3―27 北部の異変対応 その八
さて、相手は僕を前にして、やはり妖精sが見せてくれた映像で見た記憶が有る部族長が出て来た。
彼が二歩進んだので、僕も脇の騎士達に指示してその場に残るように言ってから、二歩進む。
相手の行動に合わせて動くことで、敵意が無いことを示したつもりだよ。
彼我の距離は8mも無いだろうな。
でも会話をするには、少し遠いか?
いや、部族の者や僕の背後に居る者に声を聞かせるには、どのみち少し大きめの声で話さなければならないから、この辺が良いのだろう。
必要に応じて、近寄ればよい。
訪問者である僕から挨拶を送る。
妖精sから教えてもらった彼らの挨拶であり、また彼らモナルクの人々の言語での挨拶である。
「良き草原の人々に挨拶を送ります。
私の心は、この広い草原に浮かぶ雲のように真っ白で、何者にも縛られることなく、この大地の上を闊歩します。
私は、ハーゲン王国からの使者としてこの地を訪れた、リック・オルト・バウマー・ブラッセルマンと申します。」
相手は、この挨拶に明らかに驚いた表情を見せたが、すぐに立ち直り挨拶を返して来た。
「丁重なる、古より伝わる始まりの挨拶を痛み入る。
我は、モナルクに属し、古来よりこの地に住むヤーファリ族の長をしているタシュケル・ブントと申す者。
して、ハーゲン王国の使者殿の要件は何かな?」
「ヤーファリ族の長たるタシュケル・ブント殿に申し上げる。
過日、互いの意図の行き違いから、クツェンベルクという都市が貴方達により攻撃を受け、壊滅した件について、我が王よりの言葉をお伝えします。
事件の発端となった、クツェンベルクの騎士が、貴方たちの領域に侵入し、そこに住む一家の夫婦を惨殺したことについては、心より深謝いたします。
極悪犯罪者を懲らしめるための策としては、当方の被害が余りに大きすぎることに違和感を持つ者も居りますが、あなたたちの申し入れに対するクツェンベルクの対応が非常に拙かったことも事実であります。
我が王国は、あなた方とこれ以上の紛争を為すことを望みません。
それゆえ、過ぎ去りし過ちはその場に留めて、お互いの新たな融和の道へ進むことを望むものでございます。」
「ほう、カナロクの人々にしては我らの故事をよくご存じだのぉ・・・。
それに、未だ年若いのに、どこで我らの言葉を覚えられた?」
「はい、この大地に数多存在する精霊から教えられました。」
「なに、精霊とな?
使者殿は、精霊使いか?」
「幼少の頃から精霊と妖精は、私の友達でございました。
それゆえ、皆が私に色々なことを教えてくれます。
此度の一件も、妖精達が教えてくれたからこそ、何が起きたかを知りえたのです。」
「そうか・・・。
では我らの血の掟も?」
「はい、重々承知しております。
我らの掟では、場合により仇討を認めているものの、その仇となる人物と無関係の者にまで害をなすことは認めておりません。
然しながら、あなた方の血の掟は、一族の者が受けた恥辱は必ず晴らさねばならぬとされており、その意味では、仇を庇った街そのものに二日の猶予を与えてから、報復を果たしたのは、少なくとも、あなた方モナルクの人々の掟の中では間違ったことでは無いと理解しております。
そうして、《《ラドックにはラドックの人々が為すことをせよ》》という格言の通り、その地で許されていることを他の地の者がとやかく言うことはすべきではないと存じます。
先程も申したように、過ぎ去りし過ちはその場に留めて、お互いの新たな融和の道へ進むことへの一歩を踏み出したいのですが、如何でしょう?」
「ふむ、それは、・・・。
もしや、我らモナルクと友好を結び、交易をしたいということなのか?」
「はい、今後クツェンベルクのような悲劇を繰り返さぬためにも、互いに友誼を結び、可能であれば交易を為すことは如何かと考えております。」
「それは、そなたの一存か?
それとも、そなたの長たる王の考えか?」
「我が王が私にその橋渡しをせよと命ぜられました。」
「ふむ、・・・。
敵対せぬだけの関係ならいざ知らず、交易まで含む友誼関係とは・・・。
我一人の判断ではできぬな。
交易となれば、他のモナルクの部族をも、いずれ巻き込むことになる。
当面、我がヤーファリ族が窓口になるとしても、モナルク全部族の了承を得ねばならぬだろう。
そのためには、使者殿が先ほど申したラドックへ赴き、我らがモナルクの盟主に会う必要がある。
特に、モナルクにとっては重要な案件故、代理の者や我が代弁することはできぬ。
使者殿が自らラドックまで赴き、盟主殿に友好と交易の申し入れをせねばならぬが、それでもかまわぬか?」
「はい、何処なりへとも、参る覚悟でこの地へ参りました。」
「ふむ、警護の者は連れて行けぬが、それでもかまわぬか?」
「はい、我が身を守る術は持っております故、警護の者は必要ありません。」
「あるいは虜囚になる恐れもあろうに、そのような心配はせぬのか?」
「妖精たちが言うには、モナルクの人々は信ずるに足る人達と言っております。
私もその言葉を信じております。」
「ふ、カナロクの人々が使者殿の様であれば、クツェンベルクの諍いは起きなかっただろうに・・・。
残念な事よ。
いずれにせよ、今日の出立は遅すぎるでな。
明日早朝に迎えを来させるので、使者殿一人で旅をする心積もりでいてくれ。
なお、無用の諍いを避けるために、この場所でパルネオ(幕舎のこと)を建てるが良い。
その際に、バルネオの周囲六カ所に杭を打ち込み、紐を張って境界を作ってくれ、その境界の中には我らヤーファリ族は入らぬ。
それと・・・。
連れはどうする?
