第4章 浅虫海岸にて①
「さて、と」
すべっタローを乗せた車が駐車場を出ていくと、空河はカメラを下した。
「どうしよう?僕、本当はこういうの嫌なんだよね。いじめみたいでさ」
音環は思わず空河を見た。何だかまともなことを言っているぞ。
「一応、小学校の教師だからね。楽しいことは好きだけど、嫌がる顔を見るのは好きじゃない。多分、大河兄いは絡むことで音環に甘えているんだと思うんだけど」
僕のせいでストレスたまっているみたいだからね、と空河は言った。
「空河のせい?」
そう音環が返すと、空河は空を見上げながらとつとつと話した。
「うん……僕さ、昔から何をしていいか分からなくて大河兄いの真似ばかりしていたんだ。ちょこちょこ失敗していたのもあるんだと思う。大河兄いの真似をしていれば間違いなかったからさ。
で、大学も後をついて行ったし、教職も取ったしね。真似するな、自分の好きなことをやれ、と言われたけどさ。わかんないんだよ。何していいか」
音環は大河の気持ちを想像してみた。
確かに、一つ違いの弟が常に後をついていたら、弟の成績とか、自分より上か下か、ひそかに気になって仕方ないだろう。煽られる、と言うか。大河と空河を見て、にぎやかでいいな、と思っていたが、兄弟ってそういう所で悩んだりするのか。
じっと聞いていた音環は、空河に言った。
「……どうしたい?この企画、潰してみる?」
うーん、と空河は考え込んだ。
「YouTubeデビューはしてみたいんだろ。なら、いいさ。このまま撮ろうぜ。
――どうせさ、先生になったって先々道は勝手に分かれていくんだし、その時に面白そうでやってみるならいいけど、そうじゃなければ自分がやりたいと思った方に進めばいいんじゃないか?」
はは……そうだね。さすが先輩だ。そうつぶやくと空河はカメラを構えた。
「まあ、大河には応分の負担をしてもらおうと思う」
そう言うと、音環は空河の耳に口を寄せて二言、三言伝えた。最初目を丸くしていた空河も、説明を聞いてうなずいた。
「じゃ、早く撮って僕だけでもスタジオに先に着かないとね」
そうだ!あと!音環は思い出したように言った。
「セイレーン……じゃない、空河のバ様の漬物仲間に、会津の漬物作れる人いる?身欠きニシンを戻したものが作りたいんだ。うちのバ様が会津の人でよく作ってくれたんだけど、教えてもらう前に亡くなっちゃって。食べたいんだ」
ほかの漬物はいらない、と音環は付け足した。空河は聞いてみる、と答えた。
「セイレーンなら、惑わして沈めなくちゃだよな……」
音環は空河に、ちょっとここに立って、と地面を指さした。そして門亜に、少しかがんで下から空河の頬に手を差し出すように言った。
「ああ、だよな。そんな感じ。そうすると俺は後ろから抱きしめる直前の感じで……空河、ちょっと抜けて、俺たちのポーズを見てくれないか?」
空河は言われたとおりに、絡みつく音環たちから抜け出すと少し離れて2人を見た。
「うーん。いい感じだけど……表情が、なんかこう……惑わす感じじゃないんだよね」
「ああ、そうか……」
音環はそう言うと、門亜に「出来る?」と聞いた。門亜はにっと笑ってうなずいた。
「空河、悪いがもう一度立ってくれるか?今度は感情を入れてやってみるから、背中つついたらさっきと同じように抜けて、俺たちを見てくれ」
空河が、さっき立っていた位置に立つと、門亜が唇を少し開けて手を空河の頬に寄せた。
アイマスクで目が隠れている分、すごい色香だ。
空河はぞくっとした。後ろに立つ音環が背中をつついたので、そっと抜けて再び2人を見た。音環の目線が……さっきまで立っていた空河を射抜くように見つめていた。
思わず空河はカメラを構えた。写真をいくつか撮ると、音環のところに行こうとした。その時、風が吹いて門亜の髪をなびかせた。
セイレーンだ……空河はカメラをビデオモードにした。動画を撮っていることに気付いた音環はポーズを変えないで目線を空河に向けた。
上目遣いになった音環は、獲物を逃がさない、と言っているかのようだった。音環の腕が誰かを抱きしめたら最後、そのまま海に引きずり込むのだろう。空河は再びぞっとした。
「寒いのか?」
空河の顔が青くなったのを見て、音環は駆け寄った。空河は首を振った。
「いや……なんか凄いのが撮れた……」
空河は映像ファイルを立ち上げると、音環と門亜に見せた。
「あ、なんかいい感じになっているね」
音環は言った。じゃあ、次は、と再度空河を間に立たせた。今度は門亜が空河を後ろから両手で目隠しをし、音環が笑顔で空河の手を引っ張った。そして音環が空河の手をちょん、ちょんとつつくと空河はそっと離れた。
ファインダー越しに2人を見た空河は心臓をつかまれた気がした。
門亜の笑顔が無邪気なら音環の笑顔は邪気だ。
うっすら開けた真っ赤に塗った唇だけが切り取られた世界の中で色を放っていた。対照的な二人の笑顔が、船乗りの恐怖と絶望が海に引きずられた後も、まだ続くことを想像させるのに十分だった。
続いて音環と門亜は姿勢を変えた。笑顔で空河の手を引っ張るかのような門亜。片手で空河の目隠しをするかのような音環。音環は相変わらず不穏な笑顔だ。
音環と門亜は少し言葉を交わすといくつかのポーズを取った。まるで2人は間に空河がいるかのようにポーズを取っていた。もし、このまま間にいたなら……僕は何処か知らない深い闇へ引きずり込まれただろう……。
「空河、大丈夫か?」
うっかり夢中になっていた、と音環は空河の様子を見た。俺たちはいいが、空河は冷えるだろう。ちらり、と見た空河の顔はすっかり血の気が失せていた。
今回も3つに分けます。
全体的に長めです。
よろしくおつきあいくださいませ。




