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いたたまれないにも程がある  作者: 真朱


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17/17

17. ありふれた日常の

最終話です。

 その後、リーンハルトは本当に全員分のマントと仮面を処分してしまった。

 生徒会長の任期満了の際には、レンジャーのことは後任には引き継がず、存在自体を抹殺するそうだ。

 更に、どこかに記録が残ってたりしないか過去の資料を一通り浚い直して、証拠隠滅するとまで言っている。びっくりするほど徹底している。


 オーガスタは、一度なれども扮装してポーズをかましたことである程度満足できたらしく、特に抵抗する様子は見せなかった。

 フリデリカとユングも、レンジャーに対して拒否反応を示さなかっただけであって、思い入れがあったわけでも何でもなかったようで、すんなりと受け入れていた。


 巻き込まれて観覧者になってしまった男子生徒二名には、リーンハルトが「出し物の一つとして検討していたけれども、あれはボツにする」と告げたらしい。

 観覧者二名は察しがよかったことだし、きっとそっと闇に葬ってくれることだろう。


 そして何と、第二王子・ラインハルトの婚約が正式に発表された。

 お相手は他国のお姫様。大人っぽい落ち着いた方らしい。


 ついこの間まで男爵令嬢と羽目を外していた、こう言っちゃ何だが素行の疑わしい第二王子のお相手が、まさか他国の姫だなんて…。

 第二王子が何かやらかしたら今度は国際問題になってしまうと、学生たちは心中穏やかではなかった。


 だが、周囲からガミガミくどくど言われようとも聞く耳を持たず自分の気持ちを押し通しておきながら、結局は自分の考えの浅さを思い知らされる結果となったラインハルトは、己の過ちを認め、真摯に向き合おうとしているそうだ。


 お姫様の方も、不安がないわけではないながら腹を括ってくれているらしい。

 リーンハルト曰く、「長兄とフリデリカ嬢、更にユング殿から、けちょんけちょんにやり込められている次兄を目の当たりにして、『まあイケるでしょ』と思ってくれたみたいだよ」とのことで。

 小耳に挟んだ程度なのに肝の据わった姫君なんだなってことが感じ取れてしまい、ちょっと脇が甘い印象のラインハルトをピリッと引き締めてくれるんじゃないかな、なんて、勝手なことを思ってしまっている。


 そこに、ピンクブロンドの男爵令嬢・ミーナが、ひょこっと顔を覗かせる。

 「ねえ庶務さん、ライ様の婚約のハナシ聞いた?」


 不貞腐れたような表情を作ってはいるが、重苦しい雰囲気ではないことから、本気で不貞腐れているわけではなさそうなので、セラフィも構えることなくいられる。


 「次の試験で結果を出せとか言っといて、試験を待つまでもなく婚約決まってんだけど、これどう思う?」

 「あの、え~と………。随分急な話でしたね………」

 「そう思うでしょ!? さすがにちょっとやってらんないから、庶務さん愚痴につきあってよね」


 既に素を晒しているからか、ミーナはセラフィの前ではもうキャラを作るつもりはないようだ。

 でも、こうやって気持ちを吐き出す先があれば、いつまでも引きずらないで済むような気がするから、話を聞くくらいのことはしようと思ったセラフィだったのだが―――――


 「セラフィへのナンパはお断りしましたよね?」


 もうセラフィも驚かなくなってきてしまった気がするけれども、振り返った先には案の定リーンハルトの姿がある。


 「ナンパじゃなくて女子会よ女子会!」

 「セラフィが毒されてしまったら堪らないので駄目です」

 「会長さん、滅茶苦茶失礼じゃない!?」


 今日もリーンハルトは、何でもない顔をしてミーナをすげなくあしらっている。

 リーンハルトは敢えてミーナに気のない態度を取っているんだろうと思っていたけれども、意識的にやっていると言うよりは、もしかするとこっちの方が素に近いのかもしれないなんて、ふと思ったりもする。


 でも、はっちゃける機会を欲していたリーンハルトにとっては、素を出せる場があった方が鬱屈した思いを抱えずに済む気がするから、これはこれでいいんじゃないかな、ともセラフィは感じている。


 そして、これからはセラフィの前でももっと素を見せてくれるようになってくれたらいいな、なんて、密かに願ってしまったことはナイショにしておこう。


 「ほんと会長さん心狭い…」

 「どうとでも言ってればいいですよ。たった一人さえ分かってくれていれば、それでいいので」


 リーンハルトはしれっと毒だか砂糖だかわからないものを吐き、ミーナは若干こなれてきたのか、じとっと目を細めながら軽く受け流した。


 「はいはい。でも本命さん、他家には嫁げないって言ってたじゃない。どうするつもりなの?」

 「私は王家には残りませんので問題ありません」

 「ん? どういうこと?」

 「私の方が婿入りするってことです」


 しれっと告げたリーンハルトに、ミーナは目を丸くして素っ頓狂な声をあげる。


 「えっ!? あ、そういうこと!?」

 「はい。そういうことです」


 リーンハルトが王籍から離れるであろうことは、もちろんセラフィだって暗黙の了解として知っていた。

 でも、こうやって本人がきっぱりと口にしているのを耳にすると、やっぱり何か重みが違うというか、現実感が増すというか…


 (そっか…。本当に会長は王籍を抜けるんだ………)


