第3章 異界に誘うシスター③
翌週の土曜日は、天気が荒れる、との予報が出ていた。1月も月末に差し掛かっていた。
グループチャットで次の週末は土日とも撮影ではなく、新曲の合わせと録音データ作りにしようか、と話がまとまりそうだったが、つい大河が『門亜のシスター服ができたのに。残念」とメッセージを送ってしまい、すべっタローが騒ぎ出した。
『俺、晴れ男だから絶対晴れるって!MV撮影しよう!!』
門亜の頑固も手こずるが、すべっタローの言い出した後の聞かなさは手が焼けるなんてもんじゃない。失言した……と大河が頭を抱えていると、音環から助け船が来た。
『スタジオの予約を午後にして、午前の1時間くらいを撮影に充てよう。もし天気が悪かったら撮影は中止。晴れ男なんだから時間は問わないだろ?」
晴れ男なんだろ?と念を押すような音環のメッセージに、すべっタローはつららエクスカリバーを上納するようなスタンプを送りつけてきた。まいりました、と言うことのだろう。その後はサクサクと予定が決まっていった。
営業は考え方が柔軟でいいな。素直に大河は思った。
――前日まで、どんよりとした雲に覆われ、時折雷まで落ち、強風まで吹いていたが、土曜日の朝になると、風はやんでいた。空は相変わらずどんよりしていたものの、先日の竜飛漁港の景色と合わせると丁度良いくらいであった。
門亜の支度に時間がかかるというので、すべっタローと空河の映像から撮ることにした。
大河は門亜の服のちょっとした調整も必要だから、と言うことで当然のように音環がカメラ役になった。苦手なんだけどな……ビデオカメラ。と言ったが、すべっタローと空河が先だ、と大河に押し切られてしまった。
逢瀬……。ベースがショッピングセンターのCMソングらしく、まずはすべっタローが意気揚々と歩いている。そして、横から空河がドラムのスティックをもって登場する。
そこからは、コミカルにすべっタローと空河が煽り合う。その後は大河登場。すべっタローは両脇と煽り合わなくてはならなくなる。
2人が消えて俺が登場。すべっタローと俺が煽り合い、続いて門亜が現れて……と人が増えたり組み合わせを変えたりして、その都度すべっタローが煽り合わなくてはいけない、というMV。
最後はすべっタローvs4人と言う構図にするそうだ。カズヤいわく、ダウンベースで重々しい曲に背景が思いっきり尖った冬の青森の海だから、人間はコミカルにしたい、とのことだった。
「撮影のほうはどうだ?順調か?門亜の準備ができたぞ」
大河の声が聞こえた。順調だ、と音環が返事を返そうと振り向いたとき、門亜が現れた。
……音環は口を開けたまま、声が出せなかった。シスター服と聞いていたが……これはドレスだろう。かろうじて、白い大きな襟とベールをかぶっていることでシスター服だ、と分かるようなもので……。
大きくするために開いてしまった隙間は黒のレースが縫い付けられていた。そして、黒のレースの下からは光沢のある紫色の布地が透けて見えていた。
スカート部は両脇が黒レースがフリルのように何段も重ねられていて、清楚とは程遠い。
確か、大河がセイレーンがどうの、と言っていたな。セイレーンがシスター姿になったらこんな感じになるのか。ドレスに合わせた黒レースのアイマスクと、濃い紫色で塗られた唇が、船乗りを誘惑して海に引きずりこむには十分だ。
想像しなかった門亜の姿に、音環はしばらく唖然としたまま動けなかった。それは両脇に大河と空河が並んでも気づかないほどだった。
――ぽん、ぽん、と肩をたたかれ気が付いた。ん?大空兄弟?
まあ、まあ、と声をかけられると持っていたスマホを取られ、音環はジャケットを脱がされた。突然のことに何が起きたのかわからなかった。
「さむっ!」
思わず音環が大きな声を上げると、すかさずコートが降ってきた。
ジャケット剝ぐなんて、なにすんだよ。もう!音環はコートの袖に腕を通した。……いいな、これ。温かい。
前を合わせようとして音環は気が付いた。これ……門亜と同じ、シスター服じゃん。
「おい!大河!」
音環は怒鳴った。すぐにでも脱ぎたかったが……脱いだら余計に寒さが身に染みる。
「カズヤが門亜に連絡を取った時『1人だけシスター服じゃないよね?』って返ってきたんだそうだ。まあ、並んでみろよ。音環のはフリルは入れていなくて、セイレーンを守る騎士にも見えるように作ってくれたからさ」
門亜はプイ、と横を向いた。当然だろ、と言うような表情だった。
音環はひとまず、コートの前を閉めてみた。前合わせが浅い分、革のパンツがスリットから現れやすい。確かに、セイレーンを守る騎士にも見えなくはない。ただ……。
「セイレーンって姉妹じゃなかったか?」
音環の言葉に、空河は後ろを向いた。そしてその背中は大きく震えていた。
まったく……ここまでぴったりに作れるなんて、大空兄弟もそのバ様も何者なんだか。しかも暖かいと来た。誘惑半端ない。バ様のほうがセイレーンだ。
「で、俺たちどうすればいいんだ?」
音環は観念したように言った。大河はカズヤからのメッセージに目を通すと、すべっタローを呼ぼうとして……動きが止まった。
「あのバカ、波打ち際で絵をかいて遊んでやがる……」
大河は深くため息をつくと、そのまま深呼吸をした。
「おい!すべっタロー!波に持ち上げられることもあるんだから、そこで遊ぶんじゃない!」
大河が怒鳴った瞬間だった。少し高めの波がすべっタローを襲った。幸い、海に引きずり込まれることはなかったが、しこたま海の水をかぶってしまった。大河は頭を抱えた。
「だってさぁ。俺だけ仲間外れなんだもん」
海水を滴らせながらすべっタローは言った。そんなすべっタローの訴えを無視して大河は言った。
「俺、コレを風呂に入れてくるわ。近くに確かスーパー銭湯があったはずだから。だから空河、お前この2人撮っておいてくれ」
車のシートにバスタオルを敷きながら大河は言った。着替え、どうするかな……適当なもの着せて、家に送るかな。
すべっタローを乗せた車が走り出すと、音環は、はと気が付いた。大河より悪乗りをする空河が残ってしまった。
じゃ、よろしく、と空河は言った。そして次の瞬間、鏡合わせのようなポーズで音環と手を合わせる門亜がいた。
第3章はこれで終わります。
お付き合いくださりありがとうございます。




