15. 避けられない試練
放課後の生徒会室で、朝の出来事を生徒会メンバーに報告したところ、第二学年の大先輩お二人が何やら黒いオーラを発しはじめた。
「あらあらセラフィ、とんだとばっちりでしたわねえ。…ラインハルト殿下が、伝わらない説明なんかしてくださったばっかりに」
「あ、いえ、私は」
「ラインハルト殿下は本当に学習能力が足りなくていけません。…二度目はないと言っておいたはずなんですがね…」
「いやユング先輩、それ、ラインハルト殿下がいないところで言ってませんでしたっけ?」
オーガスタの的確なツッコミを綺麗さっぱりスルーしつつ、「ははは」「ほほほ」と、いつもに増して息の合った笑い声をあげながら生徒会室を後にする上級生二人には、隠すつもりのない怒りが滲んでいた。
向かう先は、第二王子・ラインハルトのところで間違いない。きっとあの怒りを存分にぶつけるつもりなのだろう。
この二人は恐ろしいまでに本質が似ている。実は双子だと言われても納得できてしまうくらい、アイコンタクトも取らずにするっと意思疎通を図り遅滞なく動く。
ユングの攻撃を息も絶え絶えに何とか躱してきた先を、容赦なく塞いで待ち構えているのがフリデリカである。あの二人にロックオンされたら逃れる術はない。
「え、兄上は大丈夫なのか…? 一応様子見に行っといた方がいいのか…?」
上級生二人があまりにも不穏だったので、ふと不安を覚えたらしいリーンハルトは、先輩方の後を追うことにしたようだ。
何のかんのラインハルトを放っておけないところが、リーンハルトらしさの現れと言えそうだ。
「…なあセラフィ」
三人を見送ったオーガスタが、視線をそちらに向けたままぼそっと呟く。気のせいでなければ、眉間に若干皺が寄っているように見える。
「オーガスタ、何だか難しいカオしてない? 気になることとかあった?」
「今回の一件って、これでたぶん解決だよな?」
「そうねえ。何とか一件落着を迎えられそうでよかったね」
セラフィは心底安堵したように笑いかけたのだが、オーガスタは遠くに送っていた視線をゆっくりとセラフィへと向けると、真剣な眼差しではっきりと言い放った。
「いや、よくねーだろ」
「え?」
「せっかく変装用の仮面とマントが用意されていて、正体を明かさずに暗躍する権限も与えられてるってのに、一度も行使しないまま終わるなんて有り得ねーだろ」
セラフィは瞬時に、オーガスタの言わんとしていることを察した。
オーガスタは生徒会一、レンジャーに乗り気だった。ノリノリだった。レンジャーの出動機会を、今か今かと待ち侘びていたのだ。
そして、その待望の機会はもう訪れることはないのだという現実がはっきりと見えてしまった。
きっと今、オーガスタの中には、行き場のない鬱屈した感情がとぐろを巻いて荒れ狂っていることだろう。
そういうとき、セラフィだったら自分の中だけで何とか折り合いをつけようと画策するところだが、オーガスタのようなタイプはそうは考えない。何かしらの行動でもって発散しなければ気が済まないことが多いように思う。
いまオーガスタはとても淡々としているが、これは嵐の前の静けさでしかない。何故だかセラフィはそう確信していた。
「………そんなこと…ないと…思うよ………?」
無駄だろうとは分かっているのだが、セラフィは本当にそんなことないと思っているので、一応そっと口にしてみる。
が、予想通りオーガスタは、突き刺さらんばかりの強い眼力で、あっさりとセラフィのなけなしの反論を弾き返した。
