3―25 北部の異変対応 その六
大公派の仕掛けた刺客の罠を難なく切り抜けて、僕らは先へと進む。
クツェンベルクの跡地までは、のんびりと行っても十日余り。
例の刺客以外には、特筆すべき邪魔は入らなかった。
騎士達の視界に入らないところで、若干のオーク?みたいな危ない魔物がいると妖精sに教えられたので、僕の方で間引きをしたことはあるよ。
騎士達の手を煩わせて、怪我でもしてもらっては困る。
ゴブリン程度ならば騎士達に任せるんだけれどね。
オーク十数匹の群れともなれば、騎士の数が多いわけじゃないから、簡単には退治できないだろうし、死傷者が出るかも知れない。
彼らが危なくなったところへ僕が出て行って助けに入ると、以後は僕に頼るようになったりすると困るよね。
因みに十数匹が三匹になった時点で、殺戮を止めた。
うまくすれば、騎士たちの訓練になるかもと思ったのだが、生憎とオークの方が怖気づいてその場から逃げてしまったよ。
また別の機会が有れば、騎士達の訓練を兼ねて魔物と退治させようと思っているところだ。
クツェンベルクには、王都を発ってから9日目には着いた。
城塞都市は廃墟のままだが、細々と騎士や近隣の人々が集まって、復興の真似事をしている。
大公派の連中はあまり好かないが、困っている人々に施しを与えるのも貴族の務めらしいので、結構な量の食料と見舞金を、復興の指揮を執っていた騎士に託したよ。
鑑定をかけて確認した限りでは、至極真面目な男なので着服するようなことは無いだろうと思ったからね。
そうして、何も無いであろうクツェンベルクで世話になるのは気が引けるし、僕達だけで良いものを食っているとこれまた気が引けるから、一旦城壁の外に出て、結界を張り、野営をしたよ。
ヤーファリ族に陥落させられたとは言っても、城壁そのものは左程破壊されずに残っているんだよ。
だから、城壁内の方が安心ではあるのだけれど、復興に携わっている人々があばら家で住んでいるのに、僕の広げる幕舎は、外見から見ると左程大きくも無くて目立ちはしないんだが、空間拡張の魔法がかけられた特殊な幕舎なので、俺や従者、御者、それに騎士全員が入っても余裕があるんだ。
一応、内部には12の個室が有って、24人までなら楽々寝泊まりできる代物だよ。
詰めれば40人以上は間違いなく収容できるね。
流石に厩舎や馬車を入れる納屋なんぞは無いけれどね。
これまでは、途中の宿場町の宿等で泊まれたし、そこでの外食だったけれど、ここからは食事も自分達で作ることになる。
そのために従者は、料理のできる者二人を連れて来た。
あ、王都別邸に居たコックでは無いんだよ。
コック以外の従者達を集めて、料理を作らせ、僕が仕上がりを見て、その中から選んだ二人だよ。
尤も、騎士達の中にも料理の得意な者が居るらしく、その者にも必要に応じて手伝ってもらうことにしている。
食事の場所は大食堂じゃないけれど、狭いながらも全員が入れる広間があるので、そこで食べることになる。
食事中も含めて、幕舎の外には必ず見張りが二人で立ちんぼすることにしているよ。
これもある意味で歩哨と言う訓練なんだろうね。
しかも、従者二人を入れて八人での交代だから結構大変なんだ。
僕が朝夕には、深夜勤務の者にバフをかけてやっているよ。
さもないと、居眠りしたり、途中で倒れる者も出るかもしれないからね。
6人での護衛は大変だよと言うことは事前に良く言っておいた。
でも、こういうのは体験してみないとわからないモノなんだ。
翌朝、食事を食べてから出立し、ツェンバッハ伯爵領とモナルクの人々が住む高原領域の境にある森に入ったよ。
ジャングルのような密度の高い森では無いんだけれど、森を抜けるには馬車がようやく通れる狭い道を曲がりくねりながら抜けて行かねばならなかったね。
道については、妖精sに確認してもらいながら進んでいるから迷う心配は無い。
先導の騎士や御者が間違えそうになった時だけ指示を与えているよ。
森に入ってから半時ほどもかかったが、ようやく樹林地帯を抜けて目の前に大草原が広がっていた。
この森が境界線と言うのはわかりやすよね。
草原は、北側に向かうにつれ緩やかな登りの斜面になって、高度が上がることになる。
その遥か遠方には、クツェンベルクに居た騎士が教えてくれたダルバンデ山脈の峰が連なっている。
この山脈を超えると、ラロッシュ皇国と言う国が有るらしいが、生憎とハーゲン王国と直接の国交は無い国だ。
この山脈を抜けることができれば皇国に至ることも出来ようが、古今、この山脈を通り抜けた者は居ないとされているらしい。
無論、ハーゲン王国からは途中にモナルクの人々の領域が有るのだから、そこを通って山を越えようとする者も居なかったということである。
実は、昨日の段階で、夜明けに僕は、人知れず上空に転移して浮遊し、かなりの高空から俯瞰して最も近い位置にある集落を見つけておいたので、騎士と御者にはその方向を指示して進ませているんだ。
目印は、遥か遠くに見える雪に覆われた連峰の一番高い山から向かって左側二番目の峰である。
集落までの距離的には、この森の出口付近から馬車で三日か四日ほどはかかると思うよ。
