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いたたまれないにも程がある  作者: 真朱


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13/17

13. いつの間にやら悪役令嬢

 セラフィの朝は、一般の生徒よりも心持ち早い。

 始業前に生徒会室へ一度立ち寄り、その日すべきことがあるかを確認したり、急ぎの対応があればちょちょっとこなしたりしているためである。

 これは生徒会役員の義務というわけではなく、王太子妃教育があるため毎日多忙で、朝くらいしかゆっくりできない公爵令嬢・フリデリカや、騎士団長の息子として朝の鍛錬が欠かせず、いつもギリギリに登園してくるオーガスタは基本的に朝は姿を見せないのだが、何ら問題ない。


 リーンハルトはセラフィより早く登園し、生徒会室に居ることが多い。

 第二王子・ラインハルトと一緒に登園するとなると、馬車の中で何かを読んだり寝たりしにくいので、生徒会を言い訳にして先にお城を出ているんだそうだ。


 セラフィがルーティーンどおりに生徒会室に向かおうとしたところ、横からにゅっと人影が現れたので足を止めると、そこにはピンクブロンドの男爵令嬢・ミーナがいた。


 「っ、おはようございます…」

 「おはよう庶務さん。訊きたいことがあるんだけど、ちょっといい?」

 「………はい…」


 正直言うなればあんまり良くない気がするのだが、光彩を失った瞳でじっと見据えてくるミーナをキレさせることなく躱せるような華麗なスキルを、セラフィは持ち合わせていない。

 何せアークライツ家は、権謀術数渦巻く王都の社交界になど年イチくらいしか参戦していない呑気な田舎貴族なのだ。経験値どころか心構えも足りない。


 「昨日、ライ様から言われたの。『もし私との将来を望むのであれば、次の試験で学年十位以内の成績を修めてくれ』って。『今現在、私に婚約者はいないが、その状況もそう長くは続かない。すぐに結果を出さなければ直に婚約者が決まってしまうだろうから』って」


 確かに今、ラインハルトには婚約者がいない。

 だからこそ、ミーナとの距離感が適切と言うには相当近いように感じられようとも、ラインハルトが一定の節度を保っていたこともあって、今までは大目に見て貰えていた。


 でも、第二王子・ラインハルトの婚約は、状況を見極めるために様子見になっているだけ。つまり白紙になったわけではなく止めている状況にすぎず、対話が再開されれば、すんなり調う可能性が高いのだろう。

 例えミーナに必死に励む覚悟があったとしても、その努力が実を結ぶまでラインハルトが待てる保証もない。前提条件も満たしてないご令嬢に、王家の婚約に割って入る資格などないのだ。


 王子妃となる者への要求はどうしても高いものになる。

 学園の成績で言うなら学年十位以内、「是非王家に」と強く望まれるような優れた能力を有している場合でも、三十位以内にも入らないようだと、国の要職に就いてもらうなど嫁ぐ以外の道を探ることになるらしい。

 妃ともなれば一回りくらいの年の差は余裕で許容される。つまり同年代に限らず、三歳上から十二歳下くらいの範囲から最もふさわしいと思われる女性を選ぶことが出来る。

 しかも国内どころか他国までも視野に入れることが可能なのだ。優秀で家柄も良い女子が一人もいないなんてことはまあ考えにくい。条件を緩める必要性がないのである。


 「いいカンジになったところで『妃になりたいなら死ぬほど勉強しろ』とか後出しして来て、『でも、そんな無理はさせたくないから距離をおこう』とか言われたって、すんなり納得できるわけないじゃない。なら最初から言っといてよって思うのは当然よね? つまり、そんなの建前でしかないんだわ」

 「は…はあ…」


 ラインハルトは、はっきりと『第二王子としての決断』を語ることは出来なかったらしい。


 何となくだが、ラインハルトは、「君よりも王族としての責務を優先することに決めたから、これ以上は一緒にいられない」とは言いたくなかったんだろうな、とは察する。

 個人の気持ちと置かれている立場との乖離を埋めることができず、こういう結論を出すに至ってしまったが、ラインハルトがミーナのことを好ましく思っていたのも、共に歩む未来を考えたことがあるのも事実なのだ。


 「選ばれなかった」という屈辱に打ち震えるよりは、「力が及ばなかったんだから仕方がない」と、自分の意思で諦めたんだと思って貰った方が、ミーナの傷は浅い。

 だけど、ミーナの実力不足に触れずにそれを悟らせることは至難の業というかほぼほぼ無理というか…。


 結局、少しの痛みも伴わず、楽しかった思い出だけ残して美しく終わらせることなど出来ないのだ。


 「ねえ、庶務さんはどうなの?」

 「はい?」

 「生徒会の人ってみんな頭いいんでしょ?」

 「ええと…会長と会計は学年一位、副会長は二位ですが、私はそれほどでは……」


 第二学年の不動の学年一位は、宰相の息子・侯爵令息ユング(会計)であり、王太子の婚約者・公爵令嬢フリデリカ(副会長)は学年二位。『優秀』と評価されている第二王子・ラインハルトは、実は学年三位だったりする。

