第2章 SAKIOTTE カズヤ②
「お腹空いちゃったからさ、僕たち注文してきちゃったよ」
フードコートで何も注文しないのはまずいしね。と言いながら、空河が大河と一緒にラーメンが乗ったトレーを運んできた。
荷物見ててやるから、さっさと注文して来いよ、と大河が言うと、3人はそれぞれ別の店に行き、注文をした。
――音環の注文したものは、人気があるものだったらしい。やや遅れてテーブルに戻ると、すべっタローが今度は大河に怒られていた。
「アイスを注文するのに文句言っているわけじゃない。あとで注文すればいいものをラーメンと一緒に注文して、リアルタイムで溶けるのを見るのが嫌なんだ」
大河の目線の先を見ると、大盛りのラーメンに場所を奪われて小さくなっているアイスを見つけた。
熱で小さくなったのか、もともと小さかったのか。まあ、ラーメンを食べ終わるころには、ただのクリームになっているだろう。
みんな……カズヤが来て嬉しいんだよな。地元で就職した俺たちと違い、カズヤだけ東京に出ている。
ジャズバーを経営する傍ら、SAKIOTTEの作曲と映像と音楽を組み合わせてYouTubeにあげたり、サイトの管理をしたり、と俺たちの音楽活動のプロデュース的な部分を一手に引き受けてくれている。
なのに、こうやって地元で会えば高校時代のようなノリで戯れる。
「門亜にも……会いたかったなぁ」
音環はカズヤの声で我に返った。
ちら、と目線をすべっタローに送り、少し責めているようだった。すべっタローは、またそうやってオレばっか責める、と、ぷっと頬を膨らませ、横を向いた。
「門亜と言えば……シスター服を着せるのはどうだ?」
突然の大河の言葉に、は?と音環は目線を大河に向けた。大河の言葉に、カズヤは何か考えている風だった。
「いや……あいつの髪の毛、地毛で長いだろ。昨日風に揺られているのを見て思ったんだ。セイレーンみたいだなって」
セイレーンとは……なんとも妖艶な例えをする。あいつが着るかなぁ。などと音環が考えていると、カズヤのそれいいかも、という声が聞こえて来た。
「世界観的に、メイクは妖しさまでにしておきたかったから……逆に、いい意味で広がっていいと思うな。
門亜には僕から言っておくよ。身バレしないで済むとか言いくるめてみる」
Good Job!というように大河と空河は親指を立てた。
確かにな。MV中の怪しげなシスターが公道で白のバイクで違反者を狩る白バイ隊員だとはだれも思わないだろう。音環は感心した。
「そうしたら、もう少し画像を撮ってきてほしいな。今度は弾かないでいいから楽器を持っているところと、門亜の衣装姿と……。
でも、この空でシスター服って、門亜また風邪ひかない?」
カズヤは心配した。
「そうだな……うちのバ様にシスター服に綿を入れてもらうかな。ちょっとコートっぽくなってしまうが」
大河の中ではすでにイメージ図が出来ているようだった。
「じゃ、また竜飛漁港に?」
今まで大人しくラーメンを食べていたすべっタローが割り込んできた。カズヤは軽くいなすとすべっタローに言い聞かせるように言った。
「浅虫の海岸当たりでも十分いいと思うよ。……すべっタロー、君のりんご園は今どうなってる?雪に埋もれているだろう?
青森と名のつくところで、今の時期、太平洋側以外雪が積もっていない場所なんてない。
雪そのものも美しいが、雪が積もっていなければとてつもなく底冷えする、それが美しいんだ。尖ったところを映さなくていいんだよ」
カズヤの言葉にすべっタローの顔から笑みが取れた。しゅん、とする姿に一瞬すべっタローが幼子のように見えた。
「あの曲に合わせるかな……『逢瀬』
あと、この前送った新曲用に改めて映像を撮ってきてくれる?出来れば、美術館のあたりから山並みを撮ってもらえると嬉しいんだけど……。
MVはさすがに無理だから写真がいいな」
音環はカズヤの言葉を聞きながら、年末、県立美術館に向かった時の景色を思い出していた。
中心街から少し離れただけなのに、除雪の頻度が違うのかハンドルを何度も取られた道路。不便としか思えない中でひょうひょうと毎日を送り続ける集落の人の力強い営み。
そこを越えた先に、名もなき雪山にすっぽりと抱かれるようにして佇む、真っ白で近代的な美術館が現れる。
無駄な装飾をすべてそぎ落とした近代的な建物から、冷たさではなく温かさを感じたのは、それまでに見かけた、生活の息吹がベースにあるからだろう。
そして、景色は少しずつしか変わらないのに色が変わったように思えたのは、生活からほんの少し離れた場所で敬虔な静寂をたたえているからかもしれない。
……カズヤが求めているのは、たとえて言うなら鳥の羽がわずかに触れるくらいの感覚の変化なのか。奥が深いな。
「もうそろそろ帰ろうかな……お店もあるし」
一番最後まで食べていたカズヤは、食べ終わると言った。
その言葉に、音環は寂しさを感じた。今日の俺、大空兄弟を送迎してフードコートでご飯を食べていただけだ。……そうだ。
「もうじき青色申告だから、分からないところあったら俺に聞けよ。アドバイスできるから」
ここで、自分の出来ることで仕事を持ってくる俺。かっこ悪い。音環は恥ずかしそうに少しだけ横を向いた。カズヤは笑って言った。
「助かるよ。数回、ヘルプで入ってくれた人にお礼で店のお酒、あげてたらそれが給与になるなんて知らなかったからね。今度お店来てよ。おごるからさ」
ああ……。音環は笑顔で返した。
そして、カズヤは東京へと帰って行った。
……まあ、突貫行程だったけど行ってよかったかな。カズヤはあくびをしながら店のシャッターを開けた。
鍵を開け、扉を開くと、グリーンノートのルームフレグランスが香ってきた。その瞬間、カズヤがそれまで感じていた温かいものに人工的なものが入ってきた。
カウンターから奥のキッチンへ入ると、音環が持たせてくれたクーラーバッグからパンを取り出すと、次にたらこを取り出した。
部屋に帰るまで、冷蔵庫で冷やしておこう。
その時、たらこが入ったジッパーバッグの下に、さらにジッパーバッグを二重重ねて養生したタッパーがあるのに気が付いた。なんだ?これは?
カズヤは袋から取り出すと、慎重にジッパーバッグを外し、汁びたしになったビニール袋からタッパーを取り出した。ふたを開けたその瞬間。
「うわ!」
漬物だ!それも人が漬けたやつ。うっかりしていたがビニール袋に「かよちゃん」と黒マジックで書いてある!
きっとうまいんだろうけど、これ、店内でにおったらやばいやつ!!
「音環~~!!」
カズヤはすぐにLINEをした。そして、タッパーをジッパーバッグに戻して冷蔵庫に入れると、店の扉をどちらも開けて換気扇を回した。
まったく。変わってないな。カズヤは苦笑した。
第2章、終了しました。
誤字脱字をチェックしていますが、間違いがありましたら……
ごめんなさい。




