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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
可塑性のエフティヒア
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ソフォクレス邸の密談

 ソフォクレス邸の蔵書棟は、王城に匹敵するほどの図書を誇る。フィロメナ・ソフォクレス公爵令嬢は立ち並ぶ本棚の間で背をなぞるようにしながら書籍を探す。その手には『英雄の軌跡 ザラスシュトル・オヴィ』が抱えられている。


「ご機嫌よう、お嬢様。天文学や統計学に関する書籍はあちらですよ」


 振り向くと、小脇に何冊か抱えながら自身の右を指差すヨティス・ソフォクレス公爵の姿があった。フィロメナは綻ぶような笑みを浮かべると丁寧に辞儀をとり、


「ご機嫌よう、お父様。今探している書籍の分野は異なるのです。私は旧帝国時代の政治に関する書籍を探していますの」


「おや、珍しい。どの年代だろう?」


「13世紀から14世紀にかけてのものを」


「なるほど。では、こちらはいかがかな?」


 ヨティスは抱えていた書籍をフィロメナに差し出し、背表紙が見えるようにしてそれぞれの著者と題名を読み上げていく。


「皇室編纂室『旧帝国史 ディーダ王朝』、ジュニパー・ローゼンシュティールならびにロータス・ローゼンシュティール『剣、黄昏に燃ゆる』、大陸学術機関編纂室『〝最後通牒〟解明 第3巻』。それぞれメアロポレット文字、フォール文字、準大陸統一言語(エスペラント)で書かれているが、いずれもミーナは読めるだろう?」


「……お父様はまるでリョンロート氏ですわ」


「〝決して難しいことではないのだよ、お嬢さん〟」


 名探偵リョンロートの有名な言葉を引用したヨティスは朗らかに微笑み、歩き出した。書籍を運んでくれるのだと理解したフィロメナは隣を歩く。


「我らが英雄の半生が綴られた書籍を抱えながら、帝国史を保管する書棚を探していた。つまり、確認したいのはオヴィ本人に関することではなくオヴィと関わりがあったとされる人間あるいは事象だと考えられる。しかしながら、生憎11世紀前後の書籍はかなり数が少ない。ここにあるのは、君の手にあるその書籍のみ」


「やはり、そうですのね」


「1冊を抱えながら探すのをやめなかったということは、他に適する書籍がないか探していたか、あるいは、見比べながら確認したいことがあるか……いずれにしろ、他に求める書籍があり、それが蔵書されているのでは無いかと期待できた。つまり、過去に網羅した分野の蔵書は除かれる……ミーナの専攻である天文学関連の書籍では無いと考えられる。ところで、最近、あまりカルディアに参加できていないと聞いたのだけれど。何かあったのかい?」


「いいえ。ただ、ひとりで考える時間が欲しかったのです」


「卒業論文? 主題は――」少女は父を見上げながら人差し指を立てて口元へ寄せた「――わかったよ、今は聞かない」


「ふふっ。楽しみにしていてくださいね」


「もちろん。それに、嫌なことがあったわけでは無いなら何よりだ。

 話を戻すと、帝国史を保管してる書棚の直前には植物学研究史に関する書籍を手に取って少し内容を確認していただろう? 結局その書籍は戻したわけだけれど、植物学研究ではなく植物学研究史を確認していたということは特定の研究内容ではなく研究の変遷に注目した可能性が高い……植物学研究が大きく発展したことと旧ユーグルート王国が13世紀に波及させた〝緑の革命〟は切り離せない。13世紀ごろは〝科学(テネブラエ・ラ)の夜(・ドクトリーナ)〟の夜明けとも重なるからトレイル氏の〝最後通牒〟において同時期に発表された証明が纏められた第3巻。また、11世紀を生きたザラスシュトル・オヴィとの関係を考慮すると、オヴィのものとされる手記に綴られた亡ラノンレイヴ王国を守護した〝聖域(ハイリヒトゥーム)〟のふたりが連想される。イェレミアス・ファブロイア公爵は筆を執らずヴォルフラム・ローゼンシュティール伯爵は自伝は記さなかった。代わりにローゼンシュティール姉弟が父のことを記した『剣、黄昏に燃ゆる』では、グレイヴィアー公爵をはじめとしたユーグルート王国の貴族が複数名登場する。そして、このころの帝国はディーダ王朝だ」


「名探偵の推理を聞く依頼人の気分ですわ。聞いたら分かりますけれど、自分にも同じことができるとは思えません……あら?」


 ふとフィロメナが視線を向けた先――蔵書棟の一角に設けられた閲覧場所には、先客が――シモン・ソフォクレスが頭を抱えている姿があった。フィロメナはそっと彼に歩み寄り、そばに重ねられた書籍の題名を確認してから「どうされましたの?」声を掛けた。


