第8章 新しい音①
スタジオでは、MVに合わせる楽曲の通しと録音を行っていた。
……勢いがない。大河は音環のギターが気になっていた。相変わらず繊細で美しい。アルペジオの切れはいつも以上だ。だが……覇気がない、と言うか、気持ちが別のところにある、と言うか。
そして、門亜のベースが空河のドラムに合わせているのが気になった。
門亜はどちらのギターにも合わせることが出来る。時には相反するギター同士を結び付けることが出来るが、今日は影を潜めてドラムに合わせていて無難な音楽になってしまっている。
空河もそれに気が付いているのか、とても退屈そうだ。
すべっタローが首をかしげた。そして、歌をやめると、いったん休憩しよう、と言った。そして、空河の所に行くと、何か頼んでいた。……猫のような奴だ。
その後、音環の隣に言って一緒に座り込んだ。
いつもなら、スタジオが静かになると音環が何かしら弾き出すのだが……今日はそれがない。門亜は門亜で、音環に近づきたいようなのに、距離を取っている。
そんな日もあるのかな。昔もあったが……音環と門亜が仲違いしたんだろう。
でも、この二人が仲違いをすると、こうも音が静まり返るなんて……気が付かなかった。まるっとひとり分、抜けたようだ。
大河がスタジオを観察していると、すべっタローがマイクなしで歌い出した。
あれは……逢瀬だ。音環のギターパートに合わせて歌っているのだろう。そして、音環もギターを弾き出した。ここは、確か門亜がベースを合わせている部分だ。
するとその時。空河がドラムを合わせだした。
なんでだ?メロディの質が変わってしまう。音環のアルペジオベースのメロディと重低音を聞かせたドラムでは音環の音がかき消されてしまう。
……いや。音環が空河のドラムに乗っかって、すべっタローの歌をかき消そうとしている。
すべっタローがマイクを持った。そして、ねっとりと、絡みつくように歌い出した。
マイクの音量だけではない。絡みつく声の一つ一つが、ギターの、ドラムの音を取り込んでいる。これは……呪詛だ。
空河は、自分たちを見ている大河に気が付いた。
そして、アイコンタクトをすると突然ドラムを止めた。まるで、大河にギターで入れと言っているかのようだった。
大河は歌に合わせて自分のパートのリズムを刻んだ。
――音環のギターの勢いが強すぎて、大河は飲まれそうだった。
それなら、と半音下げ、不協和音に仕立てた。それがかえって、すべっタローの歌を際立たせた。2人はすべっタローに飲み込まれる寸前だった。
空河はオロオロと音環を見ている門亜の背中をたたいた。ギターを引き留める、アンカーとしてのベースが必要だ、と耳元に口を寄せささやいた。
ボン。
門亜のベースが響き出した。正確なリズムを刻む門亜のベースに、浮足立っていたギターは落ち着きを取り戻した。すべっタローの呪詛は空回りを始めた。
大河はふいにギターを止めた。楽器は音環と門亜だけになり、セイレーンを思わせる、軽やかな透き通ったメロディーが流れだした。すべっタローの歌は完全に空回りになった。
その時。すべっタローは一拍ずらして歌い出した。今まで喉を酷使していたとは思えない、クリアな歌声だった。
……すべっタローには勝てないな……。
音環の指はしびれてきた。練習不足だ。ここ一週間、ほとんどギターを弾いてこなかった。負けを認めよう。
そう思った時、空河のドラムが入ってきた。大波を思わせるドラムだった。
全てを飲み込み、洗い流そうとしたが……すべっタローの歌声はそれを認めなかった。
まるで灯台のように。迷えるものを導くかのように。高いところに飛び上がって照らすかのようだった。
大河は、その歌声に、ギターを鳴らすことを忘れた。大河はこれ以上勢い良くしてはメロディを壊すことを感じた。
かろうじて、音環と門亜が灯台に絡みついていた。そして……歌が、曲が終わった。
すべっタローがよろよろと、座っていた場所まで戻ると、スマホの録音ボタンを止めた。そしてそのまま、息切れをしながら座り込むと、水を飲んだ。
大河は息を切らせたまま言った。
「どんなショッピングセンターに行くんだよ……」
ははは。すべっタローは笑った。そして、ドラムセットの向こうで空河も笑った。
「面白いよね。合わせる組み合わせでこうも変わるなんてさ」
そう言いながら、空河は音環を見た。音環はうなだれながら、ギターとケースを持つと言った。
「すまない……今日は、このまま帰してくれるか」
さっきまでのセッションで、頬は紅潮していたが、何となく青白かった。
ああ、と大河はうなずいた。そして、気を付けて帰れよ、と声をかけると音環はうなずいてスタジオを出て行った。
音環は家に帰るとまっすぐ自分の部屋に入った。そしてベッドに倒れこむと天井を向いて、まだ熱を持っている手をじっと見つめた。
さっき弾いた逢瀬は……1人で戦ったり、助けてもらったり。助けてくれたやつが襲ってきたり、とんでもない歌だった。
空河に声をかけていたから……あれはすべっタローが考えたことだろう。
直感で入ってくる大河も門亜も凄かった。組み合わせで音楽の色が変わるなんて……一曲の中でそれが表現されるだなんて……思ってもみなかった。
俺、音楽諦められるのかな……今の生活をしたまま、音楽がやれるって言うのに。
いつか喪失するとしても、大切な一コマとして記憶の中にしまっておくまでにはやらせてもらえそうなのに。こんなに素晴らしい音の中でやらせてもらえるのに……。
音環は枕に顔をうずめると静かに涙を流した。
第8章 新しい音 投稿始めました。
この章は長いので4章に分けています。
……いつも長いですね。ゴメンナサイ。
お付き合いをくださりありがとうございます。
8/15追記 章番号が半角でしたので①-④修正しました。




