16. きっと本望
「シークレット―――ブル―――――!」
オーガスタはシュッパ―――ンと真っ直ぐ片足を上にあげた後、何やら複雑なアクロバティックな動作を繰り出しながら前方を向き、だいぶタメを作りながら名乗りを上げる。
目撃した男子生徒らは、あんぐりと口を開けているだけで、笑ったり揶揄ったりする気配はない。ある種の混乱により固まっている状況に違いない。
オーガスタはポーズを維持したまま、セラフィにアイコンタクトを取って来る。
…キラキラと期待を滲ませた瞳からは息苦しいまでの圧が発せられていて、逃げることなど許されそうにない。
それに、もしここで逃げ出しても「待てセラフィ―――――!!」とか、校舎中に響き渡るレベルの全力の腹式呼吸でもって叫ばれてしまうことが、未来予知の如く鮮やかに脳裏に描き出されてしまい、セラフィは後がないことを悟るしかなかった。
想定外に観覧者が出来てしまったものの、それも今ならたった二名。
どうせ、既にもうピンクのマントと仮面を纏った女子生徒がいることは目撃されてしまっているのだ。これ以上目撃者が増える前に、速やかにミッションを達成して、とっとと逃げるが勝ちなのではないだろうか。
腹を括ったと言うよりは、やけっぱちになったと言った方が正しいような気はするが、セラフィは、羞恥心からか乾いて張り付く口を必死に開いて、何とか声を絞り出した。
「し、シークレットピンク…」
ポーズなんて少しも考えちゃいなかったので、マントを摘まんで、カーテシーのようにちょこんと小さくお辞儀をした。
『ザ・無難』ではあるが、名乗り義務は果たした。果たしたはずだ。
だが、オーガスタは少しも納得してなどくれなかった。
「やりなお―――――し!!」
「へ?」
「なんだピンクその気合いの足りないポーズは! もう一回最初から!」
「えっ…え?」
ぶっつけ本番なんて、クオリティは問わないのが暗黙の了解ってものだとセラフィは思うのだが、オーガスタには敏腕プロデューサーばりに拘りがあるらしい。
一刻も早く立ち去りたいセラフィの退路を容赦なく断つ悪魔の所業ながらも、哀しいかな、そこには悪意がない。
「はい俺と背中を合わせて! 上半身は少し捻って皆さんに顔を向ける!」
「え…こ、こう?」
「両手でハートを作って!」
「………ハート………?」
「少し首を傾げて、皆さんの心臓を撃ち抜くつもりでハートを投げる!」
熱心にレクチャーするオーガスタに気圧されて流されそうになっていたセラフィだが、幸か不幸か、ふと我に返る冷静さを失ってはいない。
「………ね…ねえオー…じゃなくてブルー、私のポーズになんて何処にもニーズないから、さらっと流そう…?」
「いやある! マジである!」
「そんなわけ…」
「俺はこれで一生マウント取ってやるつもりなんだから、気合入れてくれピンク!!」
「ええ…? 何のマウント………?」
何かよくわからないままに観覧者役を押し付けられた男子生徒らは、ただぽかんとするばかりだったのだが、無駄に目立つ色違いの衣装を纏いながらもテンションは天と地ほど異なるという何処かちぐはぐな二人のやりとりを眺めているうちに、図らずも気づいてしまったことがあり、ついつい心の声を漏らしていた。
「…なあ、あれってオーガスタだよな?」
「身長といいガタイといい髪色といい、そして声といい、完全にオーガスタだな…」
(ほら~…。だから隠せてないって言ったのに~…)
オーガスタがちっとも正体を隠せてないのは、セラフィもひしひし感じていたことなので驚きはしない。
特に、うっかり観覧者になってしまった彼らはオーガスタと仲が良いのだから、そりゃ分からないわけがないとすら思う。
「付き合わされてる隣の可哀そうな子は誰だ…?」
「う~ん…髪の毛だけじゃ分からないけど…」
セラフィは、大衆に紛れる地味なカラーリングの自分に、心の底から賛辞を贈っていた。
変に調子に乗って『庶務の髪の毛はエメラルドグリーン』とか筆を滑らせることのなかった前世の自分のファインプレーを絶賛したいと、本気で思っていた。
…のだが、意外と鋭い男子生徒たちは、非情なる宣告をしてくる。
「でも、オーガスタの暴走につきあってくれそうな、優しくて寛容な子といったら…」
「もしかしてアークライツ嬢か?」
(っ!?!?)
セラフィは、思わず息を呑み、愕然とする。
だって、セラフィの名前を知っている人自体そんなにいないと思っていたのに。精々「あ~…そういえば見かけたことあるような…」程度に認識されているかどうかだろうと思っていたのに。
こんなにあっさり看破されるだなんて、予想できるはずないではないか。
「あ~…。あの華奢な体形と楚々とした佇まいは、完全にアークライツ嬢だわ…」
(う…うそ………っっ 私なんて身長は並みだし髪型に特徴もないし色味も一般的なのに、なんでバレるの…!?)