この場に残しても良いが、我らで面倒は見切れぬぞ。」
「ご配慮ありがとうございます。
連れの者達は、私のようにモナルクの言葉を話せませんから、意思の疎通も非常に難しいでしょう。
ですから、明日の朝には、来た道を引き返させ、我らの領域で待つように命じます。
ただ、その際に、境界である森の近くまでは、陰ながら我が連れの安全を見守っていただけるとありがたく存じます。」
「ほう、使者殿は我らが手の者が、監視していたことに気づいていたか・・・。
何時からじゃ?」
「境界の森を抜けた時からですね。」
「ふむ、中々に油断のならぬご仁じゃな。
斥候に出た者は我らが中でも腕利きの者なのだが、・・・。
まぁ、良い。
では、境界の森までは、陰ながら見送るとしよう。」
「ありがとう存じます。
ついては、今のうちに、私をカナロクの使者として受け入れてくれたお礼として、ささやかな品をお渡ししたいと存じます。
宜しければ、お受け取り下さい。」
そう言って僕は、準備していた三分の一程の贈り物をその場に出した。
無論包装はそれなりにされているが、そのまま地面に置くのも見栄えが宜しくないので、幕舎の生地を使って、地面に敷き、その上に土産物を置いたんだ。
結構な量が有るんだよ。
そう、僕が乗って来た馬車の筐体ぐらいの量はある。
それを見て、タシュケル・ブントが目をむいていた。
インベントリ或いはアイテムボックスに類するものが無いか、あるいはその容量に驚いたのかもしれないな。
「こ、これは・・・。
もしや、魔法収納なのか?
それにしては、量が多いようだが・・・。」
「はい、魔法収納にございます。」
「ふむ、使者殿は中々に侮れぬ人の様じゃな。
先ほど言った自分で己が身は守れると言ったのは誠の話の様じゃな。
因みに聞いておきたいのじゃが、使者殿に此度の申し出を命じた王とやらは、そなたのような魔法師をたくさん抱えておるのか?」
「魔法収納の事を仰っているのならば、居ないと思いますよ。
私は公爵と言う王国でも五人しかいない特殊な階級に属していますが、他の四人はそのような能力を持ってはいません。」
「ふむ、なれど、仮に戦ともなれば、使者殿も前線に出て来るのかな?」
「必要が有れば、戦いにも参上することになるでしょう。」
「儂としては、使者殿の敵にはなりたくは無いな。
魔法師であれば、見ただけでその者の力量が計れるものなんじゃが、使者殿の力量は皆目わからぬ。
体内魔力を押さえることに長けているのかどうかじゃが、・・・。
往々にして魔法の達人はそのような事ができたと伝承に在るでな。
使者殿は、その伝説に言う達人かも知れぬと思うぞ。」
「私の能力の事はさておいて、では今日の野営の準備に入ります。
杭は六本、紐を張って縄張りを示せばよいのですね。」
タシュケル・ブントが頷いたので、それを機に暫しの別離を言葉にし、僕は馬車まで引き揚げた。
クシュケル・ブントは、暫く僕の後姿を見ていたようだが、やがて集落の方へと戻って行ったよ。
それから幕舎を建てて、その中で連れの皆に先ほどの交渉の内容を伝える。
僕のすぐそばに騎士が二人もいたが、生憎と彼らにはモナルクの言葉が分かるわけじゃないので、会話の中身が分からない。
従って、僕が最初から説明したわけだ。
そうして明日の朝には、少なくともクツエンブルクまでは引き返せと命じたのだが、騎士達がこぞって反対したな。
僕の身を案じての事だろうが、ヤーファリ族の長の要請だから、これだけは譲れない。
小一時間もかかって何とか納得させたけれどね。
僕と連れが分離するならば、どうしてもテントが別にいるし、食料も分けなければならない。
別にこのことを予測していた訳じゃないけれど、予備のテントと、魔法収納袋は用意してあるんで、その中に二週間分ほどの食糧を分けて、料理人の代わりを務めている従者のレックスに預けておいた。
テントは、今使っているものよりも少し小型なんだが、十人程度なら余裕で寝ることができるものだ。
但し、結界は僕が居ないと張れないから、騎士達が自分たちで何とかせねばならないだろうね。
その意味でも、クツェンベルクよりもさらに一つ遠い、集落等で待つように言って置いた。
なお、僕が戻って来られる時期は未定だが、できれば二週間以内に戻って来たいねとは言っておいたよ。
妖精s曰く、ヤーファリ族の現在の集落からだと、騎馬で急げば三日、ゆっくり行っても五日で到達できるんだそうだ。
馬術?
公爵になる前から機会が有る時に馬に乗ったりもしていたから、馬術もそれなりに上達しているよ。
多分、ヤーファリ族の騎馬行にもついて行けるとは思っているんだが、流石に一日中、馬を乗り回したことは無いんで、一抹の不安があるよね。




