第5章・閑話休題 ごはん・ごはん・ごはん ―1・おとな110番①
日曜日。音環が、近所の魚屋から買ってきた干物とたらこを冷蔵庫に入れていると、空河からレシピが届いた。
それは浅虫海岸の撮影の時に、空河のバ様の漬物仲間に聞いてほしい、と頼んでおいた身欠きニシンの漬物のレシピだった。
米のとぎ汁でにおいを消してから山椒の葉と交互に重ねてつけ汁に漬けるとある。分量も書いてあった。……とても助かる!で、山椒の葉?
どこにあるんだ?音環はスマホで調べた。すると、初夏に出回る、とあった。
なんだよ……初夏までお預けか。もっとも、高校くらいの時まで毎年ちょこちょこ作ってくれていたから、庭に山椒の木があるかもな。春になって、葉が出てくるようになったらどれが山椒の木か見てみよう。
保存。
音環は祖母の顔を思い浮かべながらリボンのマークをそっと押した。
少しして、また空河からメッセージが届いた。
『山椒で香りづけをするレシピは初夏だから、冬の時期なら塩こうじでつける方法もあるって言っていたよ』
塩こうじか。試してみようかな。音環は『よければそのレシピももらえる?』と送った。すると。
『漬けたものも、貰ったよ。おすそ分けしよか?』
と返ってきた。それを見た音環の心は急に空河の家に飛んだ。うん。食べたい。
『今から行く!でもレシピもちょうだい!』
音環はジップロックの入った箱をカバンに入れると、ガレージに行き、そそくさと車を出した。
急とはいえ、人の家に行くならお茶くらいは持って行かないとだな。音環は家の近くのコンビニの駐車場に車を滑り込ませた。エンジンを切って、ドアロックをかけると、ちょうど店のスライドドアを閉める門亜に出会った。
「門亜、仕事の帰り?」
門亜はうなずいた。相変わらずこの男は顔が青白い。
「夕飯は?家?」
と、音環が声をかけると、門亜はコンビニで買ったものを軽く持ち上げた。音環は袋から透けて見える“それ”に怪訝な表情をした。
……麦わら帽子をかぶったひげのおじさんのスナック菓子と、くちばしが付いたチョコレート菓子が見える。いや、それしか見えない。
「門亜……それはお菓子だろう。おやつじゃないのか?」
音環が呆れたように言うと、門亜は不満げに言った。
「期間限定」
いや、知っている。もうこっちでは売っていないお菓子だってことも。だからって、お菓子を夕飯にする免罪符にはならないだろう。
「門亜、俺のうちでご飯食べて行けよ。お前の好きなたらこ、あるからさ。ご飯も炊くし」
たらこ、の一言にさっきまでぷっと膨れていた門亜の顔がぱっと輝いた。炊きたてのご飯に、おおきなたらこ!門亜は思わずうなずいた。
音環はコンビニで2Lのペットボトルのお茶を二本買うと、門亜を乗せて空河の家へと向かった。家の前で車を停めると、車の音で気が付いたのか、音環が車を降りたとき空河の家のドアが開いた。
「あ、空河!いろいろとありがとう!」
はい、これ、とコンビニのビニール袋に入ったペットボトルを渡した。空河が漬物が入ったタッパーを渡そうとしたとき、助手席に門亜がいるのに気が付いた。
「どこか出かけるの?」
ご飯を食べに行くなら僕も行きたいな。と続けた。
「いや、家で食べようと思って」
音環はそう言うと声を潜めた。
「門亜が、また夕飯をお菓子で済まそうとしてね。たらこもあったし、ご飯に誘ったんだ。空河も来る?ご飯はこれから炊くから少し遅くなっちゃうけど」
たらこ、と聞いて空河の目が少しだけ大きくなった。
「行く!ちょっと待ってて。ばあちゃんに出かけてくるって言ってくるから」
そう言うと、空河は家の中へ消えて行った。そして、少しするとばたばた、と走る音が聞こえて来た。
「おまたせ~」
玄関のカギを閉めると、空河は後部座席に入り込んできた。
「ねー。テレビつけてもいい?音がないと落ち着かなくて」
リビングから空河の声がした。年寄りの家あるあるだよな……見ないけど音が欲しくてテレビがつけっぱなしってやつ。音環は苦笑した。
「バ様が亡くなってからテレビつけてないから、つくかは分からないよ」
と音環が返すと、やってみる、という空河の声が聞こえた。しばらくすると、わざとらしいたくさんの笑い声が聞こえて来た。ああ、これも年寄りの家あるある。
「味噌汁は豆腐となめこでいいか?嫌いなものがあったら言ってくれ」
音環はリビングの2人に向かって声をかけた。すると、空河から
「好き嫌いは致しません!」
と冗談めいた返事が返ってきた。何だか……楽しいな。音環はちらりとリビングの様子を見た。門亜がテレビを見ながら、スナック菓子の袋を開けようとしているのが見えた。
「門亜、夕飯の前だからお菓子は少しにしておくんだぞ」
何だか、母親臭いぞ。俺。最も俺は母親にここまで構ってもらったりしなかったが。
そうしているうちに、鍋のお湯がこぽこぽと沸騰し始めたので、棚の上からインスタントコーヒーの瓶に入った顆粒出汁を人さじ入れた。そして、いったん火を止めて味噌を入れると静かに豆腐を切りながら入れた。
「魚は焼くか?」
カチリ、と鍋の火をつけながら音環は聞いた。
「ん-。僕はいいよ。あ、門亜もいいって。僕はどちらかというとさっきの漬物食べたいな。ばあちゃんの所で食べると母さんに怒られるんだ」
何だか……ここんちも複雑だな。空河の言葉にそう思いながら、音環は味噌汁が1つ、2つと泡が上がってきたので火を止めた。
「味噌汁できたぞ。取りに来て」
音環が声をかけると、空河がすぐにやってきた。門亜も、お菓子の袋を脇にそっと置くと続いてやってきた。
音環が、お盆はそっちな、と食器棚の上を指さした。空河が布巾でお盆を軽くふき終わったとき、音環はよそった味噌汁を3つ、お盆に乗せた。
続いて、漬物を小分けにした小鉢を3つ、門亜に渡した。門亜は器用に手の上に乗せると、リビングに消えて行った。――ご飯がちょうど炊きあがった。音環はお茶碗を渡すと、食べる分よそるように言った。
冷蔵庫からたらこを出して、一口大に切った。それを2つ3つ小皿に乗せたものを3皿用意すると、お盆に乗せて空河に持って行ってもらった。
さあ、ご飯だ。音環は割り箸を2膳引き出しから取り出すと、リビングに向かった。
普段見るおかずたち。なのに、テーブルに並ぶそれたちはまるで、誕生日会のごちそうにも見えた。久しぶりだな。これ。音環は割り箸を2人に渡した。
閑話休題の章は、章の中に小さな話が入っています。
なので、ちょっとタイトルのつけ方が変わっています。
よろしくお願いします。




