3―24 北部の異変対応 その五
午前会議は、国軍の派遣要請を却下することで最終的に終わったが、国王から別の提案がなされたのである。
「さて、国軍をモナルクの住む北部高原に派遣しないということで決したが、クツェンベルクの一件の後始末はしておかねばならぬな。
まずは、ツェンバッハ伯爵について、己が罪では無いとは言え、モナルクの人々との諍いを招いた配下の罪は、伯爵の管理不行き届きによるものじゃ。
従って、伯爵を降格させ、子爵とする。
また、ヤーファリ族が血の掟により、我が国へ押し入って、多くの領民を殺したのは彼らの報復としても行き過ぎとは思うが、クツェンベルクでの我が方の対応を見れば無理からぬものもある。
此方から報復はせぬが、一方でこのまま双方の感情が悪いままで残ることは避けておきたい。
ここにいる諸侯のうちで、誰かが、モナルク、就中ヤーファリ部族の元へ行って、交渉をしてもらえまいか。
儂は、モナルクの人々と戦いたくはない。
今回のことは、互いにその思いに行き違いもあるが、隣人同士として、できれば友好的にありたいのじゃ。
そこで、今回の一件は双方で水に流すこととし、今後は友好的な関係を結び、可能ならば交易をおこなう等の交渉をしてほしいのじゃが・・・。
どうじゃ?」
本来的にこうした対外折衝は。ガウス宰相の役目のはずであるが、宰相は少し横を向いていてその気はなさそうだ。
国王が指名すればよいのに、国王はそれをせずに、僕の方を見て来るんだよね。
これは僕に行ってくれないかと言う暗黙のお願いなのか?
無論、他に居並ぶ大公や公爵で我こそはなんて意気込みのある奴は居ない。
今回、復讐を提起した二人の公爵はもちろん論外だよね。
彼らに行かせたら、まとまるものもまとまらなく恐れがある。
大公は、そもそも国王に協力しようなんて気はさらさら無いようだ。
王家顧問役は、相談は受け負うが、交渉事を請け負う役柄ではない。
しかし、国王さんも何とも困った人だ。
自ら幽閉に同意した我が子と知っていながら、無理難題を押し付けて来る。
まぁね、前世では、僕は昔からお人好しでね。
それで人を助ける仕事に就いたんだが、今世でも無理な事でなければ頼まれると弱いんだよね。
無理なら最初から断るんだけれどね。
逆に、僕以上に適任者は居ないかもしれない。
ここにいる誰も知らないだろうが、僕なら彼らの言葉で会話もできるし、魔法だってそれなりに対抗できると思っている。
まぁ、僕の能力は、多少は知られていたにしてもできるだけ伏せているから、今後とも内緒にするんだが、北部高原地域への行き来は流石に時間がかかるんだよなぁ。
通常であれば、騎馬若しくは馬車で行っても、ヤーファリ族の集落までは、片道だけで半月ほどもかかる距離なんだよ。
転移で行けば簡単なんだけれど、それが他所にバレると大騒ぎになって、色々問題や厄介事が生じるだろうから、僕が行くとしたなら、今回に限っては、できるだけ通常の方法で移動するしか無いんだ。
そんなこんなを考えつつも、仕方が無いので、僕が交渉をいたしましょうと申し出たよ。
途端に憂鬱そうだった宰相の顔色が良くなったな。
誰も手を上げなければ、当然のことながら、対外折衝を役目としている宰相が押し付けられるのは目に見えていたのからね。
おそらく国王としては、宰相が伯爵であることを考慮して、表向きは、より高位の公爵に出向いてもらいたかったのだろうとは思うのだが、本来であれば、成人したばかりの平民上がりの公爵に任せるべき事案ではないはずなんだがねぇ。
でも、僕が交渉の請負を表明すると、何故か国王も非常に喜んでいる様子なんだよね。
本当に困っちゃうよなぁ。
但し、こちらから条件をつけさせてもらった。
僕が行く以上は、他者からの干渉を受け付けないためにも、従者及び警護の者は僕が指名することである。
また、一応、宰相等から交渉時のこちら側要望の有無については確認して行くものとするが、必ずしもその履行を強制されないこと。
仮に強制されるような事案であれば、僕は交渉を引き受けないと言い切ったよ。
これには宰相を始め、諸侯が苦り切った顔をしていたね。
少なくとも僕が成人したばかりのひよっこであって、簡単に背後で操れるものと考えていたストーリーが完全に覆ったからだろう。
特に大公は、僕のことを睨みつけているね。
ツェンバッハ伯爵の降格の事と言い、今回の交渉事と言い、国王に利することばかりで、明らかに大公にとっては不利に働いたわけだから、僕を敵対する者として認識したのだろうね。
うん、だから権力闘争に巻き込まれるのは嫌なんだよな。
絶対に、対立する奴から嫌われ、場合によっては命を狙われることにもなりかねない。
その辺の事情は、クラウディアやマイク、それに王都別邸の警備を預かる騎士団によく言っておかねばならんよね。
だからと言って別邸に閉じこもっているわけにも行かないんだけれどね。
その日から三日目、僕はクツェンベルク方面に向かって出発した。
供の者は、警護の騎士が6人、御者一人に、侍従が二人だけだ。
これ以上に増えると、歩みが遅くなるし、宿の手配も大変になる。
騎士は全員が馬に乗るが、従者と御者は僕の乗る馬車だね。
本来は食料の問題もあるんだが、そこは僕がインベントリを所持していることを打ち明け、必要な食糧をひと月分用意している。
まぁ、ヤーファリ族への土産も準備したよ。
高原での彼らの生活状況を妖精sに教えてもらい、僕が造った魔導具類や、ポーションの類は、向こうでも重宝されるかもしれないんだ。
彼らにも治癒魔法の使い手が居るんだが、僕のように病気までも治す医者は居ないし、ポーションも高原で育つ薬草の種類が少ないから、その種類も効果も劣るものしかないようだ。
このために各種上級ポーションは、きっと喜ばれるとは思う。
尤も、この手のポーションは有効期間が有るので、それを過ぎてしまうと所持していても意味は無いが、まぁ、万が一の用心にはなるよね。
後は調理の際の燃料の問題かな?