従って、その方向に進めるだけ進んで日没前に野営をすることになる。
それを繰り返すだけのことになるが、そのうちにモナルクの人々が接触して来るのではないかと見ている。
但し、緩やかだけれど上り斜面の草原だし、固い地面の踏み固めた道ではないから、騎馬は別として、馬車が思うほどに早くは進まないんだ。
魔法で後押ししてやろうかとも思ったが、不自然な形で進むと、モナルクの人々に怪しまれるかもしれないので、ここは自然に任せてのんびりと行くことにする。
索敵を行った感じでは、十キロ以上も遠くからこちらを伺っている存在が居ると分かっているんだ。
今のところは、遠くからの監視で、我々の動向を見張っているだけなのだろうな。
但し、クツェンベルクでのヤーファリ族の一連の行動は、モナルクのまとめ役である全体の長にも何らかの報告がなされているであろうし、我々ハーゲン王国の者に対する感情が最悪のものならば、何処かの時点で襲撃もあり得る。
従って、ここからは要注意なんだ。
まずは、ヤーファリ族ではないかと思われる集落へ行き、そこの長と話ができないことには交渉事が始まらない。
ある意味で、恐る恐る接近するわけだから精神的には疲れるよね。
戦いにでもなれば、それなりに対応はするけれど、僕達の方から仕掛けたりはしない。
そのことは、僕の配下達にもよくよく言い聞かせているよ。
過去において、少人数の者が彼らの縄張りに入る事例はなかったわけじゃないだろうが、少なくとも馬車を引き連れた少人数(馬車の中に居る者を含めても十名)の者がモナルクの土地を訪問したことは無いのじゃないかと思う。
外から見える六人の騎士たちは彼らにとって左程の脅威には映らないはずだから、彼らが穏健に対応してくれるとありがたいのだけれどね。
僕たちは草原で三度野営をして、四日目の午後にようやく集落が見える位置に到達したよ。
その間、監視の目は続いていたし、一日ごとに監視体制が強化されていたね。
騎士達は気づいていないだろうが、前後左右にそれぞれが5名から8名のグループで監視されているよ。
魔法でも使おうとする動きが見えたなら、すぐにも結界を張る心積もりはしているし、妖精sにお願いして周囲の連中や集落の動きを見てもらっている。
もしも、おかしな動きが有れば事前に知らせてくれるはずだ。
そうして徐々に集落に近づいて行くと集落から団体さんが出て来たね。
生憎とアメリカインディアンのように羽飾りをつけているわけじゃないので、誰が酋長なのか見分けがつかないんだが、人相が分かるところまで近づくと、団体さんの先頭で中央に居る人物が、妖精sの見せてくれた場面に出ていた部族長だとわかった。
でも、此方が部族長と知っていても素知らぬ顔をしなければならないよね。
問題は、僕みたいな若造をハーゲン王国で結構偉い立場にいる貴族の一人だと認めてくれるかどうかだね。
彼らの社会では、貴族などと言う制度はないだろうから、そこはある意味で期待出来ないかもしれない。
ただ、部族長と同じように、一定のグループの決定権を握るリーダーとして認めてくれれば、少なくとも話し合いの土俵には乗れるだろう。
団体さんに50mほどの距離に近づいてから、馬車を止めさせた。
騎士達は、全員下馬の上で、馬車の左脇に整列する。
そうして一人の騎士が、馬車のドアを恭しく開け、僕が出て行き、地面に降り立った時に、騎士の礼儀をさせる。
抜剣して、両手で持ち、僕の正面に位置して、騎士自身の身体の正面に剣を立てるんだ。
実は、ハーゲン王国ではこんな礼儀は無い。
今回のためにわざわざ騎士達に覚えて貰った儀礼だ。
大した儀式ではないが、馬車に乗っている者が騎士達よりも上位の者であるということを知らしめる手法だよ。
それから、僕が歩き出すと彼らは納剣して、二人が僕の両脇について、二歩後についてくる。
四人はそのまま馬車の前で一列に並んだまま待機である。
従者二人は、馬車の中、御者は御者台でじっとしている。
必要とあれば馬の世話を焼いても良いとは言ってあるが、可能ならば、相手と僕がある程度話し込んでからにしろと言ってある。
これは、クツェンベルクに到着する前に、夕食の後で何度も練習をした動きである。
但し、この草原に来てからは監視がついているので練習は取りやめていた・
淀みなく動けば、近衛兵や儀仗兵のように動作がきれいに見えるはずだ。
ある意味で様式美なんだが、モナルク族にそんな感性があるかどうかまではわからない。
ただ、何かわからない儀式めいたことをしているなと感じさせればそれでいいんだ。
お互いに分かり合えるためには、相手のことを理解しようとする努力が大事なんだ。
相手に興味を抱けば、何事か話を聞こうという気にもなる。
関心が無ければ、すれ違いのままで終わってしまい、此方の意図する交渉事にはならないだろう。
ある意味でプレゼンス(存在感の誇示)であり、相手に何事かを訴えるプレゼンテーション(意図の説明或いは情報の提示)のきっかけでもある。
さて、相手はこれからどういう風に動くのかな?
僕は、彼らから10m内外のところで止まった。
武器は携帯していない。




