第9章 追跡 門亜、びっくりする④
大河の言った通り、家の灯りが増え海の音が少し遠くなったころ、軽ワゴン車が視界に入った。
「まだ先に進むんだな…この先は竜飛か?」
大河が落ち着いた声で言った。
「俺、あの時寝ていたからわからなかったけど、すべっタロー、よく俺たち乗せて竜飛崎方面行ったな」
しみじみと音環は言った。
「よく音環寝ていられたよな。天気は不思議なくらい、凄くよかったんだ。ただ、すべっタローの絶叫、何回聞かされたことか……」
門亜からは『カーナビ操作して近くの警察に行かせようと思った!』とグループメッセージが返ってきた。
空河はすべっタローの絶叫を思い出し笑いが止まらなかった。
「いや…年明けしょっぱなATMの調子が悪いのがいて、一日中対応していたんだよ。やらかしてしまうと金融庁が来てしまう。……必死だったんだ。マジで疲れたよ」
げんなりしながら音環は言った。げんなりしたのは、雪だったのかそれとも絶叫のなか眠り続けていた自分にだったのか……。
しばらくすると、街中を抜けたのか集落が現れては消え、集落が現れては消えを繰り返し始めた。
そして、その集落も段々現れなくなり、代わりに打ち付けられた波から上がるしぶきが車の窓を濡らした。
その都度、ウィンドウォッシャーをフロントガラスにかけた。車内の空気も冷えてきたような気がした。
音環のアシストをするかのように、3人の周りを注視する呼吸だけが聞こえて来た。
再び風が強く吹き付けてきた。山肌の雪が舞い上がり、その瞬間、世界が白くなった。
スノーシェッドに入ると視界は戻ってきたが、ブラックバーンでハンドルを何度もとられた。対向車が来ないのが幸いだった。
「勘弁してくれ……」
音環はつぶやいた。どこまでも行ってやる、と思ったことを後悔し始めた。もうそろそろ止まってくれ。竜飛漁港より先に行かないでくれ。
その時、
『あ、すべっタローが「なんだんずやー!!」と大絶叫したところだ!』
伯父にLINEで報告を続けていた門亜がグループメッセージを送った。
「あー。ここを左に折れて上の竜泊ラインに行こうとしたやつな」
大河の言葉に音環はちらりと左斜め前を見た。音環は青ざめた。
案内板には雪に隠れてよく見えなかったが「中泊」とある。そしてその先には細い山に向かう急な道が伸びていた。
カーナビの地図にも折りたたんだようなカーブが連続している。
「冬季閉鎖でゲートが閉まっていたんだけど、ゲートの前まで行ってしまってさ…バックで戻ったんだよ。よかったな。音環。寝ていてさ」
「ほんとだよねー。真面目に今日で終わり、と思ったもん」
『音環、知らずに仏』
大河は門亜のメッセージを読み上げた。
「知らずに仏、だとさ」
その言葉を聞いた空河が笑い出した。そんなにやばかったのかよ!音環は血の気が引く音がした。
「太宰文学碑の看板らしきものも見えたし、もし国道の終わりまで行ったとしても後30分くらいだ。その先は集落で短い。
上の道に行かれなくてよかったな。山に入られたらもう追えないからな」
大河は言った。
大河の言った通り30分くらい走ったところで国道は終わった。
時折、風が巻き起こす地吹雪にスピードを落とした。
何回、ギアを落としては戻し、落としては戻しを繰り返しただろう。ギアがきちんとDレンジに戻っているかスピードメータを確認した。
それでも繰り返し巻き込まれるホワイトアウトに、前方から目を離すことが出来なくなった。
風がやみ、うっすらと景色が戻ってきたころ、軽ワゴン車を見失ってしまった。
「とりあえず、先まで行こう」
大河は言った。
引き返した様子はなかった。恐らく集落の中を進んだのだろう。右手には漁港が広がっていた。このどこかに白の軽ワゴン車がいるはずだ。
「あれだ」
大河は帯島に入る手前の、駐車場のような場所の隅に停まっている車を指さした。
天井の雪が、ほかに駐車しているより少なく積もっている軽ワゴンがいた。その瞬間、車内の声がワントーン下がった。
「帯島に行ったのかな」
音環は言った。車を停めるところを考えないといけない。
「俺なら…集落より帯島に行くな。今は漁に出ないだろう。何かを隠していてもおかしくない」
大河は続けて言った。
「薄暗いが、まだ見えないくらいじゃない……行ってみるか?」
音環はうなずくと帯島に渡る道路に近いところに車を止めた。ここならドラレコで映るかもしれない。
大河と空河は降りると車の後部ハッチをあけた。
音環もエンジンを切ると運転席から降りてきた。3人は表面がゴムになっている軍手をはめると、大河は空河と音環にそれぞれ身長位ある棒状のものを渡した。
棒状のものを見た門亜は目を疑った。
音環たち3人が持っているのはさすまただ。ご丁寧にメンカラの青、オレンジ、黄色のビニールテープを巻いて識別している。冗談で使うものじゃないだろう!
門亜が固まっていると
「いや、銀行の訓練で便利だなと思って、売っていたから買ったんだ」
「俺らも学校の訓練で使ったから…音環が買うと言うんでついでに頼んだんだ」
「マイさすまた」
さっきまでの緊張感はどこに行ったのだろうか。門亜は唖然とした。そして、門亜は軽く深呼吸すると自分でもびっくりするような低い声が出た。
「さすまたを過信しないで…あくまでも距離をとる道具だと思って…」
ふだんなら風にかき消されるであろう門亜の声が、この時ははっきりと3人の耳に届いた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
このエピソードを作るにあたり、さすまたを調べたのですが、一般で買えるものと規制されているものとあるんですね。
3本組で売っているのもあって、参考になりました。
もし、そのサイトで3本組、なんていうものを見たら、彼らが買ったやつだ、と思っていただけると、作者も彼らも喜びます。




