12. 第二王子と男爵令嬢
「―――――ミーナ」
「ライ様ぁ、最近声かけてくれなくなっちゃって寂しいですう。今日は一緒にランチしましょう? ね?」
ぱたぱたと駆け寄って来て、お祈りポーズをかましながら上目遣いに見つめるピンクブロンドの男爵令嬢・ミーナ。
第二王子・ラインハルトには効果覿面のテッパンポーズだったはずなのだが、今日のラインハルトは、いつまでたっても応えてくれる気配がない。
不思議に思ったミーナが首を傾げると、ラインハルトは少し寂しそうな表情を浮かべて、重い口を開いた。
「ミーナ…いや、ミーナ嬢と呼ぶべきだろうな」
「…ミーナ嬢………?」
今までは気安く名前を呼んでくれていたのに、急に畏まった呼び方をされたことに、ミーナは呆けている。
「私たちはこれ以上一緒にいることは難しい。これからは距離を置かせてもらいたい」
「は…? え、ライ様…?」
「今までとても楽しかった。本当に感謝している」
「ら、ライ様!? 急にどうしたの!? わたし何かしちゃった?」
「いや、これは私の都合であってミーナ嬢に非はない」
ラインハルトの突然の変化にミーナは驚愕のあまり目を見開いているが、ラインハルトは落ち着いていた。
薄っすら微笑んでいるような表情は一見優しく接しているように見えるが…。王族の威厳とでも言うのだろうか、何を言われようとも揺るがない強さを滲ませている。
今までとは全く様子が異なるラインハルトに、男爵令嬢も二の句が継げないでいる。
ラインハルトの変化の理由を他所に探そうとでもしているのか、ミーナが視線を彷徨わせたことにより、自然と周囲の人間にも目が向きはじめたようで、ラインハルトの横に立っていたセラフィの存在にも気づいたようだ。
セラフィの存在感が薄すぎたのか、あまりにも眼中になさ過ぎたのかは不明ながら、セラフィは最初からここにいたにも関わらず、全く存在を認識されていなかったらしい。
ミーナは、まじまじとセラフィの顔を見つめ、誰なのかに思い当たった途端に、敵意を隠すことなくギロッと睨みつけてきた。
「―――――あなた庶務さんよね?」
「あ、はい。あの…ごきげんよう…?」
「何であなたがライ様と一緒にいるの?」
「ええと…たまたまとしか言いようがなのですが…」
「なに? あてつけのつもり?」
「…え…あの………?」
何故か喧嘩腰で食って掛かって来るミーナを相手に、セラフィは対応に迷っていた。
セラフィが横恋慕している的な誤解をしているだろうことは直ぐに察しがついたものの、こういうとき下手なことを言うと火に油を注ぐだけである。
こちらとしては何ら含みを持たせたつもりはなくとも、相手の受け取り方ひとつで勝手に「マウントを取ってきやがった」などと解釈されたりするのだ。ただ口を開くだけのことにも必要以上に配慮が求められる。
対応に苦慮しているセラフィを見て、怯んでいるように感じたのだろうか。ミーナは攻勢を強めることにしたようだ。
「わたしが会長さんをランチに誘ったから、じゃあライ様を奪ってやろうとか考えたんでしょ? わたしはただ会長さんとお話したかっただけなのに、仕返しとばかりに、ライ様にわたしの悪口吹き込んだんだわ。そうじゃなきゃ、ライ様が急に冷たい態度を取るだなんて考えられないもの。あ~やだやだ。庶務さんて見た目と違って浅ましい人なんですね~」
「―――――」
セラフィは思わず絶句してしまった。
いや、ミーナは『異世界ピンク』と言えばのお約束通り、男性ウケを狙ってキャラを作っており、心根までも可愛らしい女の子ってわけではないのは分かっていたので、豹変した態度や向けられる敵意に怯えているわけではない。
ただ、王子二人を目の前にして、本性を剥き出しにしてくるとは思っていなかったのだ。
リーンハルトは、セラフィを背に庇う姿勢を取ると、厳しい目つきで男爵令嬢を見据えている。
荒事に発展させることなく如何に場を収めるか、目まぐるしく考えていることが伝わって来る。
リーンハルトは本当に仲間を大切にしてくれている。
我が身を挺することを厭わず、どうするか考えるよりも前に、仲間の身の安全を最優先にしてくれる。
いつも。…今も。
(私だって、こんな風に庇ってもらうばかりじゃなくて、何か力になりたい。…なれればいいのに―――――)
ふと、そんなもどかしさに似た気持ちが沸き起こり、セラフィの心にほんのりと、温かいような切ないようなものが灯る。
(―――――…そっか…。会長もこんな気持ちで、私に手を差し伸べてくれてるのかも…)
リーンハルトの強さと優しさに触れて、セラフィの気持ちにも少しずつ変化が訪れようとしていた。
それはまだ形を成す前の、名前をつけることも出来ないような何かでしかないけれども、それでも、居たたまれなさばかりが強かったセラフィの中に確かに芽生えた、前向きな気持ちだった。
が、そんなほわほわした空気を現実に引き戻すが如く、宰相の息子・ユングの毒舌が炸裂する。
