太陽のなかで変わりゆく街並:1 とりあえず今度は日傘が欲しい 誰か貸してくれないかな
ふんわりした空気のなかで
僕はどれだけ自分を伸ばすことができるだろう
この視界に入ってくる建物や人や動物や植物
僕はまず
目を通してそれらと触れ合って
自分のなかで大きくなっていくものを感じたい
人の足音なんて気にも留めなかったけれど
そのひとつひとつが波紋のように僕のなかで交差する
そんなの受け止めきれなくて当然
あの人は怒っているとか
あの人は嬉しそう楽しそう
そんな具合に町の通りは
目に見えるものを遥かに越えるごちゃごちゃ加減で
もう息が詰まりそうなくらい
よくみんなこんなところを歩けるなと思うけれど
嵐の日にだって外出する人がいるんだから
まあ
同じようなものか
このなかを泳ぐように進んで
僕はいつかめまいのことを忘れられるかもしれない
でも地上に上がるときついだろうな
生活の中心はそこだっていうのに
ああでも現代は
水位上昇で困っているんだったっけ?
そこでぷかぷか生活してるっていうより
溺れそうになりながら必死に空気を探しているんだな
◇
一年のなかで
誰の誕生日でもない日が存在しないっていうのは
なんだかすごいことじゃないかな
若いうちはみんな祝ってもらいたいって思うけど
歳を取るにつれてそんな気持ちも薄れていく
何かがなくなっていくだけだと悲しい
だからそこに新しい気持ちを付け加えることができたとすれば
地球は新しい光り方をするんじゃないかな
おんなじことを続けているとみんな飽きちゃうよね
それって心が動かなくなったってことじゃないの?
僕らが求めているのは心を動かすだけの動機で
それを他人任せにしているから退屈だなんて感じる
感謝している人って退屈感じているのかな?
とりあえず暇だからりんごかじってみたなんて言われても
特別な感動は生まれない
だけど僕はりんごになれる
町の通りは疲れるけれど
飽きたりはしないよね
きっと社会に飽きることもないんじゃないかな
僕が
自分を伸ばすことをやめない限り
◇
でも社会からはつまはじき
なんてよくある話
理想の社会なんて言うけれど
誰もそんなもの作る気ないよね
というよりも
そんなものを「作る」っていうのが本当に必要なの?
僕らの青春時代はもちろん社会のなかで起こったけれど
僕らは同時に社会から逸脱していた
「浮かれる」っていうの?
でもこの言葉悪くないんじゃないかな
理想の社会なんてあまーい言葉を使う人たちは
浮かれた高校生たちにポテトを食わせて従順にしようとする
ああ
香奈理子は飛び抜けていたな
あの目が見ていたのは僕だけじゃなくて
僕が無意識のうちに引っ張られていた強固なシステムもだ
社会に適応できるって
そんなに重要なこと?
社会が僕らに適応するべきでしょ
僕は今だって季節の影響に悪戦苦闘しているけれど
もし季節を体験できなくなったら
僕はこの地上で生きていけない
苦しいって思うのは心が動いているからだって
そんな単純なことを忘れさせようとするのなら
僕らはいったい何の奴隷になるだろう
「大人だから」って諦めた言葉を寂しそうに呟くくらいなら
僕は「誰が大人なんだ」って問いただしたくなる
◇
えーと
日本をずっと探していたんだよね
それってぜんぜん見つからないから
本当にそんなものあるのかなって疑うくらいだけど
季節を感じる時には
これが日本かって思うこともある
季節が日本っぽいんじゃなくて
僕の季節の感じ方が日本っぽいっていうこと
僕はヨーロッパの春や秋も好きだけど
そこにある季節の寂しさは日本のものとは少しちがう
僕の好き嫌いを越えるところで
僕は日本風にしか季節を捉えられない
つまりヨーロッパは僕にとって憧れでしかないってこと
そもそも日本語を使っている時点で
僕はもうどっぷり日本だし
まだ日本が残っているって言える気がする
僕らの生活がどんなに西洋の真似事みたいになっていても
僕らには僕らの感じ方があって
そこには桜もあるし祝詞もある
その延長線を思うと日本の香りがする
ああ
