第39話 ディング・リング
「……! そんなこと!」
「言っただろ? ここまで来たら地獄の底まで付き合うってな」
「ちょっと待ってよ! あんた! 乙女のあこがれをなんだと思っているのよ!」
「おいおい、今は仮装パーティー中だぜ。なにも本気でする訳じゃあない。そうだな、ドラマの撮影とでも思えばいいじゃねぇか。”観客”も”カメラ”も、ここには大勢いるしな」
「……」
「それに、新郎新婦が結婚式の後、『ブライダル・カー』に乗ってハネムーン・ロードをかっ飛ばすシーンぐらい、我がα国の映画やドラマで観たことあるだろ? 今までさんざん俺の車に乗っておいて今更ぁ……」
”にたぁ~”とした顔を俺は花嫁に見せつけた。
「……鬼畜」
俺は左肘を軽く曲げる。
その肘を、花嫁は右手で軽く手を添える。
ガキでもわかる、新郎新婦がウェディングロードを闊歩するシーンさ。
俺が地下鉄から降りる条件。
それはこの地下鉄の通路をウェディングロードに見立てて、最後尾から先頭まで、花嫁と共に歩くことさ。
「もうちょっと速く歩きなさいよ!」
「おいおい、せっかく予行練習してやっているだぜ。本当はもう少しゆっくり歩くんだぞ」
「そもそもなぜこんなことするのよ! もし写真撮られて、SNSにアップされたら!」
「むしろそれが目的、『既成事実』をでっち上げるのさ」
「はぁ~!?」
「ここで俺と、いや、『アルファーボーイと結婚する花嫁』ってSNSで広まれば、Ωの奴らもあんたにをつきまとうことはなくなると思うぜ。何せアルファーボーイは我がα国を象徴するヒーローだからな。そんな女とΩの領事の馬鹿息子が結婚したら、領事の首すら危うくなるぜ」
「はぁ~。もう、あんたって頭のネジが全部ぶっ飛んでいるわね~。いいわもう、好きにして」
「ほらほら花嫁。Smile! Smile! Say Piece!」
「ハハ……」
花嫁は力なく笑いながら、乗客に向かって手を振る。
そして俺は右腕を思いっきり広げながら盛大に叫ぶのさ!
『Take a Picture of us are Welcome!!』
(撮影上等!)
『Every one Please! Take up a SNS!!』
(みんな! どんどんSNSにアップしてくれたまえ!」
『Start our Bridal Ceremony!!』
(さぁ! 俺たちの花嫁をお披露目するぜ!)
『HAHAHAHAHAHA!!』
『○○~。○○~。』
目的の駅に着いた為、俺たち二人の仮装結婚式は終了した。
二人は並んでホームに降り立つ。
「Thank you! Thank you! Goodbye!!」
俺は写真を撮り、祝ってくれた乗客に手を振り、投げキッスのサービスまでしちゃうぜ。
「ほらほら、行くわよ」
当然、階段も花嫁の手を取って上るぜ
改札口を抜けた場所は、普通の地下鉄の駅とは様子が違っていた。
「はい、カードありがとう」
「ここは……デパート、いや、モールの地下か?」
「そう、悪いけどここでお別れよ。これ以上α国の情報部を近づけるわけはいかないからね」
花嫁の顔は情報部のそれになる。へっへ! こっちもなかなかいいじゃねぇか。
「ああ、ここでお別れだ。んじゃ、達者でな」
俺はすぐさま背中を見せる。
女に別れを言われても、未練たらしくつきまとうのは色男のすることじゃねぇ。
ん? なんだガキ共。よく言うだろ。『それはそれ、これはこれ』ってな。物事はアソコ以外、柔軟に考えるんだぜ。
「……あ! ちょっと待って!」
ん? キッスの忘れ物か。
「さすがになにもお礼しないのは気分が悪いから、これあげる。飲まず食わずだったから、せめてもの駄賃に、かっさらってきちゃった」
花嫁は豊満な胸の谷間に指を突っ込んだ。
俺のシナプスが即座に反応する。花嫁にもっとも必要なモノ。それをこの女は”もっていなかった”!
結婚式から逃げ出したと聞いて半分は納得したが、俺のシナプスはずっと警報を鳴らしていた。
パトロールドローンに化けた軍用ドローン。
冷凍車に化けた装甲車。
そして、ナゴム市内に入ると再びつきまとったパトロールドローン。
俺はあえて口に出さなかった。
なぜって、この女に気づいて欲しくなかったからさ。
”この女が、Ωのヤツらを呼び寄せていたことに……”
俺は珍しく祈った。誰かまわずにな。
俺のカンが外れてくれ。
今からこの女が取り出そうとするモノが、俺の思い描いたモノ以外であってくれ! とな。
「はい! どうぞ! 言っておくけど、匂いを嗅ぐのはあたしがいなくなってからにしてね」
「オッケー花嫁。あとでたっぷり堪能するからよ」
俺は手を伸ばし、それを受け取った。
わかっているさ。美女からのプレゼントは例え馬のクソであろうと、ありがたく頂くのが色男の義務ってモンさ。
しかし、今、俺の手の平に乗っかっているのは、馬のクソ以下のモノ……。
『なぁ。もし俺が”これ”を差し出して愛の言葉を囁いたら、あんた……受け取ってくれるかい?』
目を丸くする花嫁。
「……ップッ! あ! ご、ごめんなさい」
一笑の後、花嫁は真剣な顔をする。これがいい女の条件さ。
色男のたわいのない冗談を、真摯に受け止めてくれるってな。
「……そうね、もし貴方が『トップスパイ』なら、受け取ったかもね」
「なんじゃそりゃ!」
「あんたも男を磨いて、トップスパイになりなさい! じゃあ! さよなら!」
花嫁はスカートを両手でつまみながら早足で駆けていく。
それを俺は手を振りながら、見えなくなるまで見送る。それが色男の義務なのさ。
そして、手にしたモノを固く握りしめたまま、俺は全速力で出口の階段を駆け上がる!
悪いな一般市民とやら、こちとら手の中に”死神”がいやがるんだ!
地上に出た俺は振りかぶり、道行く車に狙いを定める!
『発信器付きの結婚指輪を放り投げる為にな!』
『困りますねぇ。せっかくの花嫁からの贈り物を無下に扱っては……』
往来の中、俺に届けられるドブネズミのような声と臭い!
”バシイィィィ!”
体中に貫く電撃! 俺の体は糸の切れた操り人形のように、その場に倒れ込む。
何とかまぶたを開け、その目に焼き付けた姿は
『てめぇ……ブ、ブラックホール大魔王……い、いや、Ω国……情報支部長かぁ』