彼らは放牧している家畜の糞で燃料を造っているが左程潤沢では無い上に火力が弱めなんだ。
彼らの領域は草原が大部分を占めるので、樹木が余り無く、薪がほとんど無いんだ。
但し、石炭はあるようだから、それを採掘できれば彼らの生活向上に役立つだろうから、石炭ストーブを土産にしようと考えている。
このストーブは、煙を屋内から排出するために煙突を設ける必要はあるんだが、寒いときに暖を取れるだけでなく、調理にも使える優れものなんだ。
もう一つは、水魔法の魔石を組み込んだ魔導具だな。
草原地帯にも水源地はあるんだが、必ずしも水量は豊富じゃない。
特に乾季には水が乏しくなるようで、彼らは少ない水で生活できるように工夫をしているんだ。
僕の作った魔導具は、空気中の水分を集めて水を貯める道具なので、比較的乾いた気候でも一日で100ℓ程度の水を生み出せるんだ。
従って、渇水期には重宝されるんじゃないかと思ってる。
この魔導具、魔石の魔力が枯渇すると役に立たないが、彼らの領域にも魔物は出没し、彼らも魔石はそれなりに保有しているんだ。
但し、彼らの中で魔石は、単なるアクセサリーの一つとして珍重されているだけで、魔導具に利用する発想は無かったようだね。
従って、取り敢えずの土産は三つ、いや、炭鉱の所在地を教えるとなれば四つになるのかな?
そもそも石炭ストーブは、石炭が現地で採れることを前提にしているからね。
モナルクの人々が住む高原地帯は、結構な石炭層が眠っており、坑道堀りではなくって、露天掘りで採掘できそうなんだ。
これから会いに行くヤーファリ族の領域にも当然にあるんだよ。
問題は、ヤーファリ族だけで収まるかどうかだよね。
部族連合体?(集合体?)だから、あるいは全体を取りまとめる大酋長がいるのかも知れず、その場合は、さらに奥地へ踏み込まねばならないかもしれないんだ。
特に、ヤーファリ族の族長から会って行けと勧められたら断るわけには行かないよな。
その辺が外交交渉の難しい処なんだ。
出先の者と仲良くなったから、それで良いというものでは無い。
上位の者が居るならば、そちらにも会って彼らの意向を確認する必要があるんだ。
無論、ヤーファリ族の族長にその辺を依頼して確認してもらうという方法もある。
この場合、僕は派遣された全権大使で、向こうは地方自治体の長的な存在だな。
そもそも、ほとんど鎖国状態の彼らに、外交と言う発想があるかどうかは不明なんだが、そこを何とかするのが僕の仕事になる。
ところで、王都を発って四日目には、邪魔が入ったね。
事前に妖精sが、教えてくれたので、問題なく排除したんだが、大公派の貴族が、闇ギルドを頼って刺客を送り込んだようだ。
街道の一角に野盗に見せかけて待ち受け、僕らの馬車が通るときに襲撃するという手筈だ。
事前に彼らの計画も潜伏位置もバレているわけだから、始末は簡単だよね。
捕縛じゃなく、後々困らないように彼らを始末して、死体は妖精sが教えてくれた深い谷底に放り込んでおいた。
僕は馬車の中で目を瞑って座っているだけなんだけれど、その実、人形に幻影をかけて、僕自身は場所の外で姿を隠したままで暗躍中なわけだ。
殺害は、横隔膜を魔法で止めた上に肺にある酸素を除去して即座に意識不明にし、そのままの状態で谷底へ落したよ。
殆どが谷の真上へ運ぶ前に死んでいた筈だけれど、万が一、谷に落とす前に生きていたにしても、岩だらけの深い谷底に50mほどの高さから落とされたら五体満足と言うわけには行かないだろうし、九分九厘即死だろうね。
おまけにこの谷は崩落の危険があるため人は近づかない場所なので、目撃者は皆無だし、仮に助けを呼んでも誰も来てはくれないんだろうな。
因みに、闇ギルドに手を回したのは、この地を治めるドブラック子爵の配下だ。
無論、ドブラック子爵が指示した上での配下の動きだし、僕らがクツェンブルクに向かって旅をするという情報を流したのは、大公派の副頭目であるエッケルト・フォン・ギーゼン・ローウェル侯爵だ。
ずる賢いことに、彼が流した情報は、『ブラッセルマン公爵が、クツェンベルク方面に向かい、いずれドブラック子爵の領地を通るだろう。』というだけのものだ。
傍目には、暗殺指令には見えないが、生憎と彼ら独自の符丁が有って、『いずれ』『領地を通るだろう』が、暗黙の暗殺指令なんだ。
闇ギルドと、ドブラック子爵に相応の罰を与えることにしよう。




