14. 特別
「どうしてみんな庶務さんの味方なの…?」
ミーナの必死に絞り出したような震える声に、セラフィとリーンハルトはハッと前を向いた。
「どうして庶務さんには味方が沢山いるのに、わたしにはいないの? ライ様だって結局わたしから離れていこうとしてる…。だから会長さんくらい、何もないわたしの味方になってくれたっていいでしょう…?」
小さく肩を震わせながら、切々と訴えかける力のない声と、今にも泣き出してしまいそうなくしゃくしゃな表情で懇願する痛々しい姿。
同性のセラフィですら、何とかしてあげなきゃいけないような気持ちにさせられるのに、リーンハルトは顔色を変えることなく静かに告げる。
「あなたが圧倒的弱者であろうとも、私はあなたの味方にはなれません。私には、何よりも優先したい思いがあります」
冷たいようにも感じられる淡々とした声。決意の表れとも取れる揺るぎない姿勢。凛と立つリーンハルトは、非難を正面から受け止める覚悟を滲ませていた。
その重みを思えば、リーンハルトの背中がこんなにも頼もしいのも当然のことのようにすらセラフィには感じられた。
「庶務さんを優先するって言いたいの!? 庶務さんにはライ様がいるんだから、会長さんまで肩を持たなくてもいいじゃないっ」
「兄は庶務には関わらせません。残念ながら私は物分かりのいい人間ではありませんので、相手が兄であろうが、究極は父であろうが、譲りたくないものは決して譲りません」
「………っ」
リーンハルトは、決して感情的になることなく、流されることも煽られることもなく、ブレることなく真っ直ぐに立っている。
そんなリーンハルトの確固たる背中を見つめながら、セラフィはやっと理解できたのだ。
(会長は優しくて公平だから、私利私欲を排して、守られるべき立場の人を守ろうとするものだと思ってたけど、そうじゃないんだ…)
思い返せば、リーンハルトはいつもミーナに対してそっけなかった。
それは、第二王子・ラインハルトと対立しないように、ラインハルトが目にかけているミーナとは明確に距離を取ろうとしてのことだと思っていた。
リーンハルトはいつもセラフィのことを気にかけてくれているけれども、それも、皆に優しいリーンハルトにとっては、大勢の中の一人でしかないとばかり思っていた。
だけどそれはそうじゃなくて、そういうことじゃなくて…
リーンハルトの意思で「守りたい」と思ってくれているから、行動で示してくれていたのだ。
―――――こんな風に。
生徒会長なんてやっているせいで公明正大な人格者だと思われがちなリーンハルトだが、兄王子二人に叛意がないことを示すために無害な人間を装っているだけで、根っからの聖人君子というわけではない。
万人に好かれようなどとは露ほども思っていないし、エゴだって人並みにある。
リーンハルトが守るのは決して『弱者』ではなく、『自分が守りたい人』でしかないのだ。
そしてセラフィは、リーンハルトの決して平等なんかじゃない思いを、他の人よりも比重を置いてもらえているという、きっと勘違いじゃないであろうこの気づきを、恐れ多いと恐縮するよりも何よりも、素直に嬉しいと思ってしまった。
周り中からどんなに浅ましいと責め立てられようとも、ただただ嬉しいのだ。
リーンハルトは、スペアの王子が確保された更に後に生まれた三番目の王子というだけでなく、後ろ盾の弱い側妃の子である。間違いなく王子でありながらも、格下扱いを受けて育ってきている。
心無い言葉に晒されることもあったのだろう。周囲の悪意を受け流すことに慣れてしまっている。
だから、弱っている人に非情なことを告げるような、誰もがやりたくないであろうこんな場面に直面しても、習性で淡々と対応できてしまう。
やむを得ず身に着けたその能力は、生涯に渡って有益な、強力な武器になることだろう。
だけどそれは、セラフィがこのままリーンハルトに甘えていていい理由にはならない。
リーンハルトがセラフィに無償で与えてくれているものは、決して当たり前に享受できるような軽いものじゃなくて、奇跡みたいなものなのだから。
だからセラフィは決意をもって、リーンハルトの背中から、一歩前へと足を踏み出した。
「ワトソンさんは、やらないんですか?」
「はあっ!?」
しおらしくリーンハルトに縋っていたミーナが、ほぼ反射的に叫ぶ。
「セラフィ…」
リーンハルトはセラフィを止めようとしていたけれど、セラフィがにこっと笑いかけて大丈夫だと示すと、迷ったような表情を浮かべた後、意図を汲んで引いてくれた。
リーンハルトは、ただ闇雲に守ろうとするだけじゃなくて、セラフィの意思を尊重してくれる。
こんなところからも、大切にしてくれているってことが実感できてしまって、セラフィの心の真ん中が、温かく力強いもので満たされていく。