セラフィは仮面の下で真っ白になっていた。
だから、男子生徒らの
「あいつアホだな…。アークライツ嬢にあんなことさせて、リーンハルト殿下に恨まれても知らんぞ………」
「まあオーガスタだからなあ…」
「まあそうだな…オーガスタだからな…」
なんて会話は、さっぱり頭に入ってこなかった。
「ほらピンク! はやくはやく!」
満面の笑みで続きを促すオーガスタに絶望しかけたセラフィの元に、更なる絶望が訪れてしまう。
「―――――オーガスタ? こんなところで何をして………」
ドアの隙間からひょっこり顔を覗かせたのはリーンハルト。
そして、レンジャー姿のオーガスタ&セラフィと、観覧者二名に気づくなり、言葉を失っている。
「かっ…会長ダメです…来ちゃダメです………っ」
セラフィは、半泣きを通り越して、仮面の下で目尻を濡らしていた。
自分の変装姿を見られたことなんか最早どうでもいい。
この茶番にリーンハルトを巻き込んでしまうことに、精神が耐えられない。
(私だって会長を守りたかったのに…。ひっそりと終わらせたかったのに…っ)
リーンハルトに目撃されてしまった以上、ひっそりと終わらせることなどもう出来やしないだろう。
何故ならリーンハルトは、オーガスタと一緒に変身ごっこを楽しみたいに違いないのだから。
リーンハルトの望みは、人目を気にせずはっちゃけることなのだから。
それを妨害しようだなんて、セラフィの我儘でしかないってことは分かっているつもりだ。
でも、リーンハルトが自分の気持ちを抑えながら長年保ってきた王子としての評価に傷をつけたくなんかない。
リーンハルトの気持ちには寄り添えてないかもしれないけれども、セラフィなりにリーンハルトの名誉を守りたかったのだ。
それなのに、こんなに呆気なく崩れ去ろうとしているだなんて、いくら何でもあんまりではないか。
「えっ…泣いてる………? セ…いや庶…えーとえーと…どうしたの何があった!?」
セラフィの声の震えに気づいたリーンハルトは、ぎょっとするなりセラフィに駆け寄ろうとしたが、最後の最後まで足掻きたいセラフィは、両手を前に突き出して首を横に振る。
「お願いですから、来ないでください~………っ」
「えっ俺!? 近づいちゃ駄目なのか!? 何で!?」
セラフィの拒絶ポーズに著しく動転したリーンハルトは、オーガスタ以外の前では隠していたはずの素を思いっきり晒しているが、そんなことに構っている余裕すらも完全に失っている。
「お~いリーンハルト、『俺』になってるぞ~」
「五月蠅いそこの青いの! おまえのせいか!? おまえのせいだな!? 彼女に何しやがった!?」
「ポージング指導しかしてねーけどなあ」
「じゃあそれだろ!? なにいらんことしてんだよ!」
たぶん親切心でツッコんだオーガスタに対し、リーンハルトは牙を剥き出しにして今にも噛みつかんばかりである。若干八つ当たりが含まれているような気もするが、セラフィはそれどころではない。
「会長ダメなんです…今すぐ立ち去ってください~…っ」
「え、どれが駄目? 俺? 俺の存在?」
テンパるリーンハルトを見かねて、巻き込まれ観覧者の男子生徒二人が、そっとフォローしてくれる。
「リーンハルト殿下、落ち着いてください。大丈夫です殿下は何もしてないです」
「そうだよな? 俺のことじゃないよな? …なら俺がここにいること? これに関わること…? でもこんな野郎どもの巣窟に彼女を一人で置いて行くわけには…」
少し我に返ったものの未だにオロオロしているリーンハルトに対して、やめておけばいいのに、ついついオーガスタは軽口をたたいてしまう。
「リーンハルトは、セラフィが関わると途端にチョロくなるから笑える」
「そこの青いの。おまえは権力を総動員してでも絶対に報復するから、震えながら待ってろ」
「え~…ひっでえ…。リーンハルトは依怙贔屓が過ぎると思うぞ?」
ぶつぶつと愚痴るオーガスタに対して、リーンハルトはしれっと言い放つ。
「特別な子を特別扱いすることは、依怙贔屓のうちに入らないんだよ」
そしてオーガスタも、そのセリフを驚きもせず聞いている。
「あ、開き直った。もう隠すのはやめたのか?」
「そもそも隠してない」
「…それもそうか。気づいて貰えないだけか。…っておい! 首しめようとすんな!」
幼馴染二人は、やり合ってんだかじゃれ合ってんだかよくわからないテンションで、小気味よい掛け合いを続けている。
セラフィは完全に蚊帳の外だが、リーンハルトが何の気負いもなく零した一言をうっかりしっかり拾い上げてしまい、心臓が跳ねあがるのを止められずにいた。
(―――――とくべつ)
確かに、リーンハルトからは特別に扱って貰えているように感じ始めていた。
けど、実際に言葉で『特別』だと伝えて貰えることの破壊力は、ちょっと想像できないくらい凄まじい威力を秘めていた。
