第5章 閑話休題 ごはん・ごはん・ごはん ―2・煮干しラーメン①
にぎやかでいいなぁ。
平日の夕方のショッピングモールは、ちらほらと仕事帰りの人が訪れだしていた。解放されたような顔、夕飯の食材を買うちょっと急いだような顔、そして、友だちとはしゃぐ声……。すべっタローは人とすれ違うたびに振り向いた。
1時間くらい、店を回りながらうろうろしただろうか。すべっタローはスマホを取り出すと通話履歴から大河の電話番号を探し出した。
「出るかな……」
スマホの通話履歴には、音環にかけた発信履歴がいくつも残されていた。
5・10日じゃないのに、なんで出ないんだろう。
グループメッセージで『煮干しラーメンを食べに行かないか』と誘った時は、メンバー全員から『今日は空いていない』と返事があった。だから、今日は直接電話しているのだけど……。
「あ、大河?ラーメン食べに行かないか?」
電話の先では大河から困ったような声が返ってきた。
「ごめん。今日は空かない」
やっぱり今日も断られた。すとん、とすべっタローは近くのベンチに腰を掛けた。
「空河は?」
「空河も難しいかな……。テストが近いんだよ」
申し訳なさそうな、大河の声が続いた。すべっタローは気にしないで、というかのように軽く答えた。
「ふーん。小学校も大変だな。気をつけてな」
「ごめんな」
電話が切れた。心の中が暗くシン、と冷えた。門亜は当直だから、誘えないし……これ以上断られたら、オレ、消えてしまいそうだ。
モールを出てとぼとぼ歩いていると、ここしばらく通い詰めている煮干しラーメンのお店が見えてきた。煮干しで出汁が濁るまで煮詰める、味の濃いスープが特徴である。
「おじちゃーん、今日も音環たちにフラれちゃったよぅ」
美味しいのになぁ。なんでだろ。とつぶやくとカウンター席に座った。チャーハンも付けてね。とすべっタローが言うと、中から
「今日も来たのかい。嬉しいけど、食べすぎじゃないか?」
と心配そうな声が飛んできた。
「農家もボーカルも体力が仕事だから、たくさん食べないと!煮干しはオレの力の源なんですぅ」
最後は歌うように言った。おじちゃん。今日も温かいなぁ。
言うねえ、と店主の声が聞こえた。続いてボシュッ、とガスに火が付く音がした。
チャーハンは火力が強くないとパラパラ言わないよね。
すべっタローの耳にはあっという間に高温になった油で、炒められるご飯が爆ぜる音が聞こえて来た。続いて、中華鍋とお玉がぶつかる音がした。
いったん音が止まると、ねぎを入れ、またリズムを刻むように中華鍋をお玉で叩く音が続いた。音が止まると事前に刻んである具材が入り、そして再び中華鍋をお玉が叩いてリズムを刻む。
つい、チャーハンを頼んでしまうのは、このリズムを聞きたいからなのかもしれない。でも、しっかり食べてしまうけど。
ココココン、と軽くたたく音が聞こえて来た。もうこのリズムも終わり。チャーハンが出てくる。
「お待ちどう。ラーメンはすぐに出すからね」
と言ってカウンターにチャーハンが乗った。たくさんの湯気が上に伸びている。ほんのり玉子がきつね色に染まっていた。
「いただきます」
すべっタローがレンゲでチャーハンの山のふもとからご飯をすくい上げると、中からも湯気が上がった。
そのまま口に入れると、熱さと一緒にいろんな味が油でまとめられてなだれ込んできた。SAKIOTTEもみんな尖ったままどこかになだれ込んでいければいいのにな。
高校の時は、何をやってもよかった。カズヤはよく音環をあおっていたし、音環はムキになっていた。
ひと月近く高校に来なかったこともある。後で聞いたら、上野駅の駅前で弾き語りをしていたらしい。
門亜の目線当ても楽しかった。大体カズヤと音環が答えを当ててしまうから、もっぱら大河と空河と3人で、門亜の目線から何が言いたいかを当てていた。その中ではオレが結構当てていて昼のパンをせしめていた。オレ、大河によく怒られていたけど、大河は音環によく怒られていたな……。
大学では別々になってしまって、活動も高校ほどでは無くなってしまった。カズヤと音環は宮城、門亜は八戸に行ってしまったからなおさらだった。
たまに、弘前のライブハウスで演奏をしたけど……その頃からかな。みんなの中で24時間365日、音楽だらけにならなくなっていったのは。みんな帰ってきて、落ち着いた今また始まったけど……それでも音楽が一番じゃなくなったのは変わらない。
「すべちゃん。ラーメン上がってるよ」
店主の声に、すべっタローは慌てて顔を上げた。
いつもなら、チャーハンの皿は空になっているのに、今はまだ半分残っていた。すべっタローはチャーハンの乗っている皿を少しずらすと、どろどろに濁った煮干しラーメンを右に置いた。
「今日はどうしたんだい。上の空じゃないか」
店主の言葉に、すべっタローはつぶやいた。
「誘ってもみんな仕事が忙しくて、来てくれないんだよね……なんかオレ、置いてけぼり」
そう言うと、勢いよくラーメンをすすった。
「こんなに美味しいのに……」
ぷくっ。頬を膨らませようとしたが、ラーメンが邪魔をして上手く膨らませられなかった。そんなすべっタローの様子に、店主はふと、聞いてみた。
「カズヤさんは今度いつ帰ってくるの?」
「ん-?週末、土日に帰ってくる」
ん?なぜ?いきなり?
「そうかい。じゃあ、土曜日にまた来なよ。うちも第2第4土曜日は営業することにしたからさ」
店主はすべっタローの目をじっと見て、ニカッと笑った。つられてすべっタローも笑った。今度の土曜日か。今度こそ来てくれるといいな。
2 煮干しラーメンも二つに分かれます。
よろしくお付き合いくださいませ




