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いたたまれないにも程がある  作者: 真朱


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10. 第二王子再び

 「セラフィ・アークライツ伯爵令嬢」

 「―――――は…い………」


 セラフィが顔を上げると、そこには何やら判断の難しい表情を張り付けた第二王子・ラインハルトがいた。

 真っ直ぐにセラフィを捉えるその視線からは、有無を言わせない圧を感じる。


 「せ、先日は大変失礼なことを申しまして、誠に申し訳ございませんでした。如何なる処罰も受け入れる所存にございます」


 すぐさま深く頭を下げたセラフィに、ラインハルトは軽く手で制しながら言う。

 「いや畏まらなくていい。少し話をしたいのだが」

 「は、はい。もちろんでございます」


 王族からのお言葉にはキホン逆らえないので、承諾するしかない。

 もちろん、もし万が一にでも『二人きりで密室に』とかいう事態に陥りそうになったら、「殿下の名誉を守るため」と称して全力で逃げるけれども。


 「畏まらんでいいと言っているのに。…だがそうだな。そういうところがミーナとは違うのだな」

 ラインハルトは少し寂しそうに、溜息まじりに呟いた。


 人の往来を妨げないように廊下の端っこに寄り、疚しいことはないのだと示すためにも隠れるようなことはせず、ただ声量には配慮しつつ、ラインハルトはセラフィに問いかけた。


 「アークライツ伯爵令嬢は、先日私に『今のままではミーナとの将来には大変な困難が待ち受けている』と言ったな。其方の目には、ミーナはどのように映っている? 私とミーナの関係をどう見ている?」

 「―――――…はいぃ………?」

 「何を述べようとも決して咎めないことを約束する。忌憚のない意見を述べてもらいたい」


 セラフィは困惑してしばし固まった。

 言葉の通り受け取って、つらつら好き放題言うことなどできやしないが、かと言って王族相手に嘘を言うこともできない。


 そもそも何故セラフィにそんなことを問いかけてくるのだろう。セラフィから失言を引き出して、そこをとっかかりに生徒会に圧力をかけたいのだろうか。

 生徒会の穴を突きたいのであれば、そりゃセラフィが狙いどころなのは間違いないだろうが、生徒会が陰の任務に動いていることは伏せられているし、ラインハルトが生徒会を切り崩しにかかる理由がさっぱりわからない。


 「警戒せずとも悪いようにはしない。私の周囲には派閥や思惑が渦巻いているのでな。私に苦言を呈する人間はいるが、どうしてもうがった受け取り方をしてしまって、素直に聞き入れることができないのだ」

 「…さ、左様で…ございますか………」


 確かに、ラインハルトは周囲の言葉に耳を傾けてくれないとは聞いているので、心情としてはなるほどと思えるのだが、そういう派閥が絡んでそうなお話は扱いが非常にセンシティブなので、返事に詰まってしまう。


 「其方は私に訊いたな。『どうやって乗り越えていくつもりなのか』と」

 「―――――はい…」

 「私の周囲の人間だったら、まず間違いなく『彼女は王子には相応しくない』『だから彼女のことは諦めろ』と言う。だが其方はそうではなかった。『彼女との未来を望むのであれば、そのための道筋を立てて、見合った行動をするべきではないか』と伝えようとしてくれたのだと感じた。…だから其方の言葉であれば聞いてみたいと思えたのだ」


 ラインハルトの瞳には力強さの中に澄んだ何かが滲んでいて、ラインハルトの言葉に嘘がないことを示している。


 ―――――そう、確かにセラフィはあの時、そう言おうとしていた。


 一時的な感情ではなく、本気で男爵令嬢・ミーナとの将来を考えているのであれば、大変険しい道のりではあれど可能性は全くのゼロではない。ミーナが適性試験をクリアできるだけの実力を身に着け、何らかの分野で秀でた実績を残せばいいのだ。

