第10章 ジ様①
「お前さんたち、こんな時間に何をしているんだね。」
突然、背後から男の声がした。
音環たちはぎょっとして後ろを振り向くと、防寒着を幾重にも来た60代後半くらいの男が立っていた。男はいぶかしげにさすまたを持つ音環たちをじっと見ていた。
突然の声掛けに、音環は声が出なかった。吹き付ける風が痛かった。
しばらく、男は音環たちをじっと見続けていた。そして、目線をさすまたにずらすと、
「3人の若い男を見なかったかね?」
と続けた。
追ってきたんです、と音環が言おうとしたが、声が出なかった。代わりに大河が答えた。
「青森市からあの軽ワゴンを追ってきました。男が乗っていましたが、3人かどうかまでは……」
最後の方は風で声がかき消された。軍手越しにさすまたの氷のような、冷たさが伝わってきた。
音環は一度に入ってきた情報が頭の中でぐるぐる回っていた。
帯島は地元の人のものだ。昼ならまだしも薄暗くもうじき見えなくなる時間に、地元の人を差し置いて勝手に入る真似は出来ない。
そして、そうしているうちに、軽ワゴンの持ち主は再び車に乗ってどこかに去って行ってしまうだろう。もしかしたら、犯罪の証拠を別の場所に映してしまうかもしれない。
ジ様は俺たちの行動を止めるだろうか。それとも見逃してくれるだろうか。こうしている間にもモノの輪郭が薄闇に埋もれはじめていた。
ジ様は音環たちを見定めるように見ると
「あそこに見える建物に行こうと思う。ついてきてくれるかな。恐らく3人はその裏にいる」
そう言いながら建物を指さした。
「わかりました……」
音環はかすれた声で返した。このジ様は味方なのか。それとも、軽トラの仲間なのか。
くそ!銀行でたくさんの人間を見ているはずなのに、このジ様の表情からは何も読めない。
それでも音環は、ジ様の言う通りに建物に行こうと決めた。
まだ、わずかでも周りが見えるうちに。これから対峙しようとしてる相手が影だけでも見えるうちに、せめて証拠だけは押さえておきたい。
「灯り代わりに軽トラを持ってくるから先に行ってなさい。そして、島をつなぐ道路をふさぐところで待っていなさい。
建物には近づかないように。けっして無茶はしないように」
そう言うとジ様は薄闇の中に消えていった。
「すまない……」
なぜか音環は謝った。もう少し毅然とした態度を取れると思っていた。
「いや。誰だって、驚くだろう。まあ、保護者対応は任せろ」
大河は言うと
「そうそう。」
と、空河が相槌を打った。
「裏にいるって言っていたけど…島の奥に逃げたりしないかな」
ひそひそと、音環は疑問を口にした。
「俺なら、行き止まりに逃げ込まないな。前面突破する」
大河は確信を持つように言った。すると、音環は懸念を口にした。
「ナイフとか持ってそうだな…」
訓練なんて、しょせん安全な「練習」だ。もし、ナイフを向けられたら抑え込めるだろうか。ふいに、門亜の「さすまたを過信しないで…。」が音環の胸の奥に残った。
「どうする、もう少し進む?」
集落と島を結ぶ道路の、島に入る手前で音環は言った。辺りは暗く、建物は輪郭がぼやけてもはや塊である。
「いや、ジ様を待とう。どちらにしろ、ここを通らないと駐車場に戻れないさ」
3人はぶつからないようにさすまたをやや斜めに構えた。
音環は目を見開いてほとんど光の無い陰影から人影が来ないか探していた。
少しでも動きがないか、目を凝らして離さなかった。何か踏むような音がしないか……耳をそばだてていた。
その時だった。背後から軽トラのエンジンの音がやってきた。
音環たちが道をあけるとゆっくり進み、突然、ライトをつけた。くる!直感で音環は思った。と、同時に壁際に潜んでいた3つの塊が音環たちに向かってきた。
男たちは手に何か持っているようだった。
が、大河と空河はものともせずさすまたで男の胴を押さえるとそのまま建屋まで押し切った。さすまたに腹がぶつかった衝撃で男たちはぐったりとしていた。
2人が抑えられたのを見てもう1人の男は足を止めた。
制圧をしたことで島から出る道路に一瞬の隙間が出来た。そこへ走り出せば、長柄のさすまたに足を引っかけられることもある。
ましてや真正面からぶつかるのは愚かだ。男の動きはそう語っていた。
そして、音環も男の意図を直感で受け取っていた。もう正面に来ない。だからと言って、この男を逃したくはない。
「腰を低くするんじゃ」
ジ様の声がした。
続いて引っぱられるような感覚がした。次の瞬間、ドスンと何か落ちるような音がした。
見ると、足を押さえられた男が尻もちをついて倒れこんでいた。続いてさすまたをいったん上に上げると、男が立ち上がる前に上から床に押さえつけた。
「このまま押さえておくんじゃ。」
ジ様は言った。
大河のくぐもった声が聞こえてきた。壁に抑えた男が意識を取り戻し、さすまたの先端部分をにぎって回転させていた。
慣れているのだろうか。少し浮かせては回転させ、また浮かす。こうなると大河に分が悪い。
ここで逃がせば、最悪の場合、ナイフで切りつけて仲間を救おうとするだろう。
大河の額に脂汗が浮かんだ。隣の空河をみると、門亜が一緒に押し込んでくれていた。空河の方も男がさすまたの先端部分を回転させていたようだった。
門亜が伯父を呼んでいる。応援が来るそれまでの我慢だ。
何としても、この男は逃さない。大河は歯を食いしばった。
――大河の腕の感覚が、痛みから、痛みすら感じなくなったころ、別の軽トラがやってきた。
お付き合いをくださりありがとうございます。
この章は3つに分かれます。
数字ですが、1~9までは全角二桁以上は半角を心掛けています。
アップロードの際に確認はしていますが、まだまだ追いついていない部分があります。
おいおい修正したいと思いますが、申し訳ありません。