 急にずっしりとしたものを感じて、何を言っていいか分からなくなってしまったセラフィは、揺れる瞳でリーンハルトを見上げたのだが、当のリーンハルトは全く気にした様子もなく、むしろ何処か嬉しそうですらあった。


 「兄上の婚約が決まってないのに、弟の俺が先んじて決めるわけにもいかなくて、俺もずっと歯がゆい思いをしてたんだけど、これでやっと堂々と動けるようになる」

 「―――――え………?」

 「だからセラフィ、覚悟してね?」

 「―――――は………」


 にっこりとイイ笑みを浮かべているリーンハルトは、やりたいことが沢山あって「明日は何しようか」とワクワクしている子供のように生き生きとして見えて、きっとこれからは、王族としての顔よりも自分らしさみたいなものを出していこうとしてるんじゃないかな、なんて、そんな風に思えて、セラフィも何だか嬉しい気持ちになる。


 「あ~もうホントやってらんない! あとは二人で勝手にやって!」


 ほっこりしてしまっていたリーンハルトとセラフィに向かって、ミーナは盛大に溜息をつくと、くるりと背を向けた。


 「ワトソン嬢」

 「なによ!?」


 立ち去ろうとするミーナにリーンハルトが声をかけ、ミーナはうんざりとした表情で振り返った。顔には「まだ見せつけるつもりなの?」と書いてある。

 

 「兄は、ワトソン嬢が王家に嫁ぐことの手厳しさに意気消沈していることを感じ取ったからこそ、姫との婚約を急いだんです。…ワトソン嬢への未練を断ち切るために」


 予想外の言葉に、ミーナは言葉を失くして動きを止めた。


 「兄なりに、ちゃんと思いはありました。あなたを適当に扱おうとしていたわけではないってことだけは、信じてあげてください」

 「―――――」


 しばし呆けていたミーナは、唇をきゅっと結んで僅かに俯き、ほんの少しだけ肩を震わせたが、何かを振り払うかのように勢いよく顔を上げた。


 「あ~あ。もう王族とか貴族とか、ほんと面倒くさい! この性格は今更変えようがないし、わたしは裕福な商会の跡取り息子あたりを狙うことにするわ!」


 少しぎこちない、作り笑いが伝わってしまう表情。

 だけど、ミーナなりに吹っ切ろうとしていることは感じ取れたので、セラフィは気づかないフリをして、静かに微笑んだ。


 さすがにセラフィとて、ラインハルトほどの思いがミーナにもあったとは思えない。

 ミーナが、「話してるだけじゃん」「ゴハン食べるくらいいいじゃん」という考えで、男子生徒と馴れ馴れしい態度で接し続けた結果、関係に影を落とした婚約者たちだっている。ミーナに非がないなんて間違っても言えない。


 でも、今回のことでミーナは、心の痛みを学んだはず。


 他人を思い遣る心に欠けていたミーナだが、じゃあ自分が思い遣ってもらえなくてもいいのかと問われれば、そんなわけはない。哀しいし悔しいし腹も立つものだ。

 身をもって味わったからこそ、ミーナもちゃんと理解することができたと思うのだ。

 だからこれからは、以前のような奔放な行動は控えてくれるに違いない。


 「―――――きっともう大丈夫ですよね。ワトソンさんも、ラインハルト殿下も」


 軽やかな足取りで去って行くミーナを見送りながら、セラフィは晴れやかな気持ちで口にした。

 そうあって欲しいという気持ちを込めて。


 「そうだね。今更兄上にスペアを降りられても俺も困るから、ホントもうこれっきりにしてくれないと」


 セラフィの気持ちを察してくれたのか、リーンハルトも明るく答えてくれる。


 (…そう言えば会長、さっきから自分のことを「俺」って言っているような…)

 たったそれだけのことなのに、リーンハルトが心を開いてくれているような気持ちになって、何だかくすぐったい。


 「会長、すっかり『俺』って言うようになりましたね」


 ほわほわした気持ちでリーンハルトを見ると、リーンハルトは苦笑を浮かべながら、少し不安そうな様子を見せる。


 「あ~…うん。もうカッコ悪いところ散々見せちゃったからね。優等生ぶってるダケなのがバレてて続けるのも、それはそれで気恥ずかしいと言うか…。…幻滅させちゃったかな?」