 ただし、当然それは生半可なことではない。相当な覚悟でもって臨まなければ到底叶えられることではないし、たゆまぬ努力が必要になるだろう。


 ラインハルトは王太子ではないから尚更のこと。


 この国では、側妃や妾妃が認められるのは国王のみであり、王子にも王弟にも妃は一人しか認められていない。

 その唯一にミーナを望むのであれば、彼女を王子妃に相応しいレベルにまで引き上げるしか道はないのだ。


 時間にだって限りがある。ラインハルトが王や王太子から見限られる前にミーナの価値を示すことができなければ、せっかくの努力が水の泡になってしまう。

 ラインハルトが本気であればこそ、間に合うものも間に合わなくなる前に動き出さなければならないのだ。

 

 ラインハルトだって、ただのおバカ王子ではない。

 今までは浮かれてしまっていて状況が見えていなかったかもしれないが、少し冷静になるだけで、気持ちと勢いだけではダメだということ、力業でどうにかなることではないという現実に気づくことができる。


 そして今、周囲の意見にも耳を傾けようとしている。


 だからと言って、碌に面識もないセラフィをご意見番に指名したりして大丈夫なんだろうかという思いはあるが、初めからミーナに対して批判的な人の意見を聞く気になれないラインハルトの心情も理解できる。

 ラインハルトは気難しさはあれど、簡単に約束を反故にするような人物だったのであればもっと悪評が立っているはずなので、一度咎めないと言ったからにはセラフィを咎めることはないだろう。そこは信じていいと思う。


 それなら、せっかくラインハルトが人の意見を聞く姿勢を示してくれているのだから、セラフィも誠意をもって伝えてみようと腹を括る。


 「恐れながら申し上げます。いま時点のワトソン様では『王家に嫁ぐための前提条件』に残念ながら及ばないかと…。後ろ盾や多大なる功績は、前提を満たせていなければ何ら意味がございません。ラインハルト殿下がワトソン様との未来を望んでいらっしゃるのであればこそ、早急に然るべき教育を受けていただく必要があるかと存じます」

 「…うむ。まあその通りであろうな」


 ラインハルトが、ただ自分に寄り添った言葉を欲しているだけなのであれば、ここまでで止めるべきなんだろう。

 だけど本当に伝えなければならないのはこの先なのだということを、セラフィは重々承知していた。


 「―――――ですがラインハルト殿下、殿下は本当にそれをお望みなのでしょうか?」

 「…と言うと?」

 「然るべき教育を受け、貴族のご令嬢らしい所作や教養、品位を身に着けるということは、気持ちを隠し、表情を取り繕い、言葉遣いも畏まった、今現在のワトソン様とは全く異なるご令嬢になるということです。そうなったワトソン様に対しても、今と変わらぬお気持ちを持ち続けて行く自信とお覚悟が、ラインハルト殿下にはございますか?」

 「―――――」


 ラインハルトは目を見開き、声を失くしていたが、セラフィは決して目を逸らさなかった。


 これは、ただミーナが成長すればいいってだけのお話ではない。貴族のご令嬢らしからぬ天真爛漫さが彼女の魅力だったのであれば、その魅力が失われることを意味するのだ。


 ラインハルトの都合でミーナに厳しい教育を科す以上は、変わって行く彼女を受け入れることができないなどという身勝手は許されない。


 そして、もしミーナが期待に応えられなかったとしても、事を大きくしておきながら「やっぱダメだったからお役御免ってことで」なんてことをしてしまえば、ラインハルトの…ひいては王家の信用に関わる。

 その時はラインハルトが王籍を離れるくらいの覚悟を持って、つまりはミーナと一蓮托生で臨まなければならないくらいの重い選択になると思うのだ。


 「お覚悟を決められたのであれば、あとは励むしかございません。ですがもし迷われているのであれば、どうか早計に決断なさらず、ご納得いくまでお考えいただきたく存じます」


