太陽のなかで変わりゆく街並:3 新しいものが見えてきたらデートまで変わるってこと
生まれ変わった睡美名さんはむしろ見え過ぎていて
一緒にいるとこっちまで変人扱いされそうになる
とは言っても僕もそういうものを望んでいるのだから
別に悪い気はしない
でもちょっと困っているのは
睡美名さんは見境なく見えるものを口にするということ
相変わらず仕事のデスクが同じで
僕らは毎日向かい合っているわけだけど
ひとつひとつ睡美名さんが説明するものが気になって
なかなか仕事が進まない
「今度デートしますか」
って誘ったら
「わあ嬉しい
じゃあ◯◯のカフェにしない?
あそこね
毎日面白いお客さんが来るらしいの」
彼女の言う「面白いお客さん」って何だろう
僕は目の前の睡美名さんを恐いと思うこともある
そんな僕の反応も今の彼女には丸見えで
でもその上で彼女は僕と付き合ってくれる
なんだかちょっと香奈理子みたいだ
以前に比べて彼女の表情はとても豊かになった
「表現できるものがこんなに多いって知らなかった」
なんて言っていたけれど
それについていく周りは本当に大変だろうな
たぶんこの人と一緒に仕事ができるのは
もう僕くらいだ
◇
アフターファイブとかプレミアムフライデーとか
早く仕事を終えて会社を出られる人っていいよね
まあ僕や睡美名さんには関係のない話
国民の仕事量が社会の進行速度になるっていうのは本当かな
睡美名さんによると
それは進行速度ではなくて崩壊速度らしい
「だって私たちがやってるのって
けっきょく壊すことだよ」
そういう睡美名さんは特に皮肉っぽくも批判っぽくもなく
それが当たり前でおかしいことじゃないって感じ
「問題なのは
それに気付いていないってこと」
ああ
睡美名さん変わったな
本当に変わった
でも今の睡美名さん
なんだか前より断然好きだな
会社では名物の変人扱いだけど
僕はこの人と一緒に働けて本当に良かったと思ってる
とりあえず夕方からのカフェデート
睡美名さんは色々見ていて疲れないのかな
僕は人ごみを歩くだけで疲弊するのに
なんだか彼女を見ていると
歩き方や足の筋肉や脂肪の付き方
そういうところにまで目があって
言わば全身で景色を見ているような気がしてくる
「睡美名さん
その足で今何を感じているの?」
って訊いたら
「空気の重さと光の具合と
歩いてる人たちの気持ちと
それからふわふわしているものと
えーとえーと……」
もはや町全体が睡美名さんに把握されているんじゃないかと
そう思ってしまうくらいだ
でもそんな彼女を収縮させる方法を僕は知っている
いきなりぎゅっと手を握ると
彼女の感情はきゅっと縮まって
僕だけのたった一点に集中してくる
すると広い町のなかで
僕と睡美名さんだけの空間ができあがる
「ここでは僕らの声だけが音になる」
って気持ちをこの瞬間に僕らは共有して
手を繋いだまま
もう少しカフェまでの道を歩く
◇
カフェの片隅になんだか暗い人が座っていて
あまりにも暗いから何を飲んでいるか分からない
「あの人が面白い人かな」
って訊いたら
「絶対そうそう
すごーい
あそこだけ空間が違うよー」
と睡美名さんは大興奮
あれだったら普通の人にでもちょっとおかしいって分かるよね
でも睡美名さんが見ているのはたぶんそれ以上のもので
「あ
蛇が冬眠しようとしている感じ」
とか
「爆撃機から爆弾が落ちてくる速度みたいな感じ」
とか
「何もなかった夏休みの終わりみたいな感じ」
とかよく分からないことをずっと言ってくる
それはきっと睡美名さんの感情表現で
生まれ変わった彼女が見つけた一番大きいものだと思う
嬉しいとか悲しいとか
それだけの言葉では表せないいろんな感情が世界にはあって
今の睡美名さんは
それらに自分で名前を付けていくのが日課になっている
「ところで何を飲みますか?」
って尋ねたら
「あ
えーと
バナナみたいな感じででも楓やイチョウのような趣と
さっぱりした波飛沫みたいなそんなやつ」
なんて言いだすから
もはや変人の域を超えている
とりあえず睡美名さんにはコーヒーを
僕はジンジャエールを注文して
「一緒に飲みましょう」ってまとめてみた
僕らはお互いの飲み物を交換しあいながら飲んで
そこに
停滞したままぱちぱちしている何かを感じた
それは今にも上がっていきそうで
それが
今の僕らの感情だって気が付いて