「セラフィ」
「………はい」
「着てみようぜ」
「はい…?」
今まで静かに語らっていたオーガスタが、突然、内に秘めていたものを一気に解放したかのような熱量で、捲し立てるように語り始める。
嗚呼、やっぱり嵐が来てしまった。
「俺はせっかく考えたポーズを一度も披露しないまま、ひっそりと闇に葬り去るだなんて、全くもって辛抱ならない。こうなったらオーディエンスはいなくてもいい! 一度でいいから、ちゃんと変装した上でがっつりポーズをキメさせてくれ!!」
「…あ……うん。そっか」
オーガスタの勢いに押されて、セラフィは同意でも反論でもない、意味のない言葉を発するのがやっとだった。
セラフィとしては、「それでオーガスタが納得できるのであれば、着てみてもいいんじゃないかな?」くらいの感覚でいたのだが、オーガスタにとってセラフィは観覧者ではなく共演者である。他人面させてくれるわけがない。
「そっかじゃねーだろ。セラフィは俺と共に両翼を担う謂わば相棒なんだから、一緒にポーズキメてくんねーと!」
「えっ…ええ!? 私も!?」
ぎょっと顔を上げるセラフィの様子になどお構いなしに、オーガスタは確定事項とばかりにきっぱりと言い切る。
「たりめーだろ! 左右対称だけが様式美じゃない。とりあえずやってみんべ」
「…ほ、本気?」
「バリガチ本気」
オーガスタの眼差しは、一歩も引く気がないということをまざまざとセラフィに見せつけている。
―――――セラフィは知っている。
言い出したら聞かない人種ってもんがいることを。そういう人種が如何に面倒くさいかということも。
オーガスタを説得するなんて、もう確実に徒労に終わることが審らかにされているも同然。オーガスタに勝る熱量がセラフィにあるわけもないし、そこに労力を費やす意義はこれっぽっちもないと言い切ってしまっていいと思う。
あまりにも無駄な努力すぎて、抵抗する気なんて失せるどころか初めから湧いてこないのだが、だからって誰も咎めやしないに違いないとセラフィは確信している。
そして、今ここにはオーガスタとセラフィしかいない。
目撃者はオーガスタただ一人。しかもオーガスタ自身もパフォーマーを務める立場である。
セラフィ一人が赤っ恥を晒すのではなく道連れがいる。後に黒歴史となったとしても、痛みを分かち合える同志がいる。
オーガスタは絶対に恥ずかしくとも何ともないとは思うけど、だからこそ、オーガスタが何でもないこととして軽く笑い飛ばしてくれれば、セラフィの中でも単なる笑い話として昇華させることが出来るんじゃないかと思えないでもない気がする。
それに、オーガスタが変に未練を残してしまった方が、後々マズイことになるに決まっている。
だって、オーガスタが真っ先に巻き込むのは間違いなくリーンハルトなのだ。
そして、過去のやりとりから導き出すに、リーンハルトは断らない。仮面とマントを纏い、高らかに名乗りを上げ、ポーズをキメてしまうに違いない。どうしよう泣きたい。
―――――でも!
でも今なら巻き添えはセラフィだけで済む。
セラフィ一人がちょっと恥ずかしい思いをするのと、リーンハルトの大惨事を目の当たりにして、めっためたのぎったぎたにメンタルを切り刻まれた上に、この先ずっと消し去ることのできない罪悪感に悶え苦しみ続けるのだったら、どっちがマシかなんて言わずもがな。どう考えたって前者に決まっている。もう完全に一択である。
(ええ、ええ、キメてみせましょうとも。地味且つ無難なピンクポーズを…!)