 皆さん既にご存じのとおり、第二学年の上位二名は王子に対しても手加減などしない。むしろ「スペア王子に負けるようじゃ、未来の王妃・宰相として立つ瀬がない」くらい思っていそうである。


 「で?」

 「―――――え」

 「庶務さんの順位」


 謎の圧をかけてくるミーナに対して、受け取り方によってはマウント取っているかのように聞こえることを言うのはかなり勇気がいる。

 が、成績上位者は公表されており、ちょっと調べればすぐにわかることなので、いま隠したところでいずれ必ずバレる。

 その場しのぎの嘘をついたところでいい結果を生み出すことはないと判断したセラフィは、恐る恐るながら正直に答えることにした。


 「私はその…前回は九位です………」

 

 途端に、ミーナの目が据わった。


 「ああそう。やっぱりそういうことなんだ」

 「え、あの…?」

 「庶務さん伯爵家の人だそうじゃない。高位貴族で成績もいいってことは、あなたがライ様の婚約者候補なんでしょ?」

 「はい………?」


 セラフィは本気で意味が分からずに、気の抜けた声を発してしまっていた。

 だが、その反応を見たミーナは、セラフィがいけしゃあしゃあとシラを切っているように感じたらしく、突如として激高したのだ。


 「あんたがあることないことライ様に吹き込んだせいで、まんまと誑かされたライ様は、不出来なわたしを捨てて優秀な庶務さんに乗り換えたんでしょ!?」

 「はいい!? ちがいます私は何も吹き込んでませんし、うちは伯爵家とは名ばかりの田舎貴族でして、王家と縁付けるような家ではありませんっ そもそもラインハルト殿下は、私には何の興味もありませんよ?」


 ラインハルトがセラフィに声をかけるのは、リーンハルトを揶揄うための出汁にしているだけ。ラインハルトが絡んでいるのはあくまで弟のリーンハルトであって、断じてセラフィではない。

 でも、それを説明したところで、少しも聞く耳持ってもらえる気がしないのだがどうしたらいいのだろう。


 「しらばっくれないでよ! ライ様があんたと二人で立ち話してたのを見たって人がいるんだからね! ライ様の態度がおかしくなったのはその直後からなんだから!!」

 「それは本当に単なる立ち話で、すぐに会長も合流したんです。本当なんです」

 「なあに!? わたしは王子二人を侍らせてますよアピール!? 本気でムカつくのよあんた!!」

 (えええぇぇ…)


 もう何を言っても、ミーナの神経を逆撫でしてしまうとしか思えない。 

 きっとミーナの中でセラフィという存在は、自分と敵対する人間…謂わば悪役令嬢みたいなものとして確固たる地位を築いてしまっているに違いない。


 セラフィは、原作での立ち位置で言うなら悪役ではないはずなのだが、立場が変われば見え方も変わる。

 ミーナの目から見たセラフィは、もう少しで掴めそうだった光り輝く未来をぶち壊しやがった、無慈悲な阻害者でしかないだろう。

 襲い来る不条理から自分を守るために攻撃的になるのは、ある意味止むを得ないことなのかもしれない。


 異世界転生ものの悪役令嬢と言えば、冤罪は避けて通れない。セラフィ自身は悪役令嬢を受け入れたつもりは毛頭ないのだが、お約束通り濡れ衣を着せられて槍玉に挙げられているあたり、いつの間にやら悪役街道を歩まされているとしか思えない。


 もうとっくに分かっていたけれども、本当に、原作者チートも何もあったもんじゃない。


 「わたしがライ様といくら仲良くしてても涼しいカオしてたのは、『ただ家柄が低いだけじゃなく頭まで悪いなんて、どう転んだって王子妃になんてなれっこないのに』とか、人のこと小馬鹿にしながら優越感に浸ってたんでしょ!?」

 「いえそんな…っ」

 「自分は家柄も成績も十分だからって余裕かましちゃって何よ! 虫も殺せなさそうなカオして、やることがえげつないのよ!」

 「ですからあの…え~と………」


 何かもう色々ツッコミどころ満載なのだが、どうしたらいいのだろう。


 第二王子・ラインハルトは、王太子に万が一のことがあった場合に備えるというお役目を負っているため、次世代が育つまでは王籍を離れることはないと言っていい。

 そしてセラフィは、アークライツ伯爵家の嫡子として家を継がなければならず、他家に嫁ぐことはない。当然、王家に嫁ぐことだってない。

 つまりセラフィは、はじめから論外でしかない。

 ラインハルトとの関係を非難されたとて、セラフィは少しも全く本当に無関係であって、張り合う相手が違うとしか言いようがないのだ。


 だいたい、一応家格は高位に属していて成績もまあまあというダケで王家に嫁げると思ったら大間違いである。はっきり言って、セラフィくらいの女子なんてそれこそ何人もいる。