僕は睡美名さんの手を握る
◇
自分だけでは分からなかった「自分の居場所」ってやつが
誰かと一緒にいることではっきりしてくるのは
相対的な問題だって言われるかもしれない
それは確かに
僕が社会のなかの誰かと比較する限りではそうなる
でも睡美名さんや久霧里さんといる時
僕は何の比較もしていない
だって彼女たちは僕と同じ場所にいるのだから
その時僕は
見せかけの安心感や「つもり」に騙されることなく
自分はここにいる
っていう強い気持ちを抱くことができる
ああ
これって
香奈理子といた時には知らず知らずに感じていたことだ
それと似たようなものが今の僕にはあって
それは決して香奈理子のものではない
今はなんとなく
そんな気がする
◇
「これからどうしますか」
って訊いたら
「どうしっよかなー」
なんて曖昧な返事をしてくるものだから
とりあえずホテルに行ってセックスすることにした
なんだかこの流れも今の睡美名さんにはお見通し
それでいて分からない振りをしたりするものだから
彼女は単なる変人ではないのだと安心する
「睡美名さんにとってセックスって何ですか?」
って訊いたら
「使役するための感情」
って答えてくれた
だからつまり
彼女にとってもやっぱりセックスは命なんだな
「でもね
セックスすると一時的に私が欠如しちゃうんだよ」
と彼女は続けた
それは久霧里さんとは全く異なることで
僕はそこに宇宙と地球が並んでいるような気持ちになった
「欠如した睡美名さんはどこにいくんですか?」
「もちろんあなたのなかだよ」
なんだか全然違うのに
睡美名さんは要所要所で香奈理子に似ている
そして僕の驚きも発見も感動も
今の睡美名さんには全部筒抜けで分かってしまう
僕はそれに対して気持ち悪いなんて思っていない
むしろだから安心して彼女と一緒にいられる
ベッドのなかで僕は睡美名さんの手を握って
この暖かさがセックスを通して僕に入ってくるんだな
と想ってみた
◇
夏の夜はいつでも祭りみたいな気配と感情がある
そのなかを睡美名さんと手を繋いで歩いていると
なんだか浴衣を着ている気分だ
「最近星って見ますか?」
と訊くと
「そうだねー
ちょっと遠目くらいで見ることもあるかな
でも星ってさ
ずっと私たちのこと見ているでしょ
だから見るっていうより見られてるって感情のほうが好きかな」
死んだ人が星になるなんて
本当に上手いことを言っていると思う
近頃では小さな子供でもそんな話なかなか信じてくれないけど
星があるのは見上げる宇宙だけじゃないんだって思えたら
きっと彼らは劇的に変わっていくはず
睡美名さんの横顔を見てみると
僕に集中していた感情が少しずつ拡散していた
そろそろ眠たくなってもいるのかな
睡美名さんの意識がどんどん薄く広がっていって
くるくる回転するようにして宇宙に昇っていく
ああ
彼女の故郷も空の向こうで
そこも香奈理子に似ているな
「きれい
本当にきれい……」
と寝言のような幽かさで
夜空を見上げながら睡美名さんは呟く
今彼女が何を見ているのかは分からないけれど
感じていることなら分かる
僕も無意識に
「きれいですね」
と呟いていて
「うん」
と静かに
でもとてもとても嬉しそうに睡美名さんが頷いたので
僕はまたホテルに入って
睡美名さんとそっと手を繋いで
静かに寝ることにした
◇
次の日は二人でホテルから出社
そろそろみんなから怪しい目で見られだしたかな
でも僕も睡美名さんもそんなことは気にしないから
仲良くそろって同じデスクに座り
昨日の星空のイメージを共有しながらゆっくりと仕事を始める
「またデート行きましょうね」
って言うと
「もちろん」って即答してくれた
この仕事場ってなんだか殺伐としていたけれど
ちょっとだけ水気が増えてきたかも
それってきっと睡美名さんのおかげだ
その変化が恐くて僕らを責める人もいるけれど
睡美名さんは変人ぶりを発揮していなしている
荒廃した灰色の砂嵐みたいな感情が
きらきら光る暖かい奉仕みたいな感情になればいいな
そういえば昨日は流星群の夢を見たな
僕はそこでひとりだったけれど
今なら久霧里さんとも睡美名さんとも
一緒に見ることができる
感情が宇宙の向こうから流れてくるなんて
本当にすごいことだ
でも僕らだっていつかは
宇宙のほうに自分の感情を流すことができるようになるんだって
僕はそう信じている




