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転生したら幽閉王子でした~これどうすんの?  作者: サクラ近衛将監
第三章 貴族として

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3―26 北部の異変対応 その七 閑話

 私は、ラルフ・クルム・セルヴェン。

 救国の英雄として市井(しせい)に名高い、ブラッセルマン公爵の騎士として仕えている。


 主の公爵様は成人して間もないから、必ずしも頼りがいのある人物には見えないかもしれない。

 だが、セルヴェン男爵家の三男坊として行先が定まっていない時期に、私を名指しで騎士として取り立ててくれた人物であり、驚くほど有能な人物である。


 王都の貧民街に近い場所で、一頃、粗末な診療所を開き、極めて安い治療費で大勢の人々の傷病を癒(いや)していた人物であり、巷には聖女ならぬ聖人と崇めていた人もいたほどである。

 その頃は、私も二年後ぐらいに騎士学院に入るために種々の勉学と鍛錬に勤(いそ)しんでいた頃で、そんな人が居るという風の噂を知っていた。


 三男坊とは言え、れっきとした男爵家の血を引く者が、そんな王都の場末の近くに行くこと自体が忌避されるから、平民の頃の公爵様の顔を見たことは無い。

 ただ、後で知った話ではあるが、その当時平民であった公爵様は、いずれの教会にも属してはいなかったようで、所謂(いわゆる)聖職者の治癒師では無かったそうな。


 大勢の人々を安い治療費で癒しても、それが生活の糧にはなるとは到底思えない。

 そうして、当時の公爵様は、どんな重病人であろうと大銅貨一枚で治癒を行っていたというからね。


 まぁ、それは、公爵様になった今でも変わらないんだ。

 貧乏人であろうと金持ちであろうと、また、平民であろうと王侯貴族であろうと、全く同じ金額で治癒をしていたし、しかも重病であるか否かを問わずにだ。


 大銅貨一枚は、子供の小遣い程度の額にしかならないから、少なくとも大銅貨一枚での生活は絶対に無理だ。

 普通の教会専属の聖職者が治癒を行うのは、一日に付き精々一人か二人程度であり、それがために聖職者の治癒を受けるとなれば非常に高額になる。


 一度の治癒魔法の行使で金貨どころか大金貨が必要な場合もあるそうだ。

 その理由としては、治癒魔法を使うのに大きな魔力を消費するため、多額の経費を要求するらしい。


 ところが、そんな教会の聖職者とは違って、当時の公爵様は一日に数十人の傷病者を短時間で癒していたらしい。


 そうして、その診療時間は夕刻間近のごくわずかな時間で行っていたという。

 当時の公爵様の収入のメインは、冒険者としての収入であったようだ。


 従って、日中は冒険者で稼ぎ、夕刻に治癒魔法を行使して、多くの人々を助ける奉仕活動をしていたようだ。

 これは、貴族のノブレス・オブリージュに通じるものがあるよね。


 いずれにしろ、その治癒能力で命が危ぶまれていた二カ国の王族の命までも助けたことで、ノルディア公国とサルバドル王国の二カ国からそれぞれ勲章と名誉伯爵の称号が与えられたんだ。

 当然に二カ国との関係を重んじるハーゲン王国が何もしないわけには行かず、当時何も称号の無かった公爵様に勲章と名誉伯爵の称号を与えたわけだ。


 名誉伯爵とは、一応貴族扱いにはされるものの、準ずるというだけで貴族ではない。

 微妙な地位ではあるが、その功績を讃(たた)えるだけの一代限りのものと考えたほうが良いかな?


 ただ、名誉伯爵になれば、貴族の娘を嫁として貰うことができるようになるのは確かだな。

 場合により、貴族家に養子に入って当該貴族家を継ぐという事例も過去に無いわけじゃない。


 その後に、起きたのが王都近郊で発生したスタンピードだった。

 王都を殲滅できるほどの強力な魔物集団が王都へ襲って来たが、そもそも王都にある冒険者ギルドの所属会員は左程強い者が居ないために、スタンピード対応が難しかったし、王都に滞在する騎士団(主として近衛騎士団)は、危険地域の騎士団と異なり、武力よりも見栄えを要求されていたがために、左程の戦力とならないことが分かっていたんだ。


