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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
可塑性のエフティヒア
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ほの寂しさの由縁

 思い出したようにデビュタント前の次女がなぜ王城にいるのか尋ねてみると「妃殿下のお茶会ですよ、母上に連れられて」プロソディアスは鞄を後ろ手に持ちながら答えた。


「アカキーア嬢も一緒に?」


「いえ、彼女は〝系譜の儀〟へ向けた学会の準備で忙しくしています」


「新たな学説でも唱えるのか?」


「まだ学生ですよ、クロエは。師事する教諭の手伝いやら何やらが大変なんです」


 アカキーア家が昇爵したのは先代夫人であるソフロニア・アカキーア女史の活躍と実績が大きい。縁があって令孫を嫁に貰う機会が得られて幾度か対面し、クロエ・アカキーア子爵令嬢は心優しく真面目な少女だろうと認識している。しかしながら、遠くないうちにデビュタントを経た令嬢として黄道貴族に名を連ねる自覚があるなら多少は社交にも力を入れても良いのではなかろうか……憂いが表情に滲んだのか、プロソディアスは不満そうに「ヴィヴィの誕生日には来てくれましたし、弁えているのです」と言い添えた。


「何も言っていないじゃあないか」


「言いたいことはお有りでしょう?」


「……。婚約者の時点から実績はどうしても見られてしまう。お前の母様は風光第二星章で周囲を黙らせた。勲章がすべてとは言わないが、人々の視線は雄弁だ」


「承知の上です。それに第一等星章も夢ではありませんよ、クロエなら」


 根拠なき断言……若者の特権だとして、オルフェウスは溜息を飲みこんだ。

 黄道貴族家当主が与えられる真夜中黄道星章を除く4種の第一等星章は、地平線白銀星章、蒼穹十字星章、水平線夕赫星章、森羅緑青星章――何らかの分野に重要な革新を齎した功績を残した者へ、国家保全に関わる重要事項への従事した功績を残した者へ、国家や社会における特筆すべき功績を残した者へ、後世の歴史に刻まれる事象に関する功績を残した者へ――それぞれ国王から煌めく一等星は授与される。


「亡きソフロニア・アカキーア女史の水平線夕赫星章受勲は18年前、当時すでに斯界の権威とされていたにもかかわらず卒業から四半世紀近い時間をかけた。当代フラナリー閣下ですら現状では森羅緑青星章や地平線白銀星章に手が届いていない」


 ソフロニア・アカキーアですら、晩年、王妃と王女の生命を守り抜いた功績でようやく星を獲得したのだ。本人の資質はもちろんだが運命に左右され得る。求めて掴めるものでは無い。〝原初の存在〟が気まぐれに与えた契機を見逃さずに誰もが称賛する実績を残さねばならない。


「若手でいうと……カリオフィリス・デメテール殿は栗花落、アレクシオス・イードルレーテー殿は世界樹、シモン・ソフォクレス殿は疾風、ニコレッタ・フミノポリニ嬢が優雨、ヒストリア殿が天泣と誓願……第二星章とて容易な獲得は適わない」


「さすがに俺とて国が認める成果の難度を見誤りませんよ。まあ、その上で申し上げましょう……イオエル・メテオロス公爵閣下はあの若さで――真夜中黄道星章、水平線夕赫星章、蒼穹十字星章――3種の一等星を正装に飾っています。他方、マッティ・メ(アー)イカライネン(ニィ)は名無しのままです」


 懐に押し込んだ父親からの指摘が綴られた書状を確認したときのように表情が渋くなった。他に良い言葉が見つからず「不遜だな」憮然と言い捨てた。

 プロソディアスは笑みを浮かべながら舌を出して、到着した部屋の扉を軽く叩いてから父のために開けた。


「お父様!」


 室内にいたヴァシレイアは父に気づくなり表情を綻ばせた。他方、たったひと月、彼女の誕生日に駆けよってきた勢いのまま抱き上げさせてくれた娘は、直前で立ち止まり行儀よく笑顔を見せてくれるだけになってしまった。