リーンハルトのことだから、いつでも助けに入れるように構えてくれているはず。だからセラフィは、何も恐れることなく思いっきりやればいい。
もちろん上手くいかない可能性だってあるけれども、それが今のセラフィの実力なのだから、粛々と受け入れて糧にしよう。
リーンハルトならきっと、そうやって前に進もうとするセラフィのことも見守っていてくれるから。
「家格は、王家に嫁げない理由にはなりません。会長のお母様…側妃様は下位貴族のお生まれですが、王家に嫁ぎ、誰よりも貢献なさっています。王家に見合った実力があれば嫁げるのだと、身をもって証明してくださっています」
「―――――は………?」
恐らく側妃の出自を知らなかったのだろう。ぽかんとするミーナに、リーンハルトは事も無げに告げる。
「母の生家は子爵家ですよ」
これはオープンになっていることなので、貴族どころか平民だって知っているはずだし、リーンハルトも何ら卑下してなどいない。実力ひとつで全ての貴族を黙らせた母を、掛け値なしに誇りに思っている。
…ただまあ、後ろ盾という意味では無力に近いことは否定のしようがないのだが。
「ラインハルト殿下は、王家に嫁ぐための道筋をちゃんと示してくださったじゃないですか。間違いなく術はあるんです。どうしてワトソンさんはやらないんですか?」
「な…っ あんな無理難題、クリアできっこないじゃない!!」
カッと声を荒げるミーナにも、セラフィは退かなかった。
ミーナの言い分はわかるし、ミーナの成績が下から片手で数えられるくらい芳しくないことは知っていたので、普通に考えて不可能に近いことも分かっているけれども、それでも言わなければならないと思ったから。
「やってもみずに諦めるんですか?」
「………っ」
「やらなければ、叶うものも叶わないんです。やらずに諦めることを選ぶのであれば、それはワトソンさん自身が選んだ結末です」
やってみてダメだったのと、やらずに諦めるのは、結果は同じでも内容は全く異なる。
どうせ始めからダメに決まっていたとしたって、それでもラインハルトと生きるために必死に励んでくれたのなら、一度は道を分かつことを選んだラインハルトだって、ミーナと一蓮托生で歩む覚悟を固めてくれたかもしれない。
本当はラインハルトは、ミーナに「がんばる」って言って欲しかったのかもしれない。
それら全ての可能性を潰したのはミーナ自身だってことを受け入れなきゃ、前に進んでいけない。
誰かのせいにしていては、このままここに留まり続けるだけで成長できないと思うから。
「ワトソンさん、がむしゃらに頑張ることを強要したいわけじゃないんです。諦めるべきときだってあると思います。…でも、辛く悔しい思いをしただけで何も得るものがないなんて遣る瀬無いじゃないですか。この経験をバネにして幸せになるために、目を背けずにちゃんと受け止めて、前を向きませんか…?」
傷心のミーナに対して、厳しい言葉をぶつけてしまったとは思う。でもセラフィなりに精一杯誠意をもって伝えたつもりだからどうか届いて欲しいと、祈るような気持ちを込める。
ピンクブロンドの男爵令嬢ミーナ・ワトソンには、第二王子・ラインハルトをも惹きつけた突き抜けた魅力があるのだから、ここに立ち止まり続けるよりも、別の幸せを掴みに行って欲しいのだ。
そんなセラフィの思いが少しは伝わってくれたのだろうか。
ミーナは、ぽつりと呟いた。
「………なによ…。そうやって綺麗事ぬかしといて、最後はちゃっかり自分がライ様の妃の座に収まるつもりなんでしょ…?」
不貞腐れたような表情は、先ほどまでとは異なりどこか落ち着いていて、ほんの少しかもしれないけれども、ミーナの中でも気持ちの折り合いが付き始めているように感じられた。
だからセラフィもやっと、肩の力を抜いて言うことができる。
「私は家を継ぎますので、他家に嫁ぐことはできないんですよ。お妃さまだなんて、とんでもない」
「―――――え…?」
「セラフィが嫡子なのは事実です。兄の婚約者候補だなんて…どこから捻り出してきたんです?」
やれやれと言わんばかりのリーンハルトに、困惑したように視線を彷徨わせながらミーナが呟く。
「…だって…じゃあ会長さんは…?」
「私は兄と違ってどうとでもなりますから、お構いなく」
「んん? それどういう…?」
ミーナはもっとちゃんと聞きたかったようだが、ここで予鈴が鳴ってしまい、生徒会室から身一つで飛び出して来ていたリーンハルトは慌てて荷物を取りに行ってしまったため、追及はかなわなかった。
仕方なく教室に向かって歩き始めたミーナは、かったるさを全身で表現しているような、石でも蹴りながら歩いてるみたいな足取りで進みながら、ぶっきらぼうに呟いた。
「―――――なんか悪かったわね」