 それのため、王都から魔物退治のために打って出るという方策が取れず、専ら守勢に回っていた。

 徐々に上位の魔物が出てくる中で、公爵様も王都の城壁にまで救援に行き、城壁に跳び上がって来た上位種の魔物を退治したとも聞いている。


 このままでは、まずいと判断した当時の公爵様は、それまで試したことのない精霊召喚を実行し、火の大精霊イフリートを呼び出したんだ。

 イフリートは、精霊サラマンダーをして王都防衛に参加させるとともに、自らがスタンピードの中核を担う集団に向けて炎の大魔法を放ったんだ。


 その出現から魔法発動まで実に多くの証人が居るんだ。

 イフリートの攻撃により、スタンピードの大集団の中核が壊滅、これらに率いられていた魔物の集団が散り散りになって、撤退したために王都は助かったのである。


 この功績により、救国の英雄となった(当時平民であった)公爵様に正式に名誉勲章を授与するとともに、公爵位が授与されたんだ。

 平民が一足飛びに公爵に叙爵された事例は、史上初めての事だろう。


 そうして公爵家「ブラッセルマン」の創家を許され、王都の一角に王都別邸の敷地を与えられるとともに、王都南方に在る王家の直轄領を領地として与えられた次第である。

 公爵様になれば当然に多数の従者が必要である。


 このために多くの侍従やメイドを雇い、同時に公爵様や屋敷の警護に当たる騎士も必要になったのだ。

 その際に。私が選ばれたのはある意味でとても幸運だった。


 騎士学院をそれなりの成績で終えたものの、私の仕官口は良いところが無かったのだ。

 そのままでは、男爵家に戻って兄の騎士になるぐらいしか方法が無かったよ。


 ところが、どこで私の事を聞いたのか、ふいに公爵様が会いに来られ、自らの身分を明かし、騎士にならないかと言われたんだよ。

 私はすぐに飛びつき、公爵様の騎士になった。


 その後の公爵邸での暮らしは、騎士学院以上に勉学と鍛錬が課されたから、ある意味で壮絶だっただ。

 無論、上司となる元騎士団副団長等の指導が厳しかったこともあるのだが、噂では種々の分野で細かい指示が公爵様から為されていたようで、公爵様は配下の騎士全ての技量や能力をよく承知されていたとのことだった。


 いずれにせよ、公爵様の奇跡ともいえるほどの所業は多方面にわたる。

 治癒師としてだけでなく、錬金術師や薬師としても大変な実力の持ち主であるということをたまたま知ったが、無論、主の事を外に漏らすことは騎士としてタブーであるから口をつぐんでいる。


 貴族となったのは初めてのはずなのに領地経営にも詳しく、上級貴族の種々のやっかみや牽制にもかかわらず、順調に王家や他の貴族の信頼も得られているようだ。

 今般もクツェンベルクの悲劇に関して、とある公爵一派が、北の蛮族であるモナルク族への報復を王家に奏上した際、公爵様は臆せずに反対意見を述べられたやに聞く。


 王宮における公爵以上の参加者による秘密会議ではあるけれど、このような美談に近い話は王宮雀(従者や女官等)の中で秘密裏に広がり、意外と王宮の外へも漏れ出て来るものなのだ。


 年若いブラッセルマン公爵様が老獪(ろうかい)な武辺者の公爵様の勘違いを正された上に、国王陛下の依頼により、王国の代表としてモナルク族との折衝に行くことになったという話である。

 王宮から戻った公爵様は、多くを語らなかったのだが、我々騎士と屋敷に居る従者全員を集めて言われた。


「国王陛下の命により、私がクツェンベルクの一件の後始末のために、モナルク族との交渉に当たることになった。

 今回は戦に行くのではなく、外交交渉に行くのだが、体面を保つためにも相応の警護の騎士に同行してもらう。」


 そう言われてすぐに同行の騎士6名が、公爵様直々に指名されたのだった。

 我ら騎士6名のほかに同行するのは、従者が二名に御者が一名だったのだが、御者については三名のうち誰かが同行せよと言い、従者についてはコックを除外された上で、なんと課題として公爵様が与える素材で料理を造れと指示し、その料理の出来で二人の従者を決めた様だ。


