第2章 SAKIOTTE カズヤ①
音環はすべっタローからのLINEの通知音で目が覚めた。
あいてて……全身が筋肉痛だ。昨日の雪合戦、アイスバーンの上でやるのは、思ったより全身運動になるようだ。
そもそも、すべっタローが仲間外れになった、と膨れて拗ねたのが始まり。じゃあ、門亜がカメラ役になるから、と雪合戦の輪から外れた結果、大空兄弟VS俺とすべっタローで雪合戦になったのだが――。
足元がヒールのすべっタローが、俺のチーム。となれば、役割分担が出来てしまう。すべっタローが、雪玉を作る役、俺が攻撃をする役。
普段使わない腕の筋肉を使ったのだろう。腕が上がらないほどではないが、出来の悪いアンドロイドみたいに動きがカクカクしている。年齢かなあ。20代もこの前折り返しただけなのに。
じわじわ来る痛みを感じながら音環はスマホを持った。すべっタローからは、
『カズヤがお昼頃来るぞ!モールに集合!』
とグループメッセージが入っていた。続いて、つららを剣のようにもったすべっタローの上部に『つららエクスカリバー』の文字が躍るスタンプが押されていた。
すべっタローの自作だ。こういったのは得意なのに、何故か、ネットで情報を収集するのはへたくそだ。
危うく極寒の奥入瀬渓流に連れて行かれそうになったのを思い出して音環は身震いをした。
気を取り直し、音環は大河と門亜にメッセージを送った。門亜からは『風邪をひいたのでパス』と返事が返ってきた。
まあ、そうだろうな。5人の中で一番先に風邪をひくのが門亜だ。
俺自身、昨日帰ってきてすぐに風呂に熱めの湯を張って長めに入ったくらいだ。一体なんで吹雪にまみれながら雪合戦をしたのか……解せない。
大河からは『もし、運転できるなら乗せて行ってほしい』とのことだった。音環は『お互い体は労わろうな』と返事をし、行きがけに寄ることにした。
そうこうしているうちにすべっタローから詳しい時間がメッセージでやってきた。
今日の昼はモール内のフードコートでだな……。打ち合わせにしては賑やかすぎるだろ。高校生じゃあるまいし、とグループチャットに打ち込もうとしたが手を止めた。もしかしたら、こういった感覚がすべっタローの歌詞の世界観を生むのかもしれない。
――買い被りすぎかもしれないが。
音環が約束の時間に大河の家に向かうと、大河と空河が玄関の前で待っていた。
大河の手にはスーパーで備え付けのビニール袋にくるまったタッパーがあった。大河はなんだかにやにやといやな笑いをしているし、空河に至っては笑いが抑えられないのか、後ろを向いてその肩は震えている。
嫌な予感しかしない状況に思わず音環は身構えた。
手間かけてすまない、と言いながら大河は後部座席に座った。そして、手に持っていたタッパーを音環に差し出した。
「うちのバ様がもらってきたやつ……新しいほう」
大河の説明に、音環は心の中で突っ込んだ。新しいほうって何だ新しいほうって。古いほうもあるってことじゃないか。
「いやさ、音環1人暮らしだし、野菜取ったほうがいいかと思ってさ。うち、バ様がもらってきた漬物3つ4つあるし、ちゃんとにおいの少ない新しいほうを持ってきたんだ」
余計なお世話だ!野菜もきちんと採っている。
漬物は好きだし食べるが、これみたいに汁が出ているのは苦手だ。においの少ないって言ってもすでに漬物特有のにおいが車の中に充満している。気を使うなら、クーラーバッグに入れてくれ!……待てよ。
「その漬物、好きにしていいのか?」
音環の言葉にそれまで肩を震わせていた空河の笑いが、ぴたりと止まった。大河は眉をひそめながら怪訝そうな顔をして言った。
「構わないが……食べ物だからな。これ。そこの所は頼むぞ」
当たり前だ。食べ物を粗末にしたら罰が当たる。そもそも、嫌がらせに持ち込んだのは大河のほうだろう!
ふん、と鼻を鳴らすと、音環は釈然としないまま車を走らせた。
除雪した後の圧雪で車が小刻みに上下に振られた。振動が来るたび、タッパーからつけ汁がこぼれないか気になった。――モールまでは車で10分ほどだったが、音環にとってはその何倍も長い時間、走らせたように感じた。
「混んでるな……駐車できる場所探すから、先に行っててくれないか」
音環は入り口の近くに車を付けて大河と空河を下ろすと、大分離れた駐車スペースまで車を走らせた。しばらくうろうろしていたが、ようやく開いているところを見つけた。
……きっと、話も進んでいるんだろうな。まあ、まとめて聞けばいいか。ついでだ。
音環は車を止めると、1階の食品売り場へと向かった。
「音環遅いな」
すべっタローが柱の時計を見て言った。
大河たちが来てから10分以上経っている。昨日のことで怒られているのを、有耶無耶にしたいんだけどな。……あ!来た!
「音環、聞いてよ。オレ今カズヤに怒られててさ……青森らしい場所、案内しただけなのに……」
ちょっと間違っただけじゃん、とすべっタローがしおらしい声を出して音環に寄ってきた。その背後から、さらりと流れるような男の声が続いた。呆れ混じりの声だった。
「昨日、すべっタローから映像データが送られてきてさ。びっくりしたよ!
僕は『青森らしい美しい場所』でみんなの姿を映してきてほしい、と言ったのに、まさか青森の『今行って映したら炎上する場所』を映してくるんだもの。
雪に半分隠れた太宰文学館の碑を見たときのけぞったよ」
容赦ないカズヤの言い方に、空河はくっ、くっと声を押さえて笑い出した。
「本当に無事だったのか、朝一番で新幹線に乗っちゃったよね。……せっかくだから、あのデータ使わせてもらうけどさ」
ええ……助かります。音環は心の中でつぶやいた。あんな思いして撮った映像が使えません、となればさすがの俺もへこむ。
「あ、カズヤ、これ。イギリストーストの新作出てたから買っておいたぞ」
そう言うと、音環はクーラーバッグをカズヤの前に置いた。
「コーヒー味とそれのジャリましと、普通のやつのもっとジャリジャリとジャリましMAXと……。
数日分買っておいたよ。あとはたらこかな。保冷材も入れておいた」
音環の説明に、中身を見ようとしたカズヤの手が止まった。
「たらことパンを一緒にしないでよ。においが移るじゃないか」
「新幹線でも食べるだろう?たらこ、パックごとジッパーバッグに入れておいたから、においは大丈夫だって」
仕方ないなぁ。カズヤはぶつぶつ言いながら開けかけていたクーラーバッグのファスナーを閉めた。
第二章は少々長めになりました。
お付き合いいただければ嬉しいです。




