第9章 追跡 門亜、びっくりする③
「なあ、この先の県道との交差点、海側と山側、どっちに行くと思う」
時折、白い軽ワゴンは雪にその姿を隠された。音環はカーナビをちらと見て、ふとつぶやいた。
「外ヶ浜の街なかが目的地でなければ……俺は海側を選ぶな。4WDだったとしても、スタックするんじゃないか?」
「だよな……。何か、見失いそうでさ」
音環はぽろっと言った。
「さっきも言ったが……軽ワゴンの行方は俺たちに任せてお前は運転に集中しろ。スタックでもすれば、追いつくことは出来なくなるぞ。場所によっては遭難する」
大河は静かに、言った。その低い声が、音環にとって心強く感じていた。
国道は線路の上を渡った。そして、音環はギアを静かに落として橋の上を渡った。
「減速、忘れてた」
ごめん、の代わりに音環は言った。
「MT車かと思ったよ。あ、軽ワゴン右に曲がったね」
空河の声が聞こえた。音環はウィンカーを右に出した。
港の街並みに一瞬ほっとしたが、すぐに軽ワゴンはは左に折れてそのまま走って行った。
音環は左手に海、右手に山に挟まれた道を走ることになった。カーナビの時計はまだ15時なのに、空が灰色なせいか、夜を思わせるように暗い。……雪がやんだのが幸いだった。
「なあ……気になっていることがあるんだ」
少しだけ余裕が出たのか、音環は思っていたことを口にした。
「うちの銀行でオレオレが出た話、ちらっとしたと思うんだけど、ジ様やバ様、なんちゃって津軽弁でしゃべる息子の声って聞き間違えるもんかな」
ボク、聞いていない……隣で小さくつぶやく門亜の声が聞こえた。音環は慌てて言った。
「いや、門亜の所に行く前にあったことだけ言ったんだ。
あれ、俺だよ、って始まるだろ。息子がここを出ているなら、なんちゃって津軽弁でもだまされるんだろうけど、この前うちの銀行で預金を下ろすと言っていたバ様は、息子がこっちで働いているんだよ」
音環はいつも危ないことに首を突っ込む……門亜の不満げな声が小さく聞こえて来た。
「こっちに住んでいるか住んでいた人間が関わっているってことか?」
大河がシートの間から首を出した。
「少なくとも、かけ子はそうだろうと思ってる。ちょっと学んだくらいの方言って俺達でも分かるだろ。
よくテレビとかで見るけど、大阪の人怒ってるじゃないか。なんちゃってが一番イラっとするって」
確かにな……大河はつぶやいた。門亜は再びスマホの画面に打ち込み始めた。
雪が再び降ってきた。集落が表れては消え、眼下の鉛色の海が山肌を打ち付ける音を聞くたび、吸い込まれそうになって恐怖した。
いったいどこまで行くんだ。音環は奥歯をかみしめながら、ハンドルを握った。
カーブをいくつも越えるたび、リアタイヤが持っていかれそうな感覚にぞっとした。――青の案内板は、先ほどまで降っていた雪で半分隠れていた。
どこを走っているのか分からない。カーナビを見る余裕すらなかった。
「今どこ走ってる?」
音環は聞いた。ちょっと待って、と言う大河の声が聞こえた。
「弁天崎はこえたな。三厩湾の外れってとこか…もう少しで今別だ」
スマホの地図を見ながら大河は言った。
もう少しで今別だ、の声に音環は期待した。ほんの少しでいい。この恐怖から離れたい。今別に入ると、風が少しだけ弱まった。
それまで風の音しか音環の耳に届いていなかったのが、車のエンジン音まで聞こえてくるようになった。
身の回りの音がここまで安心させてくれるなんて、思ってもみなかった。
「ごめん。給油させて」
音環は海沿いの本線から山側のバイパスへと入った。白の軽ワゴン車は先に行ってしまった。
「三厩のほうに向かっている。あの道ではそう速く走れないだろうから、じきに追いつくだ。見失ったら、今別に何かしらの拠点がある、と言う可能性がある」
俺だったら、この時期にここでやるなら振り込み型の詐欺にするよ。軽だと、裏道はスタックするし。大河が言った。
しばらく山沿いの道を走ると、線路を超えたあたりでカーナビが示した通り、ガソリンスタンドはすぐに現れた。昼のように明るい光に、音環は感覚を取り戻したような気がした。
車を停めると、大河と空河は店内に入って行った。
スマホに打ち込みを終えた門亜も店内へと入って行った。音環は車を出ると大きく伸びをした。一瞬、雪を含んだ風が音環の頬を打った。おかげで頭がすっきりしてきた。
この際、竜飛崎だろうがその先だろうが行ってやる。音環も店内へと向かった。大河とすれ違いざま、車のキーを渡した。
音環が運転席に戻ると、後ろで大河と空河は大きな袋を抱えていた。
「食べながらいこう。腹に何か入れておくと全然違うから」
大河は言った。
「いろいろ買ったよ。鮭握りと梅干握りと……おやつと。後で掃除はするからさ。」
そういうと空河は音環におにぎりを渡した。レンジで温めたのかほんのり温かい。
「でか!俺たちさっき何か食べてなかったっけ?」
「んー?僕はもうおなか空いたよ?」
門亜が声を殺して笑い出した。そんな門亜に空河は「はい。」とさらに大きなおにぎりを渡した。
給油を終えて支払いを済ませると、再び走り出した。ガソリンスタンドを出ると急に暗くなった。一瞬、幻惑した。
しばらくすると、再び海沿いの道に出た。
相変わらず風が車体を揺らしていたが、音環は不思議と、いつもの道を走っている感覚だった。きっと、さっき食べたおにぎりの温かさが力になっているからかもしれない。
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