 一体何の理由が有ってそのようにされたのかはよくわからん。

 しかしながら、それなりに意味が有るのだろうと思う。


 その上で、警護に付く私たち6人の騎士に言った。


「片道半月ほどの旅になるし、北部高原で何日滞在するかもわからぬ。

 食糧等の心配は不要だが、着替えや武器の手入れ用品若しくは予備など必要な品は自分で準備しなさい。

 なお、途中での宿を含めて昼夜兼行での警護は6名ではかなりきつい仕事になる。

 体調を損ねないよう今から配慮しておきなさい。

 特に野営もあることから、夜には歩哨も立つことになり、その際は騎士のみではなく従者も入らせるが、それでも長引けば体力的にはきつくなるだろう。

 それも、あなた方に与える試練の一つと考え、覚悟しておきなさい。」


 そうして始まった北部高原に向けての旅路、王国内の宿場町に泊まっている間は、左程の事も無いと思っていた。

 何度か魔物の襲撃もあったが、数も少なかったので支障なく退治できた。


 奇妙なのは、公爵様が馬車を降り、モナルク族に対峙するまでの我々騎士の動きを想定した特殊な儀礼を、馬車を使って何度も繰り返し練習させられたことだ。

 普通の騎士としての儀礼ならば、皆が承知している。


 しかし、我が公爵様が要求されたのは全く別の儀礼だった。

 そうしてこれが決まると意外と形になるのである。


 ある意味で相手に対して見せる儀礼なのだと途中で気づいたよ。

 これは、王都に戻った際には仲間たちに話して、練習させる必要があるかも知れないと思った。


 クツェンベルクの街に着いた際には、付近の住民とツェンバッハ伯爵の騎士と思しき者が細々と街の復興作業を為していたが、公爵様がどこに持っていたのかと思うほどの大量の食糧を、その者達に与えたのである。

 そのほかに金子も与えていたようだが、金子はともかく、あれほどの食糧は、馬車には積載されてはいなかった筈なのだ。


 そうしてあれほどの食糧を供出したなら、もしや、私達の野営の食糧が有るのかと不安にもなったよ。

 だが、その夜、クツェンベルクのから少し離れた場所に野営をした際に安心した。


 公爵様は大魔法師であるらしく、収納魔法を持っていらっしゃるようなのだ。

 野営は、公爵様が用意された幕舎(テント)を使うのだが、その幕舎をその場に出された際、明らかに何もない空間から引き出され、その上で我らに指示をしながら幕舎を組み立てたのだ。


 この幕舎が、これまで見たことも聞いたこともないとんでもない代物だった。

 見た目は、精々数人が寝られる程度の背の高い幕舎なのだが、中に入ってびっくりだ。


 空間魔法で拡張された内部には、12もの部屋があり、私たち一人一人が個室で休むことができるものだったのだ。

 そうして入り口付近に広間があり、そこでは公爵様もご一緒に食事が出きるスぺースが有った。


 おまけに、この幕舎の中はどうも温度が調整されておるようなのだ。

 夜が更けて気温が下がっても、幕舎の中は適温が保たれていた。


 そうして私が若干不安に思っていた食糧は、公爵様曰く、この人数なら半年は持つほど用意していると言われたので不安は解消された。

 また、夜間に歩哨に立った者は、翌朝には公爵様自らがバフをかけてくれて、疲労回復と体力の温存を図ってくれたのだった。


 翌日、ツェンバッハ伯爵領とモナルク族の境界と思しき森を抜けて、北部高原地帯に入った。

 この際に、公爵様が曰く、監視の目がついているので今日からは毎日やっていた例の儀礼の訓練は取りやめにすると言われた。


 そう言われた私達が慌てて周囲を見渡しても、監視をする者なんぞ見つけられなかった。

 多少丈の高い叢(くさむら)も有るので、その陰に隠れられたなら、こちらからは見えないこともあるだろうが、それにしてもなぜ公爵様は気づかれたのだろうと思う。


 移動中、公爵様はずっと馬車の中に居られるのだ。

 馬車の中の視界は限られるから、馬に乗っている我々の方が気づくはずなのにと不思議に思った。


 やはり、救国の英雄と言われる公爵様は、特異な能力をお持ちなのかもしれない。

 大精霊を召喚できるぐらいだから、精霊も妖精も自分の配下に置かれているのやも知れぬ。


 そうであれば、見えない場所に敵や不審者がいても気づくことができるのだろう

 いずれにしろ、我が主の公爵様は、お若いのにトンでもないお人のようだと改めて私は思った。



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