「え」
セラフィは普通に驚いて、ついミーナを凝視してしまう。
ミーナは、気不味そうにぷいっとそっぽを向きながら、ぼそぼそと胸の内を明かし始めた。
「正直に言うと妬ましかったのよね。庶務さんて如何にも清楚で控えめな癒し系美人~ってカンジでさ。わたしなんかどうひっくり返ったってこうはなれないって見せつけられてる気分になるんだもん」
それはどう解釈しても僻みにしか聞こえなく、しかも何気に褒めてくれているように感じられて、セラフィには驚きしかない。
「え、え…? 私は目も髪も地味で特徴がありませんし、容姿を褒めてくれるのなんて両親くらいしかいないんですが…」
「色が地味だからって顔立ちまで地味なわけじゃないでしょ。それに、穏やかで優しい色合いが庶務さんの雰囲気とよく合ってて、いっそ素材の違いを際立たせてるように感じるけど?」
「…え、わあ…ありがとうございます………。何か嬉しいです…」
思いがけない言葉に、無意識のうちに呆けたような声が出てしまったセラフィをちらりと眺めたミーナは、盛大に溜息を吐いて天を仰ぎ見た。
「あ~あ。あざとさの欠片もないもんなあ。本気で自覚なかったのね。どうせ、自分の好みの顔じゃないから、ブスだとは思わないけど可愛いとも思ってないってパターンでしょ? 時々いるのよ。こういうムカつくのに拍子抜けさせられる人」
トゲトゲしい言葉ながら、そこには悪意が込められていないように感じられて、セラフィとしても反応に迷う。
「ええと…ごめんなさい………?」
「いいわよ。わたしも悪かったから」
「じゃあお互い様ってことにしましょう?」
「そうね。それでいいや」
肩の力を抜いて笑ったミーナに、きっともう彼女は大丈夫だと感じて、セラフィもつられるように笑いかける。
するとミーナは、ふと真顔になって問いかけて来た。
「―――――ねえ、何でお妃様まで優秀じゃなきゃいけないの? 周りがフォローしてくれればいいんじゃないの?」
「えーと…。王家の一員だからというだけで、みんながみんな無条件に傅いてくれるとは限らないじゃないですか。例えば生徒会の会計のユング様とか、大人しく従ってくださると思いますか?」
宰相の息子・ユングの名前が出た途端、既に疑似ブリザードを実体験しているミーナは、口許をひくつかせた。
「…あ~あの人かあ………。確かにね…。いいように利用されそう………」
「そういう事態を防ぐためにも、お妃様だって人に頼らずに適切な判断ができなければならないんです。他国も含めた切れ者たちを相手にしなければなりませんから」
「………よくわかったわ…。そんなの、わたしにはムリに決まってんじゃん…」
ミーナは現実を直視することが出来たのか、すっきりとした表情で顔を上げた。
気持ち的にもだいぶ吹っ切れたように感じられるし、こんな風にミーナと落ち着いて会話する機会はもうないかもしれないので、セラフィはここぞとばかりに畳みかけてみた。
「ついでにワトソンさん、婚約者のいらっしゃる男性と二人きりにならない方がいいですよ? 慰謝料請求されちゃいますよ?」
「はあ? 話したりゴハン食べたりするくらいで、いちいち大袈裟じゃない?」
「貴族の婚約・結婚は契約なんです。本人は良くても、当主が許さなければ契約違反でしかないので、責任を問われることもあるんですよ」
しかもミーナは男爵令嬢。相手はほぼほぼ格上になってしまうので、やりあったところで、まあ勝てない。
「はあ…めんどくさ………」
「はい、すごく面倒くさいんです」
「じゃあ、二人きりになりそうなときは庶務さんがつきあってよ」
いいことを思いついたと言わんばかりにパッと顔を上げたミーナの背後から、いつの間にやら追いついていたらしいリーンハルトの不機嫌そうな声が響く。
「駄目です。庶務へのナンパはお断りします」
女子二人は、突然の声に驚いて足を止めたが、リーンハルトは何も言っていないかのようにしれっとしている。
「…会長さん、心狭くない?」
「何とでも言ってください。ほら、遅れますよ」
リーンハルトは、相変わらずのそっけない態度でミーナに短く告げると、セラフィの背中に軽く手を当てて急ぐように促した。
でも、それはセラフィに対してだけで、ミーナには指一本触れてなくて…。
そんな細やかな『特別』に気づいてしまったセラフィは、何やらくすぐったいような気持ちでいっぱいになってしまって、顔に熱が集まっていくのをただただ感じていた。
「生徒会メンバーは顔面偏差値が高い」という基本設定にのっとり、
実はセラフィもちゃんと美人設定を背負っています。
私は個人的に、ヒーローには主人公のことを容姿で好きになって欲しくなくて、
作中で主人公の容姿をあまり描写しないようにしているのですが、
本作は作者のセオリーから外れました…




