第5章 閑話休題 ごはん・ごはん・ごはん ―2・煮干しラーメン②
土曜日がやってきた。――深夜バスでやってきたらしいカズヤは、朝から青森に来て逢瀬のためのMV撮影のために、いろいろと注文をつけていた。
浅虫海岸に来ていた。
シスター服を着た音環と門亜は、椅子に腰を掛けて楽器を弾くポーズを取らされた。仲良く演奏をするセイレーン姉妹。時折音環が左を向いては、通りかかる船を今か今かと待ち構えているポーズに変更された。
時折、セイレーン姉妹の後ろを大空兄弟が通りかかったが、セイレーン音環に首根っこを掴まれた。空河は大河を見捨てて通り抜けた。
すべっタローは前を通り抜けようとしたが……セイレーン姉妹はさっと椅子を降り、まとわりついた。
誰かに会う前に、海の底に行っちゃってるじゃないか。それとも海の底にお店があるのか?心の中でカズヤに音環は突っ込みを入れながら逢瀬の歌詞を何とか思い出さそうとした。これ……元歌は確かスーパーのCMソングだったよな。
一通りMVの素材を撮り終えるころには体が冷え切っていた。私服に着替えたメンバーにカズヤは言った。
「前よく行った煮干しラーメンを食べに行かない?」
すべっタローから第2第4土曜日は営業するって聞いたんだ、とカズヤは続けた。
「今日やっているんだ!懐かしいな」
音環が言った。すると、大河も久しぶりだな、と相槌を打った。行こう、となりそれぞれの車でラーメン屋に向かうことになった。
――なんだか面白くない。音環の車の後ろに座ったすべっタローは思った。カズヤが誘うからみんなで行こう、となったように思えた。
「音環、今銀行忙しいの?」
すべっタローの隣のカズヤが聞いてきた。
「うん。まあ、決算が近いからね。3月はこれ以上になる」
赤信号になり、車は止まった。ウィンカーのカチ、カチという音がリズムよく響いていた。
「へえー。じゃ、バンド活動も難しい?」
「いや、土日に出勤ってことはないから出来なくはないけど……。ただ、急に行けなくなるとかありそうだからライブだけは避けたいかな」
あ、そうだ、と音環は続けた。
「すべっタロー、電話ごめんな。いくつか貰っていたけど、残業していて返せなかったんだよ。返すには返したんだけど……深夜にごめんな」
ん?深夜?すべっタローは着信履歴を見た。確かに、音環の履歴のいくつかに赤い戻り矢印が付いていた。ほんの少し、すべっタローの頬に赤みがさした。
銀行も大変だよねー、と言うカズヤの独り言のような声が聞こえた。
信号が青に変わった。車はゆっくり走りだすと横断歩道の手前でいったん止まった。音環はきょろきょろと左側の歩道を慎重に見ていた。横断歩道でいったん途切れた除雪の山は、小柄な人ならその影を隠してしまいそうだった。
右から来る人が渡り終えた後、音環は静かに車を走り出させた。カズヤは感心するように言った。
「運転、丁寧だよね」
「隣に門亜がいるからね」
教習所の教官より怖い人がね、と音環は苦笑しながら付け加えた。
「それにしても久しぶりだな。あのラーメン屋。平日だとスーツににおいがついて、クリーニングに出さないと取れないから、行きたくても行けなかったんだよね」
音環の言葉にすべっタローはぱっと顔を上げた。もしかして、オレ、誘うタイミング悪かった?
「門亜をとにかく誘ってやって。この前なんて夕飯、スナック菓子で済ませようとしていたんだから」
ははは、それはひどいや。すべっタローは笑い出した。そして、笑い続けるすべっタローの隣で、カズヤは音環の言葉に一瞬だけ引っかかった。
夕飯をお菓子で済ませるってなんで知ってるの?きっと、知ったら音環のことだから、ご飯を一緒に食べているよね。どこまで仲を戻しているの?
その時、ぼそり、と隣から声が聞こえて来た。
「そんなに、夕飯をスナック菓子で済ませていない」
ははは、とすべっタローの笑い声が続いた。
「じゃあ、昨日の夕飯言ってみろよ」
と、音環が返すとしばらく門亜は沈黙した。そして、しばらくしてぼそっと一言
「豆大福」
と返事をする門亜の声が聞こえて来た。
音環ははぁぁ、と深く息を吐いたあと、それはタンパク質じゃない、と続けた。
「すべっタロー、とにかく門亜誘って。俺、マジで心配」
OK、分かったよ、とすべっタローは返した。その隣で、カズヤは複雑な顔をしていた。
ラーメン屋には音環たちが先に着いた。大河たちが先に出たはずなのに、と音環が首をかしげていると、少しして大河が運転する軽SUVが入ってきた。
「あっ!ずるいぞ!」
音環は声を上げた。大河たちは高校の時のジャージを着ていた。中にトレーナーを着こんでいたのか少しふっくらしていた。
「寒いから……先に入るぞ!」と言うと大河と空河は店に駆け込んだ。
におい対策でここまでするかよ……と音環は呆れた。と同時に、高校のジャージ姿の2人が、自分も高校時代に戻してくれたような気がした。
「おじちゃーん。今日はモテモテだよー」
引き戸を開けながら声をかける、間延びしたすべっタローの声が聞こえて来た。門亜がすべっタローの後ろから店の中に滑り込んだ。音環がカズヤと一緒に店内に入って座ると、カウンターはすべて埋まってしまった。
先に座っていた大河たちからは「ラーメンとチャーハン!」と言う声がカウンターの中に響いていた。
「いやあ、にぎやかだねえ」
店主がすべっタローに向かって笑いかけた。すべっタローは少し恥ずかしそうに笑って返した。
音環が注文するよりも早く、ラーメンが並び始めた。懐かしいな。この感じ。先に座った人間が6人分の注文をしたっけな。……まてよ。と言うことは今日も?
ラーメンが半分になるころ。音環の前にチャーハンが置かれた。……やっぱり!
「や、だから、俺はチャーハンじゃなくて餃子のほうがいいって前から言ってるだろ」
音環は大河に言った。すると大河はすかさず、
「おじちゃん、餃子6人前!」
とカウンターの中に声をかけた。あーあ。やられた。大空兄弟は通勤はジャージだからいいけど、俺はスーツなんだぞ。サイズアップは死活問題だ!
そしてちら、と門亜を見た。こいつはどれだけ食べても食べなくてもサイズは変わらないし……。食べ太郎はリンゴ農家で常に私服だから、カウント外だ!
明日からダイエットだな……。チャーハンの山にレンゲを差し込みながら音環は思った。すくった後の山から蒸気が上がるのを見て、うん。ダイエットは明日から。と音環は繰り返し言い聞かせた。
第5章閑話休題、全編投稿いたしました。
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