 ラインハルトは、ラインハルトのことだけでなく男爵令嬢のことも俯瞰から評価することができる、完全なる第三者からの公正な意見を聞きたいのではないかと感じた。

 だからセラフィは、耳障りの良いことだけ言うようなことはせず、厳しいことも真摯に伝えたつもりだ。それがセラフィに示せる誠意の形だと信じて。


 ラインハルトは何も言わなかった。

 過ぎたことを口にしたであろうセラフィに対して、激高することも叱責することもなく、ただ静かにセラフィの言葉を噛み締めているように感じた。


 忌憚のない意見を求められていたとは言え、差し出がましいことを言ったのは確かなので、セラフィが頭を下げようとしたとき、ラインハルトはふっと肩の力を抜き、ちらりとセラフィに目をやると皮肉交じりに笑った。


 「アークライツ伯爵令嬢、貴女の誠意ある諫言に感謝する。私は、天真爛漫さを失ってしまったミーナとの未来を思い描くことは、とてもできそうにない。かと言って、今のままのミーナと共に生きるために身分を捨てることもできない。幼い頃から兄上の治世を支えるために努力を重ねてきたのだ。ここはどうしても譲れない。…つまり、ミーナへの気持ちはその程度のものだったということだ」

 「ラインハルト殿下…」


 諦念を滲ませたその表情は、それでもどこかスッキリとして見えた。ラインハルトなりに覚悟を決めたのだろう。


 「恐らく皆より多くの物を持っているだろうに、だからこそとでも言うべきか、思い通りにならないものに心惹かれてしまうものなのだな。全く難儀なことだ」


 ラインハルトは小さく息を吐くと、どこか吹っ切れたかのように穏やかな表情を浮かべた。


 セラフィはかける言葉を持ち得ておらず、ただ静かにラインハルトを見守ることしかできずにいた。

 そこに「兄上!!」という声が耳に届き、駆け寄ってくるリーンハルトの姿が視界に飛び込んでくる。


 「…ああリーンハルトか。嗅ぎつけるのが早いな」

 少し呆れたように顔を上げたラインハルトは、ふと動きを止めると、セラフィへと視線を向ける。


 「アークライツ伯爵令嬢、其方は嫡子だったかな?」

 「は、はい。当家は子が一人しかおりませんので」

 「ふむ。生徒会に名を連ねている時点で、知識や教養、素行に問題がないことはお墨付きだし、派閥の影響を受けることがなく家格も足りている。控えめに見えるが、自分の意見をしっかりと持ち、言うべきときはちゃんと言葉にすることもできる。そして容姿はご覧の通り。…なるほど。其方、なかなかの優良株だったのだな」

 「………はい??」


 いや、アークライツ家は一応伯爵家ではあるが、中央の政策には一切絡んでおらず、牧歌的な田舎領地を治めているだけの無力な家なので、中央に近しい貴族家には全く相手にされていない。

 田舎ネットワークの中でのほほんと生きていければそれでいいやという、ある意味貴族っぽさの足りない家でもある。


 セラフィ自身は、後継者としての教育は受けてきているのでそれなりに知識や教養はあるし、嫡子の名に恥じない行動を心掛けてきたので、素行も人づきあいも大きな問題はないと思っている。

 でもそれも、貴族の一員としては全くもってフツーのレベルではないだろうか。


 何がラインハルトの琴線に触れたのかさっぱり分からないが、ラインハルトは先ほどまで纏っていた力ないオーラを払拭した、生き生きとした表情を浮かべると、駆けつけたリーンハルトに向き直った。


 「兄上、彼女のことはお目こぼし頂けるお約束でしょう!?」

 リーンハルトはセラフィを背に庇うように、ラインハルトとの間に体を滑り込ませた。


 そんなリーンハルトの様子に、ラインハルトは人の悪い笑みを浮かべながら大仰に構えている。

 「人聞きの悪いことを言うなリーンハルト。セラフィ嬢とはただ話をしていただけだ」

 「―――――()()フィ()嬢………?」

 リーンハルトは眉をしかめながら呟いたが、ラインハルトは気づいていないようなカオをして、そのまま続けた。

 

