埃っぽい荒野に花が咲いたら:7 荒野に何かが残るのではなく そこから何かがまた生まれる
寒さが僕らをどんどん寂しくしていって
あらゆるものをひたすら固くしていったとしても
同時にこの寒さは僕らにとって必要だったと言えるんじゃないの?
遡れば冷たさが与えられたからこそ地球は固まったわけだし
僕らが自分のことを考えたり
誰かのことを思ったりできるのも
この寒さのおかげじゃないのかな
勉強で良い点を取るために寒さがあるわけじゃないにしても
僕らそれぞれが学んだことって
寒さを通して社会で生きてくるよね
その結果として日本列島が電気列島になったのだとしても
それってひとつの副作用みたいなものじゃないの?
副作用治療にかかる金額が膨大なんて話もあるけど
まあ社会もそういう状態ってことか
全ての恩恵が人間らしさに繋がるわけじゃないにしても
僕らは少なからず
あらゆるシステムに恩恵を探さなければならない
そこに「やつら」がいるかどうかは
どんなに注意深くしていても分からない時がある
だって僕には香奈理子の声がもう届かないし
バードコールも聴こえない
これまでの経験や知識で「やつら」を見つけるのは難しい
だって僕は「やつら」の作った地上に生まれて
「やつら」の作った社会で生きてきたんだから
もうそれが当たり前になっている
そんな土俵に対して「それっておかしいんじゃないの?」
なんて言いだしたら僕は変人以外の何者だろう?
けっきょく変人じゃ社会のなかで生きられないし
変人になれず脱落していった人もここでは生きられない
そこで溶け込むしかないんじゃないの?
なんて
なんとも煮え切らないやり方を続けていたら
それってなんだか罪悪感だ
割り切るような生き方もあるけれど
それがどれだけ僕らの業を増やすだろうと思うとぞっとする
「やつらの帝国」に反逆したら
下手すると国家反逆罪
だけれど
涼しい顔をしながらさも当たり前みたいに
「ああ
それ間違ってたから壊しておきました」
なんて言えたとしたら
その時の相手の顔を見るのは面白そう
徹底的に
僕は変人と呼ばれるようになりたい
◇
野菜の食べ方を知らない人って多い
「それ生で食べられるの?」
なんてよく訊かれるけれど
生で食べられない野菜なんてない
僕は香奈理子によく野菜炒めを出したけれど
その作り方は合っていたんだろうか
僕が野菜を生のまま出さなかったのは
きっと香奈理子が特別な存在だったからだ
でも使う火を間違えていた可能性は大きい
いまだによく分からないけれど
とりあえず生野菜を食べる習慣を付ければ
僕は少しずつ変わっていけるような気がする
市場にある包装されていない野菜を手に取って
その場でかじってみたい
いい音がするんだろうな
ポテトは野菜だなんていう人がいるけれど
それはまったくの見当違い
あれはさすがに生のまま食べにくいから野菜ではない
地下茎なんていうけれど
実のところ得体の知れないものって気がする
そんなポテトは確かにおいしいし癖になるけど
これって「やつら」による餌付けかな
おいしい野菜ってどうやって見分ければいいの?
太陽に憧れない植物は病んでいる
となると根っこより花のほうが植物らしいのかな
どちらにしても
食べられる直前になってもまだ太陽を想っている野菜がいれば
それはおいしいに決まっている
だからそれに応えるために
食べた人は野菜の太陽になってあげないといけない
じゃあ地上はたくさんの太陽が歩いているって言えるかな
僕は香奈理子を通して雨に憧れたけれど
今では太陽も
同じくらい懐かしい
◇
声浴ノさんは相変わらずビッチ生活
見境がないというか
もうそうしないと生きられないっていうような
そんなレベル
高校生の時の声浴ノさんの彼氏の気持ちが何となく分かった気がする
だって彼女は恋愛とかそういうレベルでセックスをしてるんじゃない
恋人と話をするように
他の誰かとも話をする
そんな感覚で
恋人とも他の男ともセックスしてるんだろうな
だけど彼女にとってのセックスはとても神聖なものなんだと思う
そこに快楽と愛情以外の何かを求めるとしたら
それっていったい何だろう
その問いの答えを声浴ノさんの無意識は知っていて
そこからくる衝動を高校生の時から実行していた
えーと
僕は今
声浴ノさんにとっての特別な人間になっている
それを恋人っていうのはちょっとむずむずするけれど
たぶん一般的にはそういうことだ
だけど声浴ノさんは何の臆面もない様子で
「昨日いい人がいたからセックスしてきた」
なんて言ってくる
あれ
待てよ
それって僕が香奈理子にしていたことと同じ?
