリーニ……」


突然、母は目を開け俺の名前を呼んだ


「ここに居ます」


「…アステリは…」


「居ます、ペリファーニア王妃」


俺たち二人が驚きつつも手を握り返す姿を見届けると安心したように笑った

やがて力が抜けていき、それと同時にゆっくりと瞼が閉じていった

エルピーダ王妃にも会いたかった、と小さく言いながら

そのまま母は目を覚まさず、息を引き取った

どこかで覚悟はしていたが喪失感は大きく、アステリも言葉を失ってしまっていた

仲が良い故に死に目に会えなかったエルピーダ王妃も悲しむだろう

母が好きだった月を見上げ、これからすべきことや考えることが多くて息を吐いた


「セリーニ…大丈夫か?」


「……あぁ、大丈夫だ

今はやるべきことを済ませよう」


母のために今は泣くわけにはいかない

そう自分に言い聞かせ、葬儀の準備に取り掛かろうと立ち上がった

すると扉が開けられ息を切らしたメイドが真っ青な顔で告げた


「エルピーダ王妃が魔物に襲われました!」


「「 ⁉︎ 」」

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