 政治的バランスなどを考慮して、最も影響力の強い爵位の高い家の中から、最も相応しい女性が選ばれるのがセオリーってものであって、影響力のない家の娘っこ(しかも際立った才能もない)なんか選ばれるわけがない。

 セラフィに敵意を向けるなんて、お門違いもいいところである。

 

 でも、きっとミーナの中では、『実際のところはどうなのか』は最早関係ないんじゃないかなとも思う。


 未来への夢(野望?)に向かってミーナなりに邁進していたのに、決定的に何かやらかした覚えもないのに、突然あっけなく終わりを迎えたのだ。

 気持ちが追いつかないのも、どこかに理由を探したくなるのも、わかる気がしてしまう。

 ミーナには、行き場を失ったモヤモヤした気持ちをぶつける先が必要で、その相手として真っ先に思い浮かんだのが、あの現場に居合わせていたセラフィだったってことなんだろう。


 「あの、どうか落ち着いて話を」

 「うるさいうるさいうるさい!!」

 (あああ~………聞く耳持ってもらえないどころか、何を言っても火に油にしかならなくなってる………)


 こうなってしまった以上、ミーナの気が済むまで気持ちを吐き出してもらうしかないのかもしれないと、セラフィが腹を括ろうとしたとき、セラフィの視界に何かが割って入ってきた。


 目の前に広がっていたのは、いつの間にか見慣れてしまっている頼もしい背中。

 これが誰のものなのかなんて、セラフィはもう、考えなくても分かるようになってしまっている。


 「会長………」


 リーンハルトは少し振り返り、セラフィを安心させるためにか目許を緩めて小さく頷くと、すぐに真っ直ぐにミーナを見据えた。


 生徒会室の中にいたリーンハルトは、ミーナの叫ぶように荒げる声を聞いて、急いで出て来てくれたのだろう。

 そしてセラフィを守るように、ミーナとの間に立ち塞がってくれている。


 そうするのが当たり前であるかのように。


 「話は聞こえました。私の兄が、ワトソン嬢に納得していただけるような説明ができなかったことで不快な思いをさせてしまったことは心苦しく思いますが、うちの庶務を責めるのは筋違いです」


 リーンハルトの静かで落ち着いた声は、綺麗に伸ばされた背筋と相まって清廉な空気を纏わせていて、喚き散らしていたミーナも聞かざるを得ない何かを感じ取ったかのようにじっと聞き入っていた。

 だが、ミーナを諫めるような言葉を耳にした瞬間、ほぼ反射的に食って掛かってきた。


 「どうして庶務さんばっかり…っ 庶務さんは頭が良くて、家柄も不足なくて、生徒会に入れるくらい人望もあって…っ 何でも持ってるなんてズルいわよ!!」

 「家は生まれ持ったものと言えるかもしれませんが、庶務だって初めから全てを持っていたわけではありません。弱音を吐かず、自分を律して、地道に努力を重ね続けてきたからこそ、ここまで辿り着いているんです。努力し続けられることは才能のうちと言えるかもしれませんが、やってもみずに羨むのは、庶務が費やして来た時間に対してあまりにも失礼です」


 迷いなく言い切ったリーンハルトの言葉が染み入り、セラフィは胸がいっぱいになっていくのを感じていた。


 『どれを取っても下位入賞』なセラフィは、大崩れする科目こそないものの、トップスリーに名を連ねるような際立った科目もなく、全ての科目で十位付近を彷徨っているという器用貧乏タイプだった。

 『全ての科目が五位以内』であればオールラウンダーと言っても良いのかもしれないが、十位となると途端に中途半端な印象が否めない気がして、セラフィは自分のことをパッとしない人間だとしか思っていなかった。

 でも、リーンハルトはそんなセラフィのこともしっかりと評価してくれていたのだ。


 地味で目立たなくてもコツコツ努力してきたセラフィを、リーンハルトは軽んじることなく、ちゃんと見てくれていた。


 その努力は嫡子としての…ひいては自分のためでしかなく、誰かに評価して貰いたいがためにしていたわけではないけれども、それでも、誰かに認めて貰えることで、こんなにも心が震えるだなんて思ってもみなかった。


 こんなにも 嬉しいだなんて―――――


 「あり…がとう…ございます………っ」


 何だか無性に胸に迫るものがあって、言葉に詰まりながら呟くように零したセラフィを、リーンハルトは少し振り返って確かに視認したはずなのに、優しい眼差しを送るだけで声をかけることはなかった。


 リーンハルトは、セラフィがほんの少しのきっかけで泣いてしまいそうになっているときは、それ以上踏み込もうとはせず、そっとしておいてくれる。

 こんなふとした拍子にも、リーンハルトがセラフィの繊細な心の動きまでもちゃんと見てくれているんだってことが伝わってきてしまって…

 セラフィは、心の内側から湧き上がって来るものに抗わず、溢れ出るままにふわりと微笑んでいた。


 リーンハルトは息を呑んで固まっていたけれども、目を逸らそうとはしなかったので、

 セラフィも顔を背けたりせず、まっすぐにリーンハルトを見つめ返した。



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