セラフィは開き直った。
内輪で軽くポーズを披露するだけのことでオーガスタの気が済むのであれば、躊躇うまでもない。
ちゃっちゃとオーガスタに満足して貰って、綺麗さっぱり忘れてもらうに限る。それが最善にして最良の選択。
セラフィは、そう信じることに決めた。
「おお。セラフィは完全に誰だか分からないな」
「オーガスタはあんまり隠せてないような…」
「そうか? まあ俺は声のデカさだけで簡単にバレる気がするけどな」
(…自覚あるんだ………)
諦念にまみれたセラフィは、下手に抵抗することなくマントと仮面を身に纏った。
開き直った今となっては、「たかがマントと仮面」と思えないこともない。仮面舞踏会に参加する人たちが堂々としていることを思えば、何てことないっちゃあそうなのかもしれない。
そう、マントと仮面だけであれば、別にさほど抵抗感はないのだ。問題はやっぱり、名乗りとポーズの方なのだ。
でも、セラフィにも守りたいものがある。
リーンハルトの傷ひとつない評価に、例えちんまりとであろうともケチがつくことを思えば、セラフィの赤っ恥なんていっそ勲章みたいなもの。
背負いましょう黒歴史。
前世の能天気な人格を解き放つつもりで、やりきってみせましょう。
だが、そんなセラフィの決死の覚悟を簡単に揺らがせる男がここに一人。
「………狭いな」
「え」
オーガスタがぼそりと呟き、セラフィは戦慄を覚えた。
「俺のダイナミックなポージングを披露するには、机や棚が邪魔だ。もう少し開けたスペースが欲しい。よしセラフィ! 三つ隣の多目的ルームに行くぞ!」
「えっあの、ここでいいよ! 私が机どけるから!」
「いや、俺さっき多目的ルームの片づけ任されて、机たたんだところなんだよ。鍵もここにあるしな!」
ジャラッと見せられた鍵束が、何故だろう凶器に見える。
自分の息の根を止めるのは刃物なんかではなく絶望なのだと、この時セラフィは骨の髄から思い知った。
そして、呆然と立ち尽くすセラフィになどお構いなしに、オーガスタは嬉々として生徒会室から躍り出て行った。
…もちろん、マントと仮面を装着したまま。
(え…えぇ!? すぐ近くとはいえ移動する以上は誰かに見られる可能性が…! ああでもオーガスタは見られても別に構わないって思ってそう…)
周囲を見回して人の気配がないことを確認したセラフィは、半泣きになりながら飛び込むようにして多目的ルームに入る。
密室にならないように一応ドアは少し開けてはおいたが…。
名乗りボイスが音漏れするのは嫌だ。物凄くイヤだ。今すぐ周辺一帯に立ち退き命令を出したい。
(どうか、一人残らず速やかに降園してくれてますように…!)
でも、そんなセラフィの切なる祈りが天に届くことはなかった。
オーガスタに促されて、気が進まないながらも立ち位置につくやいなや、複数の男子生徒の声がずんずんと迫ってきていることに気づいてしまったのだ。
「本当なんだって! 青いマントの見るからに怪しいヤツが、多目的ルームに入って行ったのを見たんだって!」
「王族が通ってる学園だぞ? 警備エグイんだから、不審者なんか入りこめるわけないだろ?」
「だから、見間違いじゃないかどうかの確認をだな!?」
「わかったわかった。付き合ってやるから落ち着けって」
(ひえええええ―――――!?)
セラフィは咄嗟に隠れようとしたが、机も椅子も片づけられただだっ広い空間が広がっているだけで、身を隠せるようなものは何もない。窓にかけられたカーテンに包まるくらいしか術はないが、そこまで走る間もなく、無情にもドアが開けられてしまった。
顔を覗かせたのは、第一学年の騎士志望の男子生徒。ノリが軽く、オーガスタとも仲の良い印象がある。
男子生徒は「ほら!」と声を上げようとしていたように見えた。そういう顔と動作で、連れて来た友人に顔を向けようと動きかけていた。
が、瞬発力がズバ抜けていたのは勿論オーガスタだった。
「お。ちょうどいいところに来た。まあ見てけよ!」
「―――――は?」
(ひゃああああああああああ!!!!!)
男子生徒らはぽかんとオーガスタを眺めている。
セラフィは今にも崩れ落ちそうになっているのだが、実に恨めしいことに、ここで気を失えるほど繊細なメンタルではないらしい。
物語の中の女の子は、どうしてあんなにタイミング良く気絶できるのだろう。気絶を操ってこそヒロインなのであれば、セラフィがヒロインになれる日は来そうにない。
「ゆくぞピンク!」
「ひえっ」
じんわり後ろに下がろうとしていたセラフィの動きを目ざとく察知したオーガスタが、がしりとセラフィの腕を掴み、真横に立たせた。一欠片ほども容赦がない。これぞ正に万事休すである。
そしてオーガスタは、意気揚々とポーズをかまし始めてしまったのだ。




