第9章 追跡 門亜、びっくりする②
「多分な。あの緑色のジャケットだろ。写真を見たら中に黄色のトレーナーだから、運送屋と間違えるだろうな。
頭の中が真っ白になっている人にとってはな。信じて、大金を渡したんだろう」
大河は言った。そして、隣に乗っていた空河がぼそっとつぶやいた。
「ニシンの漬物作ってくれた美代ばあちゃん、今階段から落っこちて入院しているんだ」
オレオレの電話を受け取った後、気持ちが動転して階段から落ちたんだ、と空河は続けた。年寄りの骨折入院なんて、後々の生活に響くのに。
空河の話を聞きながら、音環は体が熱くなるのを感じた。お金を取られた、未遂で済んだ、だけじゃない。電話が来るだけでこうも色々と狂わされるのか。
車内が静まり返った。門亜の、スマホでメッセージを送る、画面をたたく音だけが響いた。
「少しだけだけど、ナンバーが見えたから。本当は後ろについてくれればもっと見えるけど、危険すぎるからそれはやめてね」
門亜は言った。
「お茶飲む?」
再び車内は静まり返ったとき、その空気を破るように後部座席の空河が言った。
「だいぶ冷めちゃったけど」
そう言うとペットボトルのキャップを緩めて門亜に渡した。
「あとは助手席の人が音環のお世話してね。」
俺は小学生じゃない…と音環は言いそうになったが、お茶はありがたい。口の中はいつの間にか乾いていた。
「空河、いつの間にお茶買ったんだ」
「ん-。スーパーで音環と門亜がもめているときに、自販機があったから手あたり次第買ったんだ。」
空河は袋をごそごそと漁りながら言った。
「門亜にははい、これ。」
大河はぎょっとした。博多水炊きスープ 雑炊仕立て。空河、それはお前の趣味だろう…。これは好き嫌いが分かれる飲み物だぞ。
大河が止めようとしたが、門亜はにっこりしながら受け取った。2、3回缶を上下させてプルタブを開けるとふわりと柚子胡椒の香りが広がった。
「ん。おいしい。」
その声に、車内の空気が少しだけ緩んだ。
雪が降りだしてきた。紙をちぎったような雪が塊のようにフロントガラスに落ちてきた。
幸い、風は吹いていないからいいが……周りの風景に、白い軽ワゴンが同化しだして、見落としやすくなる。
「食べかけだけど、食べる?」
門亜が後ろの大空兄弟に、さっきまで食べていたスナック菓子を渡した。車内に広がるチーズの匂い。そして、サクサクと言う音が聞こえて来た。
「カレー味とポタージュ味もあるよ。……300円越えちゃったけど」
遠足じゃないぞ!音環は噴き出した。そして、ハンドルを握る手が緩んだことに気が付いた。
「遠足じゃないからね。いいんじゃない?それに遠足だとしても僕たちは大人だから予算はもう少し上げようよ」
のんびりとした空河の声が続いた。これは遠足か?アトラクションだとしたらかなりスリリングだな。音環は心の中で毒づいた。
信号が赤になった。軽ワゴンは少し前に通り抜けた。
「はい。音環」
門亜がスナック菓子の袋に割っておいた割り箸を入れて渡した。手が汚れないから……助かる。
「ボクも前を見ているから慌てなくていいよ。飛ばすと危ないし」
ん。音環は割り箸でスナック菓子をつまむとうなずいた。カレーの香りが鼻をくすぐった。が。これポタージュ味だ。
「どちらも食べられるように混ぜておいたよ」
後ろから空河の声がした。まったく。ちょいちょい笑かしにかかる。
あ、これはチーズ味だ。カレーの風味がしてもこれは、脳がバグらないな。などと音環が考えていると交差する信号が変わりだした。音環は隣の門亜にスナック菓子の袋を渡した。
白い軽ワゴンは次の赤信号につかまっていた。
青になり発進をしたが、音環たちが付いて来ていることに不審に思っていない様子だった。ほかの車と一緒に国道280号線を北上していた。
防雪柵には雪が打ち付けられていた。グレーの壁に安心を覚えたが、それでも風で車体が揺られた。これで気温が下がったら粉雪になる。
粉雪になったら……トラックがすれ違うだけでホワイトアウトする。防雪柵があると言うことは、そうなる可能性があると言うことだ。
音環のハンドルを握る手が汗ばんでいた。
「俺たちも横や前を見ているから大丈夫だ。音環」
大河は言った。大河の落ち着いた声に、音環はほんの少し、安心した。
「……助かる」
窓からの景色が、田畑から山間に変わった。1時間ほど走っただろうか。音環にとっては数時間走ったような感覚だった。
「外ヶ浜町」
青い案内板が左手に見えた。…まだ走るのかよ。
蟹田駅前で信号が赤に変わった。白いワゴン車は先に行ってしまったが…追いつくだろう。
ふう、と音環は大きく息をついた。雪が強くなっている。心なしか気温も冷えてきたような気がした。
「音環、これ飲む?」
空河が見るからに甘そうなジュースのキャップを開けた。
「甘いものを口に入れると元気が出るよ。」
…だから俺は小学生じゃない。そう言いかけたが、空河の言うとおりだった。ジュースの甘さが張り詰めていた心をゆっくりほぐすようだった。
大丈夫だ。まだ走れる。ここは人が毎日走っている道だ。俺に走れないはずがない。
信号が青に変わった。空河がはい、と同じジュースを大河に渡すのが見えた。大河が「俺はいい」と軽く手を振るのをミラー越しにちらと見て、静かに発信した。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
本日中にすべてアップロードする予定ですが、なろう成型をしながら文章の再チェックも入れているのでアップロードもまちまちです。
どうぞよろしくお願いします。




