11. 嵐の前の静けさ
その後、第二王子・ラインハルトは本当にピンクブロンドの男爵令嬢・ミーナとの付き合い方を改めたようで、二人が一緒にいる姿を見かけることはぱったりとなくなった。
ミーナの方は、いいカンジだと思っていたラインハルトから突然距離を置かれてしまい、困惑しているようだ。
以前は何もしなくても向こうから来てくれていたのに、最近はいくら待てどもラインハルトは現れない。会話どころか見かけることすらも難しくなっているらしい。
ラインハルトが関わらないように心掛けて行動しているのであれば、そう滅多にミーナと遭遇することはない。
学年が異なると教室のある階も異なるし、受ける授業も教室の移動パターンも異なるのだ。ミーナの動きを伝えてくれる協力者がいれば、より効率よく避けることもできる。
「…あの頑なだったラインハルト殿下がここに来て改心なさるだなんて、わたくし思ってもみませんでしたわ…」
公爵令嬢・フリデリカが、心の底から感心したような声を上げている。
「同感です…。ラインハルト殿下は勉強はできても地頭の悪い、実務では使えないタイプの男だとばかり思ってましたが………」
宰相の息子・ユングも、毒を帯びた本音を織り交ぜつつも、見直したと言わんばかりの反応を示している。
「えーと? とりあえずラインハルト殿下はもう大丈夫そうってことでいいのか? …レンジャーが出るまでもなかったなあ」
オーガスタが残念そうに呟いたことで、セラフィははたと気がついた。
レンジャーは、今回のように「王子に物申す必要がある」といった、立場の低い人間には処しにくいケースに対応するために設けられたリーサルウェポンだと解釈している。
だけど、第二王子・ラインハルトの対応にあたっては、リーンハルトもセラフィも完全に素のままで対峙して、なんのかんの成果に結びつけてしまったことになる。
そう、なんとセラフィは、結果的にレンジャーの出動を阻止することに成功したと言えるのだ。
…というか、レンジャーが出動してたら大分マズイことになっていたと思うのだが…。
だって、今回のターゲットは他でもない、第二王子・ラインハルトだったのだ。リーンハルトにとっては、半分とはいえ血の繋がった兄なのである。
王子達はそこそこ円満な関係性を築いている。いくら母親が違うとは言え、マントと仮面を装着した程度のしょぼい変装程度で、目の前の弟に気づかないなんてことは、流石に考えにくい。
そして、ここ数日で目にしてきたラインハルトの性格から想像するに、リーンハルトを揶揄える絶好の機会を見逃すとは思えない。「レッド」とか名乗って他人を装おうとする弟に、嬉々として絡んで来ることだろう。ええもう間違いなく。
地味で目立たないセラフィであれば、ちょっと変装する程度のことで誰だか分からなくもなれると思うが、華があってとても目立つリーンハルトはどうあっても誤魔化しがきかない。
頭のてっぺんから足の爪先、所作に至るまで徹底的に装っていても気づく人は気づくくらい、リーンハルトは纏うオーラからして別格なのだ。
第二王子・ラインハルトが相手だからこそレンジャーが出るしかないと判断されたはずでありながら、リーンハルトに関して言えば、下手にカモフラージュしようとしても反対に食いつかれる羽目に陥っていただけだという絶対の自信がある。
レンジャーとして出動しなくて本気で正解だったと言い切ってしまいたい。
そもそも、レンジャーが頻繁に出動してきたのであれば、いくら何でも噂くらい小耳に挟んだことがあるはずなので、レンジャーの出動実績なんて、過去を総ざらいしてみてもそう何度もあるわけではないはず。
物申しにくいほど高位の人間が、いつの時代も常々学園に在籍しているわけでもなければ、その数少ない尊いご身分のお方が問題行動を引き起こす可能性などないに等しい。
つまり、レンジャーの出動を検討しなければならないようなケース自体がレアケース中のレアケースと言えるだろう。
そして、その激レアな存在に名乗りを上げてしまったラインハルトではあるが、実際にはレンジャーの出番を迎えることなく事態は収束している。
ミーナが改心したわけではないので、まだ全てが解決したとまでは言えないが、最大の難関は突破したと言っていいだろう。
今までは第二王子・ラインハルトがバックについていたせいで非常に扱いにくい相手と化していたミーナも、ラインハルトが離れたとあっては、何ら恐るるに足りない。
もう、敢えてレンジャーが出動してお裁きを下す必要性を全く感じないのはセラフィだけではないと思いたいのだが、如何だろうか。
(ラインハルト殿下が離脱してくださった途端、こんなにも見通しが明るくなるものなのね………!)