涙なんか一瞬でひっこんじゃうくらい。
心臓が破裂しそうなほど大暴れしていて、息ができないくらい。
胸を押さえて固まっているセラフィに気づいた観覧者の男子生徒二人は、この隙にさくっとセラフィをここから逃がすことを決断した。
リーンハルトは気持ちを隠していなかったので、彼らも前々からリーンハルトの思い人は察していた。
ここにセラフィがいて、いつもと様子が違うから、リーンハルトはペースを乱されている。セラフィがいなければ生徒会長モードに戻るはずだし、彼らの方としても痛々しいセラフィを見ているのは何気にしんどかったのだ。
「あ~あの…ピンクさん? 今のうちにここから離れた方がいいですよ」
「あの、でも…会長が………」
躊躇するセラフィに、男子生徒らは間髪入れず断言する。
「大丈夫。あなたの姿が見えなくなれば、殿下はすぐに追いかけるに決まってますから。あの青いのは俺らが食い止めときますんで、心配せずに行ってください」
「廊下に人影もないので、今がチャンスです」
「え、でも…」
「いいからいいから」
男子生徒らは、流れるようにセラフィを廊下へと促した。
そして「よっブルー! さっきのポーズ、ガンぎまってたな! もう一回見せてくれよ!」と、オーガスタをおだて始め、オーガスタも「だろ~?」と普通に乗っかっている。
仲間内で楽しみだした空気を感じたセラフィはお言葉に甘えることにして、さくっと生徒会室へと戻り、すぐさまマントと仮面を剥ぎ取る。
すると、息を吐く間もなくリーンハルトが飛び込んで来た。
「セラフィ無事か!? どうしたんだ何された!?」
血相を変えて、取るものも取りあえずすっ飛んで来たその様子からは、本気でセラフィを心配してくれていることが、これでもかというくらい伝わってくる。
その事実に、セラフィの心はほわっと温かくなる。
(………ほんとにすぐ来てくれた………)
リーンハルトは、いつもセラフィを気にかけてくれている。
優しくしてくれる。
それはセラフィだって、ずっと前からしっかりと感じていたことではある。
ただ、それは仲間を大切にしているからだと信じていて、特別な思いが込められているかもしれないなんて恐れ多いこと、考えたこともなかった。
でも、でも…
ちょっとだけ、自惚れてしまっても許されるだろうか。
セラフィを特別に思ってくれているからかも…なんて、思い上がってしまっても―――――。
そしてセラフィは、ちょっとズルいことを考える。
もしかするとリーンハルトは、セラフィがお願いすれば、名乗りとポージングを諦めてくれるかもしれない、なんてことを。
「あの会長…。私、あの格好でポーズ取るの、消えちゃいたいくらい恥ずかしかったんです…。ですから会長も、オーガスタの前だけにしておいた方が………」
とてもじゃないが、男爵令嬢のように上目遣いで懇願するように見つめることなんか出来なかった。
落ち着きなくあっちこっちに視線を彷徨わせてしまい、完全に挙動不審でしかない自分が情けなく思えてしまい、徐々にしょげていってしまう。
だが、リーンハルトは、それだけ精神的苦痛が大きく、口にするだけでも気落ちするんだと解釈したらしい。切れ味抜群の瞬発力でもって即断即決をかました。
「うんわかった。あの衣装…いや、あの制度があること自体が良くなかったね。これを機に廃止しよう。来年以降は『困ったときはOBに相談するように』って申し送っておけば、きっとユング殿に話が回るはずだから、絶対何とかしてくれるよ」
「あ、ありがとうございます…?」
セラフィのほんの一言で、リーンハルトは、脈々と引き継がれてきた隠された伝統をあっさりと捨て去った。
言ってみたセラフィの方が狼狽えてしまう勢いだった。
まあ、セラフィにはリーンハルトを手玉に取るような度胸も野心もないので、むしろ今回の反応にビビってしまって、安易にお願いしようなんて考えなくなりそうだから、余計な心配はする必要ないだろう。
「―――――リーンハルト殿下は、セラフィが絡むと絶妙にポンコツの気配が漂う気がしませんかフリデリカ嬢」
「あらあら。あれは骨抜きと言うんですわよユング様」
「…違いがイマイチわかりませんが、そういうことにしときましょう」
いつの間にか戻って来てこっそりと様子を窺っていた第二学年の先輩方二人が、呆れたような、それでいて微笑ましいものを見るような目で見守っていることには気づかずに、リーンハルトはセラフィの憂いを晴らすことに全力を注いでいる。
そんなリーンハルトの一途な思いが報われる日は…
きっと もうすぐそこ
オーガスタとセラフィのレンジャー扮装は確定として、
リーンハルトはどうするべきか、最後まで迷いました。
作者的には、キラキラの王子様が馬鹿やるのもアリと思ったのですが、
結局はセラフィの思いを汲んで、こういう形に落ち着きました。




