第6章 樹氷が奏でる津軽道①
翌日、音環はカズヤに頼まれて津軽道を走ることになった。別の楽曲の素材を撮りたいから、とのことだった。
こっちの方は、いくつかの風景映像と写真を組み合わせたものに、スタジオで演奏する自分たちを時折入れるらしい。上手く行けば、逢瀬と一緒にYouTubeに上げられる、とのことだった。
すべっタローを誘ったが、小さなつららエクスカリバーがいくつもささるスタンプと一緒に、お腹が痛くて無理、と返事があった。
「スタジオの時は、みんなライブの時のような恰好をしてきてね。門亜は特にメイクはきちんとね」
とカズヤは念を押した。デジタル処理で、表情に合わせてメイクを施すことが出来るそうだが、それでもたまにメイクが消えるときがあるらしい。
YouTubeで収益化がされていなければ音環も大河たちも問題にはならないが、門亜だけはそうもいかない。
ロックってそんなに品位を下げるかな……音環の脳裏には、白の制服姿でタクトを振る音楽隊の指揮者が浮かんできた。
確かに彼らはメイクもピアスもしていない。白の制服が穢れのなさを表している。品行方正を体現したような姿にモヤッと、まるで自分が陰に置かれたように思えた。
大空をはばたく白鳥を見上げるアヒル。俺は醜い子でもなんでもないただのアヒルだ、と、名前も知らない、白い制服の指揮者に毒づいた。
音環が運転する車はしばらくすると青森ICに差し掛かった。その時、ごめん、の声とともに後ろから冷たい空気がすっと入ってきた。後部座席のカズヤがほんの少し窓を開けたようだ。
青森ICから黒石ICに向かって走ると、少しして背の高い木々に囲まれ出した。風に打ち付けられた激しい雪が、がちがちに凍りながら木々に張り付いて樹氷になる。まるで雪の結晶が、そのまま樹氷になったようだ。
「これが撮りたかったんだ……!」
後ろから、静かに興奮するカズヤの声が聞こえて来た。音環はちらと運転席側の窓から外を見た。雪の温かみと氷の厳粛さ。どちらにも共通しているのはすべてを包み込み飲み込んでいく包容力だ。そして、春には溶けて土に流れ込んで栄養となる。
門亜は助手席側の窓を少し開けてシャッターを切っていた。時折現れる生活の息吹。畑の脇に見える車庫のようなものは、きっと農機具が置いてあるのだろう。少し褪せた赤い屋根が淡々と畑を見守っているようだった。
「これは何の楽曲に合わせるの?」
ふと、気になり音環は聞いた。逢瀬ばかり気になってもう一つの楽曲は頭から抜けていた。
「あ、うん。『2026デジタルとの邂逅』に合わせようと思って」
カズヤの答えに、音環は歌の内容を思い出していた。
確か、画面の向こうのクリエイターに恋をする歌だったな。魅力的な映像コンテンツを発信するクリエイター。今の時代、自分を表すアイコンがキュートな女の子であっても、実のところ、男なのか女なのかは分からない。それでも愛してしまったよ、と言う曲。
ただ……その歌をすべっタローはまるで怨嗟をまき散らすかのように歌う。初めて聞いたときはコミカルな歌だったんじゃないか?
「あの歌……俺、デモテープを聞いたときはコミカルな曲だったと思ったんだけど、すべっタローは何て言うか……怨嗟をまき散らすかのように歌うんだよね。あれってどういう世界観なの?」
音環は慎重にハンドルを操りながら、カズヤに聞いてみた。
「うん……歌い方はすべっタローに任せているから分からないんだ。逢瀬だって、最初はあんなにダークな音楽じゃなかった」
カズヤは慎重に言葉を選んで言った。
「でもさ、そっちの方がしっくり合ってしまうから、すべっタローは天才だよね、そしてそれに合わせて世界観を広げるSAKIOTTEもさ……」
だから、音環、僕と一緒に東京に来ない?と言いそうになるのをぐっとこらえた。まだだ。口説くなら、逃げられない場所にしないと。
車はいったん黒石ICを降りた。そして少し行った先で何回か左に折れるとまた黒石ICから高速に乗った。
同じ風景でも、反対から移すと違った顔になる。カズヤは座席を移動すると助手席側から樹氷を撮りだした。門亜もいくつか樹氷を写した。……門亜はきれいなもの、かわいいものが好きだったよな。音環は後ろの車に気を付けて少しだけ減速をした。
除雪後の圧雪が、チェーンを付けた車が走ったせいかガタガタ言い出した。
ハンドルを取られそうになり、音環はひやりとした。時折、融雪剤で路面を傷めたせいか大きな穴があることに気が付いた。
これに直接タイヤを突っ込むとバーストすることもある。交換しかないが、一本だけタイヤパターンが違うスタッドレス、目立つんだよな……。
無事に終わりますように。音環は祈るようにハンドルを握った。
1周撮り終えると、見えなかった風景が見えてくる。もう1周いい?とのカズヤの頼みに、再び音環は車を走らせた。
樹氷が醸し出す厳かな雰囲気。背景に映る白の印影。そして空、空気、匂い。3周する頃には、すべてが収まってきた、とカズヤは思った。心の中で黙々とハンドルを握る音環に感謝した。
「ありがとう。いいのが撮れたよ。ちょっと確認したいから、どこかで停めてもらえない?」
カズヤの言葉に、音環はうなずいた。そして、高速を降りて少し走らせた先のコンビニに車を停めた。
「駐車場に停まったままだと怒られるから、何か買おう」
音環がそう言うと、さっと門亜は車を降りて店の中に入った。……ここは麦わら帽子をかぶったおじさんのお菓子は置いてあったか?
「音環、今日ちょっと後で、話できる?」
カズヤが音環に話しかけてきた。
「うん?今日は予定がないから大丈夫だよ。何かあったのか?」
青色申告の締め切りも一月切ったもんな。などと考えていると、門亜が帰ってきた。
手には大事そうにおでんの大きなカップを持っていた。鍵を開けようと音環がリモコンキーのスイッチを押したとき、門亜はあっ、と言う顔をした。そして音環を見ながらもじもじとし出した。ああ、生姜みそ貰い損ねたな。
「とりあえず車に乗って待ってて。買い物ついでに貰ってきてあげるから」
仕方ないなぁ。と音環はコンビニに入って行った。音環の後をついて行きながら、カズヤはちょっとタイミングが悪かったな、とつぶやいた。
……生姜みそをもらい損ねたんだけど、お箸ももらい損ねてしまった。音環、貰ってきてくれるかな……。おでんのカップで指を温めながら門亜は店内の音環を見た。カズヤが何か音環に話しかけている。
カズヤが音環に話しかけるときは大体ロクなことがない。あおった結果、ひと月学校に来なかった。大学は……結果としては一番いいところに行ったからいいんだろうけどさ。ボク、国語だけは壊滅的にダメだったから、ついて行けなかった。
1人だけ別の大学に行くことになったんだけど、何故か、大河と同じ大学に行ったすべっタローが教室に潜り込んで僕と一緒に授業を受けていたな。あいつもよくわかんない。
お付き合いをくださりありがとうございます。
今回は章全体が長かったため、字数も2800字ちょっとになりました。
残りの2つは2500字程度になる予定です。