居たたまれなさばかりが強く、どうにも重く沈みがちだったセラフィの気持ちは、雨上がりの空に陽が差し込むように、晴れやかに澄み渡っていた。
そこに、たまたま通りかかったらしいラインハルトから声をかけられる。
「おや。随分と楽しそうではないか」
「あ…ラインハルト殿下にご挨拶申し上げます」
慌ててセラフィが頭を下げると、ラインハルトは軽く手で制しながら苦笑を浮かべた。
「先日も言ったが、本当に畏まらんでいい。リーンハルトと同じように接してくれ」
「―――――は、はい…。ええと………それはとても難しいです…ね…」
「歩み寄った結果が最後の『ね』なのか?」
「その………はい」
「なるほど。コロッとは変えられないところが、むしろ貴女らしいように思えるな」
ラインハルトは思いのほか穏やかに会話してくれている。大変ありがたいことに、セラフィは敵認定されずに済んでいるらしい。
公爵令嬢・フリデリカが「あらまあ。随分と打ち解けられましたのね」と目を丸くしている横で、宰相の息子・ユングは「ラインハルト殿下、女性に弱すぎませんかね? ちょっとどうかと思いますが」と呟きながら、眼鏡の奥の目をじとっと細めている。
そしてオーガスタは、「あ~あ~…。またリーンハルトが面倒くさいことになりそうだよなあ…」とチラリと遠くへと目をやった。
すると、噂をすれば何とやらと言わんばかりに「兄上っっ」と声が響き、廊下の向こうから慌てたように駆けて来るリーンハルトの姿が目に入ってくる。
「…先日も思ったのだが、リーンハルトは私達の前ではあまり感情を露わにしないのだが、貴女の前では随分と様子が違って見えるな」
ラインハルトは面白そうに目を細めているが、リーンハルトは生徒会室では比較的表情豊かに過ごしているので、セラフィにはあまりピンとこない。
生徒会室は人の目が限られている上に、幼馴染で気心の知れたオーガスタがいることが大きいのだろう。
「それはオーガスタのお陰かと…」
「いや、そういうこっちゃねーんだよセラフィ」
「うむ。私もそう思うぞセラフィ嬢」
ラインハルトがそうコメントした瞬間、ユングがぴくっと眉を震わせ、これでもかと嫌悪感をまぶした視線をラインハルトへとぶっ刺した。
「ラインハルト殿下、何しれっとうちの庶務をファーストネームで呼んでるんです? 馴れ馴れしいですよこの女好きめが」
「………ユング…其方は私を何だと思っているんだ」
「『女好き』ですが何か反論でも?」
「………」
「あらあらユング様ったら。相変わらず毒舌ですこと」
「おお~。ユング先輩強え~」
ラインハルトは周囲の苦言にも耳を傾けなかったと聞いているが、やんわり匂わされるレベルではなく、この勢いで言われていたのだろう。
この言われっぷりでは頑なになってしまうのも仕方ないのかもしれないと思う一方で、これを跳ねのけ続けていたのだとしたら、それはそれで相当なものだと思う。
それだけ、男爵令嬢への思いが強かったということなのだろう。
…本当によく我に返ってくれたものだと思う。
ユングが一方的にラインハルトをやり込めている最中、駆けてきたリーンハルトが切々と訴えかける。
「兄上! セラフィにちょっかいかけるのは止めてくださいとお願いしたじゃないですか!」
ラインハルトはチラリとリーンハルトに視線を返すと、どこか苦々しそうに息を吐いた。
「おいリーンハルト。いらんちょっかいかけられてるのは、どちらかと言えば私の方だと思わないか?」
「………え、兄上が…?」
きょとんとするリーンハルトを他所に、ユングは変わらないトーンで吐き捨てた。
「何故私があなたにちょっかいなんかかけなきゃならないんです? 変な言いがかりつけるのは止めていただけませんか。非常に不愉快です」
「…だからおまえな………」
うんざりしたように溜息を吐くラインハルトに、リーンハルトは状況を察したらしい。
「…あのセラフィ、兄から何か言われたりは…?」
「いえ、ご挨拶だけですよ?」
「そっか…。よかった………」
リーンハルトがホッと肩の力を抜いたところに、「あ~見つけたあ~!」と、女性の高い声が響き、一度下がったリーンハルトの肩がびくっと再び跳ねあがっている。
だが、その声に逸早く対応したのは、リーンハルトではなくラインハルトだった。




