第6章 樹氷が奏でる津軽道③
カズヤを送った後、自宅に戻った音環は久しぶりに2階の二間続きの部屋に向かった。
真ん中をアコーディオンカーテンで仕切られるようになっている、9畳くらいの部屋だった。
もともと、父親の部屋だったと聞いている。兄弟がいる予定でその形にしたと祖父が言っていた。結局、1人っ子だった父は1人でその部屋を使ったそうだが。そして、今は祖父母の荷物と父母の荷物が積まれている。
これも、片づけないとな。音環は袋を開けると、次々に中に入れて行った。
形見分けは終わっている。だからどう処分しようと問題ないと言われている。海外に住む父親からは、出来れば家は処分したいが、そのまま住むのだったら固定資産税や修繕の費用は自分で出すよう言われた。
思い出が詰まっているから出たくはなかったが……この家は1人には広すぎる。
防音室を手放すのが残念だが……ギターをそんなに毎日弾いていただろうか。大学の時はどうだっただろうか。本格的にギターをやらないなら、別に、そこまでこだわらなくてもいいだろう。
捨てられずにいた祖父母の衣類を袋に入れると3袋くらいになった。
これは明日朝に出しておこう。空になった衣装ケースを重ねた。これは粗大ゴミだな。ひもで縛って、一つのごみとして出そう。明日昼休みにでも電話だな。
2時間ほど、祖父母が持っていた本をまとめたり、不要なものをひとまとめにしたりしていると、9畳の部屋を埋めていた祖父母の遺品は大分片付いてしまった。
祖母が趣味で集めていた、干支の置物だけが床にポツンと置かれた。――これ、引っ越し先に持っていけるかな。
シャワーを浴びようと、部屋にいったん戻り、部屋着を持った。そしてリビングを通り抜けようとしたとき、わずか1週間前、3人でにぎやかに夕食を囲んだ映像が浮かんできた。
――あれはきっと夢だったのだろう。
ボイラーのスイッチを入れ、脱衣所に向かった。そして、風呂場でカランをひねると熱いお湯が出た。
この時期、シャワーだけじゃ風邪を引きそうだが今日はそんな気になれなかった。
早く布団に入って明日を迎えたかった。眠れば、今、心の中にいるちょっとした痛みを伴う気持ちも葬ることが出来る。あとは淡々とことを進めるだけだ。後戻りをする余裕なんてないほどに。
カズヤ……お前は俺を知らないだろう。
俺は、音楽をまじめにやることはできない。むしろ、まっぴらごめんだ。
音楽をやるために、父親も母親も俺をそれぞれの祖父母に預けた。青森に来たのも、東京の祖母が施設に入ったためだ。
青森に来て初めて、人と食べる食事がおいしいのを知った。中学入学前年に引っ越したのには困惑したが、青森の祖父母には感謝している。
みんなとは音楽でつながれたが……それも、じきに終わりだろう。本格的にやらないならいずれ、仕事の忙しさに流されて自然消滅するはずだ。
それがちょっと早まっただけだ……
シャワーを出て慌てて体を拭くと、着替えもそこそこに暖めておいた自分の部屋へと駆け込んだ。スマホが点滅していたが、あえて無視をした。
誰だか知らないが、俺を引き留めるな。
そして、枕にタオルを敷いてベッドにもぐりこむと、部屋を真っ暗にした。目を閉じてそのまま眠りに落ちた。
既読にならない。門亜は何度もスマホの画面を見た。
怒って車を降りるんじゃなかった。本当は、音環が危ない目にあって欲しくなかったんだ。だけど、自分が無能だと言われているような気がして……そこから逃げ出してしまった。
門亜は窓から外を見た。階下にある、外のコインパーキングは雪で埋もれていた。
わずか10年とちょっと前。コインパーキングになる前は家が建っていた。そして、自分より2つ上のお兄ちゃんがいた。
お兄ちゃんが中学に上がるまでは、とてもかわいがってくれていた。大好きなお兄ちゃんだった。
それがある夏の日。おやじ狩りにあっている人を助けようとして、逆に暴行を受けたらしい。僕が最後に会ったのはお葬式だった。
音環に、同じような目にあって欲しくなかった。
怒ってるよね……。
門亜は1週間前の、空河と3人で食べた音環の家のリビングを思い出していた。いつも味がしないご飯が、音環の家では美味しく感じた。
ボクの大好きなものをたくさん出してくれた。夕飯をお菓子で済まそうとするといつも怒るのは音環だ。そして、必ず、家に連れていかれて普通の食事を取らされる。
自分の家でもご飯は出るけど……1人で夕食を採ることが多かったから味なんてわからないし、体にいいのかすらわからなかったよ。
でも、音環の家のご飯はボクの体を考えてくれているってよく分かった。
ごめん。音環。ボク音環に謝りたい。そして、危ないことには首を突っ込まないでって言いたいよ。道が違っても、たまにでもいいからボクと遊んでよ。
スマホを握りしめ、布団をかぶっているうちに門亜は眠ってしまった。朝日がさしているのに気が付いて慌てて着替えると、ゼリー飲料をくわえ、遠回りして音環の家の前を通った。
ゴミがたくさん出ているのが気になった。
雪の上に、ガレージから伸びる新しいタイヤの跡で音環が出勤したのを知った。
帰り、もう一度寄ろう。門亜は思ったが、その日はあいにく多重事故が続き、書類の作成で遅くなってしまった。
お付き合いくださりありがとうございます。
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