ああそういうことか
僕は声浴ノさんのことをテーマにするんじゃなくて
自分のことを問えば良かったんだ
自分にとってセックスってなんだろうって訊けば良かったんだ
◇
僕はこれまで香奈理子に答えを求めてきたけれど
きっと彼女にとってのセックスの意味と
僕にとってのセックスの意味は違ったはず
それって単純に男女の違いって話じゃなくて
何で会話をするかっていうようなものだと思う
僕と香奈理子とのセックスでは
僕は体で話をしていたけれど
きっと彼女は彼女自身で話をしていた
男ってなんだか体目当てみたいだな
僕からすれば久霧里さんも睡美名さんも
その体を目的として抱き合ってきたわけじゃないはず
声浴ノさんは
きっとこの人は僕の体目的だと思ったけれど
実際はそんなところこれっぽっちも感じなかった
まあでも
どんな言い訳をしたとしても
久霧里さんと睡美名さんはやっぱり少し体への依存があって
それは僕にも言えること
彼女たちとのセックスのなかで
僕はいったい何で会話をしていただろう
久霧里さんとは命で
睡美名さんとは思いで話したかったし
たぶんそうしてきたと思う
じゃあ声浴ノさんは?
少なくとも彼女が求めているのは
体じゃなくて僕自身のはずだ
◇
不思議と
声浴ノさんとのセックス回数を数えてしまう
もちろんこんなことに意味はないし
あるいは僕の嫉妬なのかもしれない
「どうして声浴ノさんはいろんな男とセックスするの?」
やっぱり訊いてしまった
だって気になるじゃん
「しちゃダメ?」
でも声浴ノさんは甘えたような声で答えてくるものだから
「いやあ
別にダメじゃないけど」
って僕も返してしまう
高校生の時の彼氏ともこんな話をしたのだろうか
きっと彼女はこの質問に困惑してしまったに違いない
でも彼女だって人間社会で生活できている以上
恋人以外の男とセックスすることがどういうことなのか
一般論的には分かっているのだと思う
ダイエットしなくちゃと思いながらも食べてしまうような
そんな感覚だろうか
食欲性欲なんて言うくらいだから
好きならしてしまうっていうのも理屈に合ってるんじゃないの?
食べることに関してはまだ許容的な人間が
性欲に関してはどうして心を狭くするのだろう
ああつまり
みんな体目的でセックスしているわけじゃないのかな
それだけ性行為って特別なもので
人間が体を越えて他者を感じることのできるものってこと?
それって本当にセックス中も?
その時僕らは本当に体の欲求から逃れられてるって言えるの?
セックス後の静かな時間に
少しだけ通じ合えたと思える心の印象だけで
僕らは性欲の行き場所を規定してるんじゃないの?
でも
セックスをしながら心が通じ合えるかどうか探るっていう手段を
頭から否定したいってわけでもない
だから
つまり
僕は声浴ノさんのビッチ習慣を蔑むつもりはないし
嫉妬したり恨んだりもしたくない
だけど
「声浴ノさん
いつか男漁りをしなくてもいい日がくるといいね」
って
僕は君の綺麗な背中に向かってそう言う
すると声浴ノさんは
今まで見たこともないくらいの安心した表情をして
すーすーと眠り始めるのだった
◇
声浴ノさん
君は雨の日と太陽の日とどっちが好きかな
飲み物は何が好きで
野菜だったら何が好きかな
僕は君のことを知らないわけじゃない
でもね
分からないことばかりだとは言える
それから
声浴ノさんは僕がいろんな女性とセックスすることを
いったいどう感じるのかな
彼女の昔の彼氏は
自分だって浮気したくなる時がある
なんて言ってたけれど
彼は一度だってそんなことしなかったはず
でも僕は違うよ
声浴ノさんが僕にとっての地上の永遠でないように
僕だって君に永遠を与えるようなことはできない
嘘だってついてしまうし
隠し事だってしてしまうだろう
そんな時に声浴ノさんがいったい何を飲んで何を食べるのか
僕はそういうことが知りたいんだ
君は真っ赤な目をして今にも泣きだしそうな表情で
「浮気は絶対だめ!」
なんて呆れるようなことを言う
でも僕は久霧里さんとまたセックスがしたいし
睡美名さんともきっとセックスしてしまうだろう
でも声浴ノさんにしか明かさないものがあるとしたら
その部分で僕と繋がることはできるはず
それ以上の何かを望むことが君にはできるの?
そして僕との繋がり以外を否定することが
君には可能なの?
とりあえず僕は水を二人分
それから今日はレタスを用意したから
一緒に食べて夜まで過ごそう
◇
冷たいこの町で声浴ノさんと出会えたのは
本当に素敵なことだと思う
香奈理子と一緒にすっかり消えてしまった雨の気配
そのせいで僕らの地上はからからのばりばり
僕はそれでも
ここにまだ残っているかもしれないと思って
香奈理子の残り香を探していたんだ
でもね
寒さが僕らに与えてくれたものは本当にたくさんあって
それらひとつひとつに僕は感謝しているけれど
もうそろそろ
僕らは暖かくなってもいいと思うんだ
だってもとはと言えば
僕らは太陽やその火に憧れていたんだから
香奈理子や雨がこの町に作り上げたものが
もうここに何も残っていないということを
そろそろ本気で認めないといけないんだろうな
永遠なんてこれっぽっちも信じていないけれど
「やつら」から離れたところで
実のところは全然姿形の違う「永遠」があるような気がする
そしてそれが
僕の指から生まれてくるとしたら
それって素晴らしいことじゃないの?
声浴ノさんとならね
僕はこの荒野を歩きながら
その軌跡に花を咲かせられるような
そんな気がするんだよ