 「ああ。彼女の真摯な言葉に私も目が覚めたよ。ミーナとは…残念だが共に生きていくことは難しいようだ」

 「! 兄上…!」


 ある意味頑なだったラインハルトの姿勢が軟化したことに、リーンハルトはホッとしたように眉間の皺を緩めた。が。


 「やはり、後の王弟として、知識も教養も品位も家柄も問題なく、その内面と共に容姿までも清らかな女性を選ばなければならないのだということを思い知ったよ。…そう、セラフィ嬢のような女性をな」


 ラインハルトは、きっぱりとそう言い切った後、セラフィに向かってにっこりと微笑みかけたりするものだから、リーンハルトはぴしりと固まった。


 リーンハルトには見えていないのだろうが、セラフィにはよ~く見えている。

 ラインハルトが愉快そうに口の端をゆがませている。

 つまり、心にもないことを態と言っているのだ。


 生徒会室でのあの一件で、リーンハルトが仲間を庇おうとするということを学習したラインハルトは、セラフィを出汁に使ってリーンハルトに絡もうとしているに違いない。 


 (あら~…。一種の憂さ晴らしみたいなことかしら…) 


 でも、ラインハルトは、いま一つの恋に区切りをつけたばかりなのだ。苦しい思いを吐き出す先を求めてしまうのは致し方ないことのようにも思える。


 王族として自らを律することを選択したラインハルトの決断に敬意を表して、セラフィは敢えて口を挟まずに、ただ苦笑まじりに見守るだけに留めた。


 「………え……、セラフィ………?」

 ラインハルトとセラフィの間に流れる空気感が昨日とは異なっていることに、リーンハルトはどこか愕然としたような表情でセラフィを凝視していたが、その様子をじっと観察していたラインハルトが堪えきれないと言わんばかりに吹き出したことで、途端に空気が緩む。


 「ははっ。なるほどセラフィ嬢、貴女は思っていた以上に思慮深く好ましい女性のようだ」

 「!! 兄上っ!!」

 「どうしたリーンハルト。狭量な男は女性に好まれんぞ」

 「っっ」


 ぐっと言葉に詰まるリーンハルトを、ただただ面白そうに揶揄い続けているラインハルトに、セラフィが「そろそろ勘弁してあげてくれませんか~?」という気持ちを込めて軽く肩をすくめて見せると、それすらも面白いと言わんばかりに、ラインハルトは声を上げて笑った。


 「はははははっ。そうか。私の世界は随分と狭かったのだな。ちゃんと周囲を見回していれば、もっと様々なことが見えていたのかもしれない。…良い勉強になった。セラフィ嬢、また話を聞いてもらえるだろうか」

 「はい。私でよろしければ」


 これ以上セラフィに何かできるとは思わないが、道を踏み外しかけるくらいなら、話相手にくらいいくらでもなろう。

 でも、セラフィが学園の人たちから『男爵令嬢の後釜』みたいな認識を持たれたら堪らないので、もし次の機会があるのであれば、誰かに同席を頼もう。


 「ねえセラフィどういうこと!? いつの間に兄上と仲良くなったの!?」

 「ええと…仲良くなったわけではないと思いますよ…?」

 「どこが!? 駄目だよセラフィ、もっと警戒して!?」


 必死な形相でセラフィに詰め寄るリーンハルトの様子に、ラインハルトがリーンハルトを揶揄いたくなる気持ちが分かるような気がしてしまい、ついついセラフィも顔を綻ばせてしまう。


 「ああもう…。そんな穢れのない微笑みを向けられちゃったら毒気を抜かれると言うかさあ…。これ以上何も言えなくなるじゃないか………」


 何やら呟きながら天を仰ぐリーンハルトがまた可笑しくて

 本当なら恐れ多い存在なはずのリーンハルトが、何故だかいつもよりもずっと近くに感じられて


 セラフィはふわふわした気持ちのまま微笑み続けていた。



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