第11章 閑話休題 桜 ―1音環とすべっタロー①
「俺ってかっこ悪い……」
金曜日。音環はスーツににおいがつくのも構わず、すべっタローを煮干しラーメン屋に誘った。
昨日もおとといも食べたんだけど、とすべっタローはLINEを返した。
音環が俺のおごりで、と送ると、『参上仕りまつる』と書いた、つららエクスカリバーを鞘に納めたスタンプが返ってきた。
いつも気になっているんだが……エクスカリバーなのに、侍か?音環はスタンプを見て心の中で突っ込みを入れた。いいや。今度聞いてみよう。
「いらっしゃい」
店の引き戸を開けると、いつもと変わりない店主の声が聞こえた。
音環は店内をぼんやり眺めた。
麵をゆでる湯気がカウンターを越えて店内まで流れ込むからいつも、店内がぼやけて見える。
背の高い人でも必ず足がプランとなるハイチェア。今じゃ探しても見つからないだろう、オレンジのカサが付いたランプ。
昔、喫茶店を改造して作った、と言う不思議な内装のラーメン店。高校の時、そのままだ。
音環の固くなっていた心がほんの少し、緩んだ。
「おや、すべちゃん、今週は皆勤賞だね」
店主に声をかけられたすべっタローはへへへ、と笑った。
何にしようかな、すべっタローは文字だけのメニュー表を見ながら足をぶらぶらさせた。いや、ここは何にしよう、じゃなくて何を追加しよう、だよな。あっ!
「おじさん、今日はあのルールなしで。俺、ラーメン!」
セーフ。
最初に頼んだ人と同じものを食べるルールを使われたら、すべっタローは少ないと騒ぎだすか、すべっタローに合わせて俺がスーツのサイズアップを気にして食べるか、どっちかになる。
もっとも、このルールは6人で別々のものを頼むと大変だから、最初の人間がまとめて注文する、と決めたのを悪乗りして勝手に6人前頼む、と言うルールにした俺たちだけの独自ルールだ。
「チャーハンも付けていい?」
と、すべっタローは言った。ほら、やっぱりね。
話を続けようかどうしようか。音環が迷っているとラーメンはすぐに出てきた。
「伸びちゃうから食べちゃおう」
音環はすべっタローの言葉に従った。
熱さをまとった麵は、流れるように音環の喉を通って行った。大きめのチャーシューはほおばると溶けるように消えていく。俺、この一週間、何を食べていたんだろう。
胃袋が目を覚ましたようで、自己主張をしていた。うまみを主張する濁りのあるスープがすべて飲み干されるころ、音環は一息ついた。
「俺、足がすくんで動けなかったんだよね」
「ん」
「大河も空河もあっという間に抑えたのにさ。ジ様が一緒に押してくれなければ動けなかった」
「ん」
「かっこわりい……何でもできると思ってたのにさ。ホント俺、かっこわりい」
すべっタローは音環の言葉一つ一つにうなずいた。音環は心にたまっていたものを吐き出すと、少しだけすっきりした。
「音環、覚えてる?」
スープを飲み干した後、すべっタローは言った。
「?」
「高校3年の春。いきなり東京に行っただろ」
あー。音環は言うと、頭を抱えた。
「黒歴史な。親戚の所に転がり込んで一か月、上野駅前で路上ライブやっていたやつな」
「あの時も、戻ってきて同じこと言ってたぞ。『俺、かっこ悪い』って」
「いや……だって、全然相手にされなかったからさ」
ふう、と音環はため息をついた。
「カズヤと喧嘩したんだよ。音楽本気じゃないだろ、って言われてさ。悔しくて言い返したらつい」
確かにさ、音楽で身を立てるなんて真っ平ごめんだけど、だからって、SAKIOTTEでやっているギターを本気じゃない、と言われるなんて心外だ。
「留年寸前に帰ってきて、音環凄いよな。仙台の大学、合格するなんてさ」
「あれもカズヤに言われたんだ。一緒の大学に行かないか、って。しかもあおられたんだ。お前には出来ないのか?って。宮城の大学だぞ。何考えているんだか」
押したり引いたり。カズヤはいつも俺をあおる。何を考えているんだ。
「でも合格したじゃないか」
「カズヤに言われたからな。悔しくて頑張ったんだけど、死ぬかと思った」
いや、昔の俺の話はいいから。そう言おうとしたとき、すべっタローは言った。
「一生懸命であれば、どんな結果でもいいんじゃないの?」
すべっタローの言葉に音環はハッとした。そしてその言葉はそのまま腹落ちをした。
俺、かっこよく生きたかったのか?それとも、誰かのためにとりあえず何かをしたかったのか?
さすが、SAKIOTTEの作詞をしているだけあって、真意をついている。……5割変な歌が続くけど。
そうだ。これは聞いてみたかったんだ。
「すべっタローはさ……作詞するときってどんなことを考えて作っているのさ?
俺、真似できないよ。『2026デジタルとの邂逅』みたいにシリアスな歌もあれば『春に会いましょう』みたいに恋愛を揶揄しながら実はコンタクトを落とした歌、とか」
音環は言ってみたい言葉を言ってみた。お前、天才だよね。陳腐に聞こえてしまっただろうか。でも、本当の気持ちだ。
第11章 閑話休題 桜 はショートストーリーの集まりになります。
それぞれにサブタイトルが付いていますが、読みづらかったらごめんなさい。
4シーン、6つに分かれています。