「驚いたなぁ。居るとは思わなかった」


「お母様にお願いして、カルテットと一緒に退席させていただきましたの」


「僕らが父様を労って差し上げる適任だから、と」


 待ち構えていた両手が寂しく下ろされて立ち上がりなおした。これ見よがしに姉に抱きついて甘えている末子ともども、子どもたちの頭を撫でた。


「御務めお疲れさまでした! 私、お父様に紅茶を淹れましたの」


「氷の中にあるのは花弁かな。かわいいね」


「はい、花弁を象った甘味です」


「ん? でも、グラスの底に滞留しているのは……」


「蜂蜜です! ルディーレとよく合うのです」


 オルフェウスは娘からグラスを受けとり、軽く拡販してから傾けた。最近まで奉仕していた主人の味覚に合わせて蜂蜜を入れたのだろうか、爽やかな飲みやすさが特徴であるはずの茶褐色の液体は笑えるくらい甘ったるかった。氷が融けてさらに甘くなることを思うと、笑わざるを得なかった。


「ありがとう、美味しい。疲れが吹き飛んでしまったよ」


 そう伝えると、ヴァシレイアは「本当ですかっ?」彼女なりに嬉しさを体現して見せた。この場に母か姉がいれば落ち着きなさいと注意を促されるだろうが、幸か不幸か、父も兄も弟も、くるくると回ったり踵の高い靴でも構わず軽く跳ねたりする彼女を諫めなかった。12歳の誕生日を経て大人びた意匠のドレスに身を包んでいる少女の幼さが滲む言動を微笑ましく見守るだけ。唯一、オルフェウスは近くにいた弟の手を取った妹が始めた舞にプロソディアスが混ざらないらしいことを意外に感じたくらいだった。それを指摘する代わりに、机上の円柱型の素材や華やかな装飾に気が付いたオルフェウスは「灯籠かい?」と推測して疑問を呈した。


「はい。精霊送りへ向けて作っていますのよ」


「工作、好きだったっけ?」端的な兄の問いに対して「御誕生日会に来てくださった方々と約束しましたの。一緒に学園で浮かべましょう、と」と、ヴァシレイアは答えた。


「へぇ……ああ、前に万華鏡(カレイドスコープ)を一緒に作っていた彼女たちのこと?」


「そう、そうです」


「個人の好みに合わせた意匠にできるのは楽しそうだね」


「本当に! それぞれの商会で品揃えも違って、探すところからおもしろかったです。お兄様は、クロエ様と作りませんの?」


「作ってみるのも良いよね。3ヵ月くらいあるし、できなくもないかな」


 他方、オルフェウスはおもむろに机上の円柱を取り上げて矯めつ眇めつ観察しながら


「例年のものより重量があるようだが、浮かぶのかい?」


「カルテットが計算してくれましたの。ねっ、テテ?」


 ヴァシレイアの視線を受けたカルテットは無言で父へ紙束を差し出す。素材や設計から導出した灯籠全体の重量と灯された蠟燭による浮力や安定感、朱夏のため灯籠内外で空気の密度差が生じにくいことまで踏まえられている。あいかわらず、大好きな姉(ヴァシレイア)のためなら何でもできる子だ。

 プロソディアスは家宝を収めた鞄を抱えたままヴァシレイアの言葉に興味を示している。他方、面白くなさそうに兄姉の様子を見つめるカルテットは双眸をどのような感情に染めているのかまでは見せてくれない。


「おー、いろいろな装飾があるね」


「ほかにもたくさんありますのよ! お花もお星さまも、有名絵画や彫刻を想起させる意匠の素材まで、お姉様と一緒にずっと悩んでしまいましたわ」


「花って、たとえば何があった?」


「国花はどちらもありましたわ。薔薇やクレマチスにルドベキア、ミモザも百合も、あとは」


 カルテットが興味なさそうに「十字架(クルクス)もありましたよ、兄様」とだけ言いながらヴァシレイアの隣に腰を下ろした。


「なぜ南十字星(クルクス)ですの?……あっ! ふふっ、星も花も、どちらの意匠もありましたわ」


「どーも。教えてくれて助かるよ」


 何か大変なことがあったとしても、この子たちなら支え合いながらどうにかなるのだろう……先月のヴァシレイアの誕生日にも4人の子どもたちを眺めながら同じような思考を辿ったことを思い出して、オルフェウスは子どもたちに気づかれないよう苦笑を零した。

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