 「いえいえ全然そんなことないですよ? 砕けた口調の会長もステキです」

 「えっ!? うわ…めちゃめちゃ嬉しい…!!」


 照れ笑いを浮かべるリーンハルトは、やっぱり『生徒会長』として振舞っているときとはどこか違っていて、そんなリーンハルトも魅力的だなと、セラフィは素直に感じていた。


 リーンハルトは、兄たちに叛意がないことを示すため、そして、リーンハルトのせいで母親が軽んじられることがないように品行方正に振舞っているだけであって、根っからの優等生ではない。

 スペアのスペアな上に後ろ盾の弱いリーンハルトは、追々王家を離れるものとして育てられてきたこともあり、王子としてのプライドは正直あまりない。


 王族にかかる費用は国庫なのだから、あまり王族が多すぎると国民の税負担が増えてしまう。国民感情への配慮的にも過剰に王族を抱えておけないことは理解しているし、王子として過ごした時間よりも王籍を離れてからの人生の方が断然長くなるんだから、余計なプライドを抱えてても自分が生き難いだけ。

 達観というか、これも処世術なのだ。


 「あのさセラフィ」

 「はい」

 「ちょっと猫かぶってるところはあるけど、成績はトップクラスで、問題のある家でもなくて、人脈もあって、『疲れ果てて休息と癒しを求めてる大人にはいくらでも心当たりがあるから、アークライツ領に貢献できる』って自負してる、セラフィのお婿さんにおススメしたい人がいるんだけど」

 「―――――え………」


 固まるセラフィを真っ直ぐに見つめながら、リーンハルトははっきりと告げた。


 「今度会って貰えるかな? できれば二人で」


 セラフィは声も出せずに、ただリーンハルトを見つめ返していた。


 リーンハルトの言葉からは、そのおススメの人がリーンハルトのことなのかそうじゃないのかは判断がつかない。

 でも、きらきらと輝くように笑うリーンハルトが本当に眩しかったから、自然と、後ろ向きな気持ちは掻き消されてしまっていた。


 きっと勘違いなんかじゃないって 信じてしまおうと思えたのだ。


 「あ、お父上には入学前にちゃんと話を通してあるから、心配しないでね」

 「…え、入学前!? ですか!?」

 「うん。入学したら申し込みが殺到するだろうから、おちおちしてられないと思って」 


 リーンハルトはケロッと語っているが、セラフィは大混乱である。

 そんなに前からお話があったなんて少しも聞いたことがなかったし、父に話が通っているってことは父が了承してるってことのように感じるし、でも只の田舎貴族のアークライツ家に、そんな身に余るお話を受けられるとも思えないし…


 「あの、うちは良いお話が頂けるような家じゃ………」

 「いやいや何言ってるのセラフィ。アークライツ家は、堅実な領地経営を行っている敵のいない家だよ?」

 「へ…?」

 「セラフィの弱点は自己評価が低いところかもしれないね。でも大丈夫。俺がこれから毎日、これでもかってくらい褒めて伸ばすから」

 「え、え………?」


 甘ったるさ駄々漏れの視線を注ぎまくるリーンハルトに、セラフィはあたふたするばかり。


 でも、これはまだ始まりでしかない。

 この後、そんな二人がそこかしこで目撃されるようになり、生徒会の面々や第二王子・ラインハルト、男爵令嬢・ミーナから好き放題に囃し立てられ、生徒達からは生ぬるい目で見守られるというのが、学園での日常的な光景になる。


 もちろんそれは、前世のセラフィが書いたあの物語にはチラリとも書かれていないこと。


 だけど、セラフィはもう知っている。


 物語に描かれていないところでだって世界は回っていて、物語には描かれていない出来事がある。思いがある。

 それは、何てことのないありふれた一日でしかないかもしれないし、何でもないように思えることだって誰かにとっては物凄いドラマなのかもしれない。

 セラフィに起きていることだって、数多ある取り上げられていないエピソードの中の一つに過ぎず、興味のない人にとっては気に留めるまでもない、全くもってどうでもいいことでしかない。


 ドラマチックであろうとなかろうと、それは、この世界のそこかしこに溢れている、誰かにとっての日常なのだ。


 だからテキトーでいいってことじゃなくて

 毎日を大切に生きていきたいと、そう思えるようになった自分には、自信を持っていい気がしている。


 きっと、居たたまれなさから逃れたい一心で足掻いたこの日々は、

 セラフィがそれをちゃんと知るために必要だったのだと


 セラフィは今、心からそう感じている。



おつきあいいただき、ありがとうございました。


長く書くようなネタじゃないのは分かってたのですが、

短編に纏められなかったのは作者の力量不足でございます。

素人丸出しでお恥ずかしい限りです…。


次作はいつになることやら未定ですが、

ひっそり書いていくつもりでおりますので、

またお目にかかれましたら大変嬉しく思います。


では、またいつか!


真朱

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