「何ですかこの人。本気でうぜぇんですけど。ラインハルト殿下、あなた本当にこの人が良かったんですか? 絶望的に女性の趣味が悪いですね。リーンハルト殿下は趣味良いんで、見極めて貰ったらいいですよ」
「………だから其方は私を何だと思っているんだ………」
「『女好き』且つ『女性の趣味が悪い男』ですが何か?」
「……………こいつ……………」
「あらあら。図星だからといって八つ当たりは感心いたしませんわよラインハルト殿下」
「…先輩方、マジかっけぇ………」
さすがのミーナも、自分がディスられていることには当然気づいたので、先ほどのセラフィへの物言いがよろしくなかったことは察したようだ。
だけど、そこは数多の男性を惑わせてきたミーナ・ワトソン男爵令嬢。少しくらいボロが出たって、それもギャップの一つとして萌えに昇華してしまえば魅力に変わることを知っている。
今まで男性には効果覿面だった手練手管を総動員し、ほっぺたをぷくっと膨らませて、くりくりの瞳を少し潤ませながら上目遣いで見つめ、甘ったるい声でユングに擦り寄った。
「うざいとか言わないでくださいよう哀しいですう~。驚かせちゃったかもしれないけどぉ、こう見えてわたし、言うべきことはちゃんと言える子なんですぅ」
その瞬間、ユングが絶対零度のオーラを纏った。
ユングは表面に惑わされる人間ではない。加えて、知性もしくは常識の足りない人間には容赦がない。王族である第二王子・ラインハルトすらも平気で扱き下ろせる人間なのだ。両方足りてない男爵令嬢・ミーナへの情けなどあるわけがない。
ユングの必殺技(ブリザードを疑似体験できてしまう凍てつくオーラと容赦ない毒舌による精神攻撃)が炸裂する前兆を素早く察知したラインハルトは、
「私からきちんと話をするから! ここは一旦私に預けて欲しい!! ミーナ嬢こちらへ」
と叫ぶと、ユングが口を開く前に、ミーナを連れて速やかにこの場から離れて行った。
さすがにラインハルトとて、好ましく思っていた女性が目の前で滅多切りにされる姿は見たくないのだろう。
この場に留まっていてはいけないと瞬時に判断し、行動に移したようだ。
ユングは、立ち去るラインハルトらを酷薄な視線で射殺しつつ、吐き捨てるように言い放つ。
「ラインハルト殿下の改心に免じて、今日のところは見逃して差し上げましょう。―――――次はありませんよ」
そんなユングに、オーガスタは失笑に近い表情を浮かべながら呟いた。
「どこの黒幕ですかユング先輩…」
「通りすがりのブラックです」
「腹黒という意味にしか聞こえませんわね…」
「否定はしません」
ちなみにオーガスタは全く頭脳派ではないが、ユングとは良好な関係を築けている。
ああ見えてオーガスタはちゃんと常識があるし、お勉強は奮わなくても地頭は悪くなく、人の話を聞く姿勢を持っていることから、ユングの癇には障らないらしい。
上級生コンビと歓談しているオーガスタを遠巻きに眺めながら、リーンハルトは神妙な面持ちでセラフィに話し掛ける。
「セラフィ、またワトソン嬢に絡まれるかもしれないから、一人で行動しない方がいいと思う。これからはなるべく私と一緒に行動するようにしよう」
「はい。ラインハルト殿下とお別れすることになってしまったら、前にも増してワトソンさんは会長とお近づきになろうと躍起になるように思います。でも、私とオーガスタが楯になりますから、どうぞご安心くださいね!」
「…うん? …え、あれ…?」
リーンハルトは、セラフィが絡まれることを警戒しているわけだが、セラフィは自分の心配をしてくれているだなんて思いもしない。当然、絡まれるのはリーンハルトだと思っている。
リーンハルトも、どうも伝わってないことは察したが、何故こうなったのか理解が及んでおらず、どうリカバリをすればいいものやら必死に考えている。
そんな二人を、生徒会メンバーズは生ぬるい目で見守っていた。
「不思議なほど伝わってるカンジがしねーですね…」
「セラフィは聡い子だと思ってましたがね」
「リーンハルト殿下とは住む世界が異なると、はじめから自分のことは枠の外に置いているのですわ。セラフィだって高位貴族のご令嬢ですのにねえ…」
セラフィはリーンハルトのことを雲の上の存在だと思っているから踏み込もうとしないだけで、傍から見ていても、悪い印象など持っていないことは明白である。
そしてリーンハルトの方はと言えば、もはや隠すつもりがないんだろうなというくらいに分かりやすい。
恐らく牽制の意味もあってのことだろう。
リーンハルトは頑張っているし、周囲を嫌な気持ちにさせることのない二人なので、二人をよく知る人間としては応援してあげたい気持ちになる。
でも、セラフィは性格的に、周りがやんややんや盛り上がってしまうと恐縮するあまりぎこちなくなってしまう恐れがある。完全にいらんお世話どころかリーンハルトから恨まれることになりかねない。
だから、生徒会の面々は、リーンハルトに茶々を入れることはあれど肩入れしすぎることはなく、ただただ見守っているのだ。
内心じれったく思いながら。