「うん? 何が?」


「『子犬の育てかた』『伝書鳩の生きかた』『壁を引っ掻く猫様へのお願い方法』『賢い忠犬のしつけ』『子犬を幸せに育てよう〜愛情深さと素直さを活かすために〜』……お兄様は動物に関わるお仕事をされていますの?」


 少女の純粋な問いにシモンは閉口した。

 ヨティスは笑いながら椅子を引いてフィロメナを座らせ書籍を机の上に置くとシモンに微笑みかけた。


「短期間でよく集められたね」


「……息子の苦しむ姿を楽しまれているご様子で」


「これ以上なく!」


 ヨティスは楽しんでいることを隠さず、懐から取り出した紙飛行機をシモンに手渡す。


「今月の11日、向こうの要望は夜会参加。明後日、顔を合わせなさい。それから、この夜会はエミリオス殿下が主役だから服装には気をつけること。いいね?」


 紙飛行機を解体していくシモンに告げるとフィロメナに向き直り、


「そういうことだから、ミーナはメテオロス公爵閣下とともに参加するように」


「来てくださるかしら」


「心配不要だ、用件は伝えてあるから。当日、まずは学務棟の私の執務室へ来なさい。帰ってきたら、兄様の勇姿を聞かせてくれるかい?」


「はい、お父様。承知しましたわ」


「楽しみにしているよ、ミーナ」


 笑みを交わし合うと、フィロメナは読書に取り掛かった。

 ヨティスは、もうひとつの息子の隣にある椅子を引いて腰を下ろした。


「夜会は参加しますよ、ちゃんと。それなりの交流も」


「わかっているよ。君は相手を思いやれる子だから」


 子ども扱いは気に食わないが、父に悪気が無いことはわかる。シモンはため息をついて椅子の背に体を預けた。


「芸術家たちが裸体賛美し始めたあたりから制止が効かなくなっていきました」


「なぜ君は彼らに1度目を許してしまったのだろう?」


「そこからでしたか」


「当然じゃあないか。学者に研究分野の話題を振るのと大差無いよ。この国の芸術家の価値観の根幹には、測定可能な比例への信頼がある。人体は最も身近な測定可能な対象だ。あの子の剣術も計算ゆえに成立しているのだから、話が噛み合ってしまうのは想像に易しい。そうだろう?」


「……はい」


「彼らが室内で彫像を作り始める前にどうにかすることだね」


「…………」


「青銅?」


「青銅も大理石も、既に。解説の道具として必要だからと」


「だから」


「許可していません。私が部屋に到着したときには既に制作をしていたのです!」


「なぜ城の門番に言いつけておかなかった? まずは、彼らに持ち込みを制限させなさい」


「…………はい」


「ほら。しっかりしなさい。〝令嬢のお人形遊び(エンディーポシ)〟が本格化してしまいかねないよ。壁を彫って浮彫り(レリーフ)を作りだしては笑えない」


 シモンは笑えなかったが、ヨティスは開かれた書籍を眺めているところだった。


「ねえ、お父様。お兄さまは何をしていらっしゃるのかしら」


「本人がここにいるよ?」


「ご機嫌斜めだから、教えてくださらないわ」


 あからさまに視線を向けてくるフィロメナに対して「ミーナは天体観測に夢中だろう?」シモンは腕を組みながら答えた。しかし、


「お兄様ほどではなくとも、私にも好奇心はあります」


「……。ヒストリア伯爵が殿下の遊学に随行されることは聞いてる?」


「いいえ! あの子が? 本当に!」


「総務省の上層部は、王国には優秀な若手伯爵がいることを帝国に示したいらしい。臨時教諭にカリオフィリス・デメテール卿を戴いて芸術関連の知識を手身近なヒストリア伯爵に仕込もうって魂胆さ。補佐としてヒメリノス夫人とフラナリー嬢をも招集しているから失敗させられないようにして」


「まあ……!」


 フィロメナが口元に手を遣り驚いたところ、ヨティスは「興味があるなら、ミーナも参加してみるかい?」と提案した。


「はい?」


「もう夏期休暇だろう? カルディアや学園祭準備はあるだろうけれど、芸術講座も頻繁に実施されるわけではないからね」


「父上」声を潜めて非難するような眼差しを称えるシモンに「君が求めているのは配置換えではなく現状打開策だろう? ならば、この子は適任さ」微笑みとともに伝えて黙らせると、フィロメナに視線を向ける。


「もちろん、強制ではないよ。兄様と一緒に動物の世話に詳しくなりたいわけではないなら卒業論文に精を出しているほうが余程良い」


「それは……しかし、メロディもいるのですよね?」


「うん? そうだよ」


「私、お邪魔になりませんか?」


「むしろ、兄様からしたら唐突に白亜の殿堂に現れた英雄殿に見えてしまうだろうね」


 ヨティスは優しく少女に微笑みかける。期待に染め上げられた緋色の瞳から察するに肯定以外の答えが返ってくるはずがない、と確信に近い考察が成立していた。

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