この感情だ
◇
墓地は好きかと声浴ノさんに訊いたら
行ってみたいと答えてくれた
「生きているものにしか興味がないのかと思った」
と言うと
「墓地にだって生きているものあるでしょ」
って返された
声浴ノさんはあんまり勉強できなくて
正直頭悪いのかなって思っていたけど
なんだかそうでもないみたい
そんな勢いで近くの墓地に行ってみたら
誰もいないし虫の気配もしないし
ちょっとだけ植物はあるけれど
なんだか死んでいるもののほうが多くて言葉に詰まった
「誰のお墓があるのかな」
なんて無邪気そうなことを声浴ノさんは言う
「死んでいった時代や
これから壊れていく社会の墓もあればいいのに」
って言ったら
「それって必要あるの?」
と少し驚いた感じで返された
僕はそれに驚く
声浴ノさんには何が見えているのだろう
僕のバードコールみたいなものが彼女にもあって
それが今の彼女にもあるかどうかは分からないけれど
少なからず彼女はその名残のような感覚でもって
今僕と話をしている
ああ
なんだかすごい
僕はちょっとだけ早くなってきた脈を感じながら
やけに興奮気味の気持ちを「おいおい」と引っ張って
「そうか
社会って死んだりしないよね」
と言った
「死ぬかもしれないけど
ゾンビみたいな感じかな」
それは例えがまずいんじゃないかなと思いながらも
言いたいことにはちょっと納得
社会って社会に殺された人と一緒に死んでいるんだよね
だけど死んだ人と一緒にまだ生きているとも言えるし
それってちょっと気持ち悪い
あーでも
僕はまだ社会に親近感を持っていたいし
とりあえず
声浴ノさんと一緒にいるための場所が欲しいかな
◇
街角に誰かが立って何かの演説をしているって
ちょっとすごいことじゃない?
僕には恐ろしすぎてできない
同じ理由でデモに参加ってこともできそうにない
誕生日パーティーはまあしてもいいけど
そこで主役にはなりたくない
それってつまらなくないのって訊かれるけど
そんな時はあははと笑って誤魔化しておく
ところで声浴ノさんは誕生日が好きな人?
「セックスのほうが好き」
なんて彼女らしい答えが聞けてほっとする
いやいやいやそうだよ
みんな好きでもないのにデモに参加とか
戦争反対とかよくやれるよ
だってセックスのほうがまだ楽しいでしょ
それとも僕らの未来に繋がるのは戦争反対のプラカード?
残酷なものを否定したからって愛にはならないし
幻の快楽に溺れたって愛は見つからないけど
悪いやつらはとことん馬鹿だし
あれで楽しいなんて思っているんだからちょっとかわいそう
なんて上から目線は恥ずかしいから
とりあえず僕は声浴ノさんとのセックスを選ぼう
「前にセックスした時から何人としたの?」
っていつも訊くようにしている
それは僕の嫉妬からではなくて
純粋な興味
たとえば二人って答えられたら
二本の男根がここに入ったんだなって思える
それで今僕
下腹から胸にむかってぞぞぞって何かが上がってくる
寝取られ願望でもあったのかな
いやいやそうじゃなくて
僕はもっともっと声浴ノさんに男と関係を持って欲しい
その数のなかに僕は
この社会を感じられるような気がするんだ
◇
ふう
ちょっと暑くなってきた
体よりも頭よりも
心が興奮した時が一番暑くなるよね
それって太陽が僕らの心臓にぴったりだからじゃないかな
僕は声浴ノさんと一緒に
それから
久霧里さんや睡美名さんも一緒になって
この荒野を再建していきたい
でもそれってまだ時間がかかりそう
この暑さじゃちょっと作業できないよね
僕はあの時
香奈理子から傘を返してもらったけれど
けっきょくあれって使わなかった
でも今は雨のためじゃなくて
太陽を遮るために傘が欲しい
これがイソップ物語か
太陽が強くなってきて
同時期に水位上昇なんて
現代文明は困っているけれど理にはかなっているのかな
そりゃ泳ぐのって疲れるけれど気持ちいいのも事実
声浴ノさん
あの太陽は僕らを照らしているんだね
この水のなかで僕らは抱き合って
強い日差しの主を探すとしよう




